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【ブックレビュー】『日本語学習は本当に必要か 多様な現場の葛藤とことばの教育』村田晶子 神吉宇一 編著(2024)明石書店
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外国人に関連するニュースを耳にすることが増えた昨今、筆者のような日本語教育関係者でなくとも、日本に在住する外国人が増えることに関心を抱く人も多いのではないでしょうか。また、日本語教師の資格(1)が2024年から国家資格化したという話を聞いたことがある人もいるかもしれません。
そのような中、今回取り上げるのはこちらです。
『日本語学習は本当に必要か―多様な現場の葛藤とことばの教育』
「あ、私、日本語教育関係者じゃないので」とか、「あー、日本語教育ね」と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、実は、本書は一般書に分類されていて、日本語教育に携わっていない人にとっても、今の日本社会に属する人になら誰にでも身近に感じられる(のではないかと思う)話なのです。
もう少し日本語教育を取り巻く現状を前置きしますと、ちょうど筆者がM2に在籍していた2019年、「多様な文化を尊重した活力ある共生社会の実現・諸外国との交流の促進並びに友好関係の維持発展に寄与」することを目的として、「日本語教育の推進に関する法律」が公布、施行されました(令和元年法律第48号)。そして、2020年、同法第10条の規定により、「共生社会の実現,諸外国との交流,友好関係の維持・発展に寄与」するためとして、「日本語教育の推進に関する施策を総合的かつ効果的に推進するための基本的な方針」が策定されました(令和2年6月23日閣議決定)。
このように日本語教育が政策的な課題として位置づけられ、社会的な認知度が高まる今、著者はなぜ日本語教育が必要なのかについて「対外的に説明し、理解を得る努力をしなければならない段階にある」と述べています。
先ほど、誰にでも身近な話なのだと述べましたが、なぜそう思うかと言うと、まず、政策が外国人を積極的に受け入れるものへと転換し、今後日本は外国人材と共生の道を歩んでいくのだと明言しているからです。(2)そして、本書が取り上げている各章の現場は多岐にわたっており、今を生きる私たちにとってはどれか一つは自分の仕事や研究の領域、あるいは、地域に生きる市民の一人として関連を感じられるものではないかと思うからです。
こちらがその章のタイトルです。
第1章 日本語学習は本当に必要か
第2章 英語学位生にとっての「日本語」というグレーゾーン
第3章 エリート教育の葛藤
第4章 理系英語学位留学生の就職活動の葛藤
第5章 就労の日本語教育は本当に必要なのか
第6章 就労現場で学ぶべきは「介護の日本語」なのか
第7章 多文化共生社会にとって地域の日本語は本当に必要か
第8章 「夜間中学=日本語学校化」は本当か
第9章 いったい何のめに日本語を教えるのか
第10章 継承語学習をやめることは、挫折なのか
第11章 「やさしい日本語より英語でしょう?」
第12章 テクノロジーは日本語学習をなくすのか
これらの章では、企業や教育現場でのグローバル化にともなう英語化、キャリアには結び付きにくい海外の高等教育機関での日本語教育、急速に進化し続けるAIがもたらす言語学習への影響など様々な現場で教師や学習者がそれぞれに抱える葛藤や矛盾に向き合い、ことばの教育や学習について模索する姿が描かれています。章ごとに著者が異なり、章間に直接的なつながりはありませんので、気になった章だけ読んでみるというのもいいと思います。
ことばができるようになるというと、「〇〇語で〇〇が〇〇程度のレベルでできる」などの道具的な側面を思い浮かべることが多いと思いますが、本書を読むと、ことばと人とのつながり、ことばが社会をつくるということ、ことばの教育が対話的な社会の実現にどんな役割が果たせるのかなど、本質的な部分について考えさせられます。本書は、何か一つの答えを提示するものではありませんが、今、そしてこれからを生きる私たちにとって、人がことばを学ぶということの意味について考えるきっかけをくれていると思います。
注 ――――――――――――――――――――――――――――――――――
(1)「登録日本語教員」 文部科学大臣認定を受けた日本語教育機関で日本語教育を行うのに必要な資格
(2)「外国人との共生社会の実現に向けた ロードマップ」 2022年、外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議において策定された政府の中期計画の一つ
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参考文献
出入国管理庁 外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議 「外国人との共生社会の実現に向けた ロードマップ」(2022)
https://www.moj.go.jp/isa/support/coexistence/04_00033.html (2025.05.21アクセス)
文部科学省(2019)「日本語教育の推進に関する法律 概要」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/shokan_horei/other/suishin_houritsu/pdf/r1418257_01.pdf (2025.05.21アクセス)
文部科学省(2020)「日本語教育の推進に関する施策を総合的かつ効果的に推進するための基本的な方針 概要」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/shokan_horei/other/suishin_houritsu/pdf/92327601_01.pdf (2025.05.21アクセス)
(熊本大学大学院教授システム学専攻 修士13期修了生 立和名 房子)