トップIDマガジンIDマガジン記事[107-03]【ブックレビュー】『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ブレディみかこ (2019)新潮文庫

[107-03]【ブックレビュー】『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ブレディみかこ (2019)新潮文庫

[本の内容]

本書はエッセイに分類されることが多いのですが、本屋大賞の2019年ノンフィクション本大賞を受賞しています。巻末解説で日野剛広氏は「すぐれたノンフィクションというものは、読者に、あなたはどう考えるか、どう行動するのか、これからどう生きるのか、ということを突き付けてくる。その意味でも本作は紛れもなく優れたノンフィクションである。」と評しています。本書を読むと、教育に関心のある人は「教育者として、どう考え、どう行動し、何をどう教えるのか」を考えずにはいられないでしょう。

 

内容を一言で述べると「日本人母の視点から描かれる、ある男の子のイギリス中学校生活」です。筆者であるブレイディみかこさんは、英国南端の街でアイルランド人配偶者と一人息子の3人で暮らす保育士です。この情報から、題名の「イエロー」と「ホワイト」が指すものは容易に想像できるでしょう。では「ブルー」は? 

本書には、思春期特有のブルーな感情に限らず、英国社会の格差問題、人種差別、成績至上主義、多様性をめぐる軋轢など、日本でも身近な「気持ちがブルーになる話題」が次々登場します。この作品が数々の賞を受賞したのも、生きづらさを感じる現代日本人の共感を集めたからではないでしょうか。

 

[IDとの関わり]

私は、本書を読みながら『情報時代の学校をデザインする』と『学習者中心の教育を実現するインストラクショナルデザイン理論とモデル』(以下、「グリーンブック4」)の2冊を思い浮かべました。

『情報時代の学校をデザインする』の第1章では、情報社会の国家が求める労働・教育ニーズを分析し本質的変化を次の9つにまとめています。

  • 標準化からカスタム化へ

  • 単一性から多様性へ

  • 対立から協働的な関係へ

  • 官僚制からチーム制へ

  • 独裁からリーダーシップの共有へ

  • 中央管理から説明責任をともなった自律性へ

  • 従順さから主体性へ

  • 専門家によるサービスからセルフサービスへ

  • 分割(業務分担)から全体(課題の統合)へ

  •  

みかこさんの息子さんが通う中学校は、まさにこの「情報時代のニーズ」に応える教育パラダイムを採用している印象です。例えば、授業に集中できない場合、教室から出て別の教員と少人数で勉強できるように廊下にテーブルと椅子が設置してあったり、バンドを中心とした音楽活動や演劇を推進していたり、学校説明会では教員ではなく生徒が校内を案内し見学者と質疑応答をする、といった描写があります。この中学は少し前までは荒れていて、市のランキングでも最低だったのですが、息子さんが入学する頃には真ん中あたりまで浮上し「元」底辺校、と認識されるようになったそうです。その変容の理由についてはっきりとは言及されていませんが、度々登場する若くエネルギッシュな校長の言動は、彼が新しい教育パラダイム推進派であるように感じられます。

 

もう一つ『情報時代の学校をデザインする』と『ぼくはイエローで…』に共通しているのが、日本では理想像として語られることが多い欧米の教育システムも、内部から見ると前時代的なところがあることを教えてくれる点です。私はペスタロッチやピアジェを生んだスイスで子育てをしながら日本語を教えていますが、やはりまだ工業時代の教育(標準化、教師の権威、服従など)は色濃く残っていると感じるので、この批判には大いに共感するところがあります。

もう1冊目のグリーンブック4との関連ですが、「元底辺校」で展開される教育はグリーンブック4第5章の内容を彷彿とさせるものでした。この章で提示される価値観は、MESS(国語・算数・理科・社会)は「教育」ではない、という衝撃的なものです。そしてMESSに替わるカリキュラムの新しいパラダイムとして次の4つを教えることの重要性が説かれています。

 

  • 効果的な思考
  • 効果的な行動
  • 効果的な関係づくり
  • 効果的な達成

 

しかし、詳細については言及されておらず「大事なことだとわかるけど、具体的にどういうこと?」とモヤモヤした気持ちが残っていました。例えば上位スキル「効果的な関係づくり」の下位分類「共感・同情・市民性」は、それらをどう教え、どう評価するのでしょうか。本書の「元底辺校」のエピソードには、この疑問に対する答えの参考になりそうなものがいくつか見受けられます。例えば、人種差別発言をした生徒に学校がどう対応したか、という話(4 スクール・ポリティクス)や、「シティズンシップ・エデュケーション」という科目のテストで「エンパシーとは何か」という問いがでたこと(5 誰かの靴を履いてみること)、温暖化対策に抗議する学校ストに参加するか、という問題(16 ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとグリーン)など、まさに「効果的な思考・効果的な行動・効果的な関係作り」の実践であるように思えました。

グリーンブック4の第5章については、IDマガジン記事にもブックレビューがありますので、そちらもご参照ください。

 

[まとめ]

今回ご紹介した本は、ID専門書でも学術書でもありません。気軽に読めますので、研究や仕事からちょっと逃避行したいときにお勧めです。教師でも学習者でもない親視点から見る「教育」についても考えるきっかけを与えてくれる1冊です。

 

[参考文献]

・C.M.ライゲルース・ J.R.カノップ(著) , 稲垣忠・ 中嶌康二・ 野田 啓子・ 細井洋実 ・林向達  (翻訳),『情報時代の学校をデザインするー学習者中心の教育に変える6つのアイデアー』, 2018, 北大路書房

・C.M.ライゲルース・B.J.ビーティ・ R.D.マイヤーズ (著, 編集), 鈴木克明 (監修, 翻訳), 大西弘高 ・三好雅之・臼井いづみ・ 松本尚浩・市川高夫・紙谷あゆ美・岡本華枝・ 野村理・阿部竜起 (翻訳), 『学習者中心の教育を実現する インストラクショナルデザイン理論とモデル』, 2020, 北大路書房

・桑原千幸[097-03]【ブックレビュー】GB4輪読シリーズ:第5章『カリキュラムの新しいパラダイム』 (マーク・プレンスキー)」熊本大学大学院社会文化科学教育部教授システム学専攻『IDポータル』, https://idportal.gsis.jp/magazine/doc_magazine/1019.html(2022年3月30日参照)

(熊本大学大学院教授システム学専攻 博士前期16期生 ストレスレ梓)

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