その翻訳本は、Conducting Educational Design Research第二版の全訳である。ヒゲ講師は監訳者を務めた。例によって、各章を分担して訳してもらった原稿をヒゲ講師が真っ赤っかになることも構わず直した。翻訳担当者からは「それは違うのでは」という指摘もあり、やり取りの末に誕生する力作である(自分で言うのも何ですが、結構時間がかかるのです)。もちろん、原著は他人の力作。自分で書き下ろすよりは、これをわが国にも紹介しなければ、という思いに突き動かされることがある。その気持ちを抑えきれず、あるいはいつの間にかそのような流れの中に自分を発見し、またもや翻訳という難行苦行に取り組んでしまったのである。
せっかくですから、多くの方に読んでいただき、教育理論を教育実践に活かし、両方ともをより良くしようという二兎を追う一挙両得のデザイン研究(Design-based Research)の方法論を会得してもらえればと思っている。
原著の筆頭著者はオランダのトゥエンテ大学のスーザン・マッケーニ教授。2019年9月、名古屋国際会議場で開催された日本教育工学会全国大会(秋季大会)に基調講演者として招聘し、その際、全国大会直後に熊本大学教授システム学研究センター主催のワークショップを開催した。ワークショップでは、参加者がそれぞれの研究事例を持ち寄り、教育デザイン研究として成立させるための視点やプロセスを事例に即して伝授してもらった。同様の指導を様々な地域で様々な教育課題を抱える研究者や実践者を巻き込み行ってきた成果が本書でも事例として取り上げられている。また、それらの経験から共通点を抽出した知見が第3章で紹介されている教育デザイン研究の「一般モデル」である。実践現場と理論とを往還し、実践も理論もワンランク上のものにするという教育デザイン研究のアプローチが、このワークショップにおいても採用されていた。
この翻訳本は、その参加者が分担して翻訳したものである。全10章に訳者が9人だったので、一番短い最後の第10章はヒゲ講師が訳す羽目にもなった。思い起こせば、ひげ講師が自分に担当章を割り当てて翻訳に取り組んだのも久しぶりだった。
第二著者のトーマス・C・リーブス教授は、歯に衣着せぬ論客として著名な教育工学研究者である。世界中に招聘されており、国際会議などでよくお会いした。イラストたっぷりで(フリー素材を契約して使っていると明言していた)説得的な口調で繰り出す基調講演を聞くたびに、「伝統的な心理学のような統制群を置いて行う比較実験研究がいまだに教育工学の研究として発表され、論文として採録され続けているのは時代錯誤も甚だしい」と激怒していたことを今でも鮮明に思い出す。
彼が教鞭をとっていた米国ジョージア大学で2010年3月に開催されたカンファレンスに本書の訳者の一人が参加・発表し、この長老から直接の薫陶を受けた。その折に出会ったのが、サバティカルでジョージアに滞在していたスーザンだった。その10年後に、第二版となった本書の翻訳プロジェクトが実を結んだことになる。リーブス教授の日本招聘は実現できなかったが、彼が切り拓いてきた研究手法がわが国でも花を咲かせていくことを願っている。
今年度はいわゆるグリーンブックIVに引き続いて2冊の翻訳に取り組んでしまった(「しまった」とは失礼な!)。幸いにもコロナによる自宅軟禁状態が監訳作業を後押ししてくれた(「幸いにも」とは何たる言い草か!)。次はいよいよ書下ろしに着手しなければならない(それはもう聞き飽きた!)。有言実行を狙う宣言も何度目になるか、そろそろ狼少年のレッテルを張られてしまう危機感を覚えつつ、一つの節目を味わっている。
さて、仕切り直そう。
(ヒゲ講師記す)