本号からインストラクショナルデザインを学ぶ方の必読書である『学習者中心の教育を実現するインストラクショナルデザインの理論とモデル』の輪読を開始します!(※原著の表紙が緑色のシリーズの第4弾なので、通称グリーンブック4といいます。以降では本書を「GB4」と略します)
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ついに、GB4の日本語訳が発刊されました!そして早速、2刷が出るという噂を耳にしました。インストラクショナルデザインの専門書なのに売れているというのはすごい。今回取り上げる第1章は、本書全体の基盤となっている「学習者中心」という考え方について解説しています。最初に読むとその他の章が理解しやすいのではないかと思います(私は興味がある章を読んでから第1章に戻ったので、最初に読めばよかったと後悔しました)。
そもそも学習者中心の教育とは何でしょう。定義としては、「個々の学習者に焦点を当てること」と「学習に焦点を当てること」とを組み合わせた立場(p.9)としています。学習者一人一人の遺伝的多様性、経験、見方、背景、素質、関心、能力、ニーズに配慮することを大切にし、さらに学習がどのように起こるか、効果的な教育実践はどのようなものかについて「入手可能な最良の知識」を使うというスタンスだと理解しました。ちなみに、「学習者中心」と対立するのは「指導者中心」のようです。
本章によると、学習者中心の教育は2つの側面で重要です。一つは個人レベルの側面で、すべての学習者が個々の潜在能力を発揮する支援として、学習者中心の教育が必要だとしています。なぜなら学習者は各自異なる速さで学ぶから。まさに、キャロルの時間モデルです。もう一つは社会レベルの側面で、世の中が情報時代になったためです。複雑な現代社会では、多くの人により高いレベルの教育が必要であり、そのニーズを満たすのは学習者中心の教育のみだと述べられています。ただし、必要人数が限定されていたり、表彰者を選んだりしたいこともあるので、選別(sorting)に焦点を当てるのが適切な場合もあるとし、学習者中心の教育しか認めないというわけではなく、あくまで主流になるべきだとしています。
学習者中心の教育の理論的基盤としては、認知主義、構成主義、人間中心主義が示されています。個人的にすごく腹落ちしたのが、人間中心主義が背景にあるということ。カール・ロジャースの言葉を引用した「その人に何かを直接教えることは不可能であり、むしろ人は他者の学習を促すことしかできない」「したがって、学習は、自己の維持と成長に不可欠なことを学びたいという個人の自然な学習意欲によって動機づけされた自発的(self-initiated)かつ自己調整的(self-regulated)なものでなければならない」という部分が、やる気のない大学教員にインストラクショナルデザインの話をするFD研修はやっぱり不毛だなと私に確信させました(自分の力不足を棚上げ)。それはさておき、学習者中心の教育の先駆者として、デューイの進歩主義教育、モンテッソーリ教育、キャロルとブルームの完全習得学習が示されていました。
また、学習者中心の教育の価値観がいくつか挙げられていますが、一番大切なのは「効率よりも、効果と内発的動機づけを重視」だと思います。効率度外視は現実的ではない気がしますが、優先するのはインストラクションの効果と内発的動機づけですよ、という主張にとても納得です。やはり効果がないと教育を行う意味がないですし、効果だけではなく学ぶ楽しさを大切にしたいと改めて思いました。
さて、最後に学習者中心の教育の5つの普遍的原理(p.16~)を簡単にご紹介します。
1.達成度基盤型のインストラクション
学習者の進捗は、時間よりも学習進度に基づくべきである
⇒詳しくは第2章。第9章、第10章、第11章も関連します。
2.課題中心型のインストラクション
インストラクションは、真正な課題のパフォーマンスを中心に構成すべきである
⇒詳しくは第3章。第6~10章、12章、14章、15章で掘り下げています。
3.個人に合わせたインストラクション
課題遂行時のインストラクションは、個人に合わせるべきである
⇒詳しくは第4章。第6、7、10、14章で実装されています。
4.役割の変化
教育者・学習者・テクノロジーの役割を転嫁すべきである
⇒ほとんどの章で、上記3者の役割について述べられています。
5.カリキュラムの変化
カリキュラムを拡張・再構成すべきである
⇒詳しくは第5章。第6、7、14章では製作指向の教育が示されています。
(⇒の部分は私がざっくりまとめてしまいましたが、詳細はぜひ章末の編者注をご参照ください。
ちなみに、すべての章において編者注が尋常ではないボリュームになっているのも本書の特徴です。)
普遍的原理の1~3は、これまでのグリーンブックでも主張されてきたと思いました。4もこれまであったと思いますが(たとえばGB3の第18章・・・あ、IDマガジンでレビューしていない!)、テクノロジーの進歩によってさらに役割の変化が強調された印象です。テクノロジーを使わないと、特に3の個人に合わせたインストラクションの実現は無理でしょう。一方、5のカリキュラム論のたぐいはこれまであまりなかったかなと思いました。
ざっと全体に目を通したものの、きちんと読んでいない章が半分以上あります・・・500ページ近い大書・・・IDマガジンにこれから各章の記事が掲載されることを楽しみにします!
(熊本大学大学院教授システム学専攻 博士2期修了 高橋暁子)