インストラクショナルデザインを学ぶ方の必読書である『学習者中心の教育を実現するインストラクショナルデザインの理論とモデル』のブックレビュー「GB4輪読シリーズ」、今回は第5章を取り上げます。
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「カリキュラム」と聞くと、何を思い浮かべますか? 私の場合、科目や資格、人の配置をどうするかといった業務上の問題が頭をよぎります。IDを学んだものとして、どのように教えるかを問題意識とすることは多いのですが、カリキュラムは既存の与えられたものであり、何を教えるべきかについては疑問を持つことは少ないように思います。
しかしながら、学習者中心の教育パラダイムにおいては、すべての人に共通の知識基盤型のカリキュラムは時代遅れであり、これまでとはまったく異なるカリキュラムの考え方が必要だというのが、「デジタルネイティブ」の発案者でもあるマーク・プレンスキーの主張です。
国語・算数・理科・社会(プレンスキーはMESSと呼んでいます)の4つの主要教科を基盤とした現在のカリキュラムでは、ポスト産業社会の新しい世界に対して子どもたちは備えることはできません。ある人が何かになり(becoming)、世界で成功するためには、誰であっても効果的に考え、効果的に行動し、効果的に関係を作り、そして効果的に達成することが必要であり、新しいカリキュラムはこの4つの主要な主題で構成され、学習者も評価されるべきだというのが本章の提案です。
ここまで読むと初等中等教育(K-12)の話だと思われるかもしれませんが、これら4つの新しい科目は、「公的およびインフォーマルの両方で、合目的な学びが望まれるあらゆる種類の文脈」を前提としており、高等教育や企業と政府関係者の研修にも等しくあてはまるとのことです。
では、それぞれのスキルについて下位スキルを見ていきましょう。
1.効果的な思考
下位スキルには、コミュニケーションの理解、定量的およびパターン的思考、科学的思考、批判的思考、歴史的展望、問題解決(個人、協働)、好奇心と問うこと、創造的思考、デザイン思考・統合的思考、システム思考、財政的思考、探究と議論、判断、自己認識などが含まれます。
2.効果的な行動
下位スキルには、間陛に効果的な人々の習慣、身体と健康の簸適化機敏性、適応性、 リーダーシップとフォロワーシップ、不確実性下での意思決定力、実験、研究、慎重なリスクテイキング、現実性テスト、忍耐力、前向き思考、粘り強さと「根性」、起業家精神、革新性、即興力、障壁の打破、プロジェクトマネジメントなどが含まれます。
3.関係づくり
効果的な下位スキルには、コミュニケーションと協働(1対1、チーム内、家族内、コミュニティ内、職場、オンラインあるいは仮想世界で)、傾聴、ネットワーキング、関係柵築、共感、勇気、同情、寛容、倫理、政治的能力、市民性、衝突の解決などが含まれます。
4.効果的な達成
効果的な達成とは、現実の世界でプロジェクトを実行することを指します。小規模またはローカルなものから始まり、より大きなスケールで、最終的には世界規模のプロジェクトでの成果を発揮するように、システム的に教える必要があります。
では、この新しいカリキュラムの実践において、指導者はどのような役割を果たすのでしょうか。コンテンツ面ではテクノロジーが有効な基盤となるため、指導者はこれまでのようにMESSや専門領域に関するコンテンツの配信者である必要はなくなります。しかし、テクノロジーは教育のすべてを担うことはできず、新しいスキルの多くは「ニュアンス」を必要とするため、指導者には学習者を深く動機づけ、尊重し、共感し、そして個々の情熱を呼び覚ますという重要な役割が求められます。そして、これまでとは異なる形の指導者研修が必要となります。
これら4つの新しい分野のうち、あなたが専門分野として教えることに興味がある可能性のあるものはどれか、と読者に問いかけられていますが、皆さんはいかがでしょうか。新しいカリキュラムを教えるための主題分野は、学習者にとって興味があるものであれば何でもかまわないとのことなので、新たな学びの実践方法を考えるという観点からもワクワクしますね。
本書の監訳者である鈴木克明先生も、この分厚い本の中で最初に読むべき章として第5章を勧められています(IDマガジン88号参照)。刺激的な第5章を読んで、自分が教えたい新しいスキルは何か、そしてどのように教えることができるか、一緒に考えてみませんか。
(熊本大学大学院教授システム学専攻同窓生 桑原千幸)