ゴールデンウィークの前半戦(といってもちょっと早めに)、恩師Wager教授に同伴して台湾を訪ねた。高雄市にある文藻外語学院(Wenzao Ursuline College of Languages)で行われた講演会に招待を受けたからだ。昨年秋、Wager教授は6週間にわたってこの学校に滞在し、ベルラボで長く研究生活をしていた蔡博士をセンター長に迎えて設立した教員研修センター(Center for Faculty Development)に客員教授として滞在し、セミナーなどをやっていたらしい。日本に来ているならば、その間にもう一度来て欲しいという依頼を受けたらしく、「Katsuも行くか」という話になり、単に同行するつもりで「行く」と答えたら「それならば講演もしてくれ、旅費はこちらで持つから」ということになってしまった。あれよ、あれよ、という間に仕事が増えたのだが、成り行きに任せることをモットーとしているヒゲ講師、これもまた致し方なし。
ということで、日本福祉大学でのWager講演を通訳し、近くの温泉でゆっくり一晩を過ごした翌日、中部セントレア空港から一路、台北へ。楽しみにしていた「台湾高鉄」(台湾版新幹線)に乗って高雄に着くと迎えの車。さすがVIP対応、と感心して一路学校に向かうと、何と、部屋にはずらっとVIPが並び、ブリーフィングだ、というじゃないですか。訳も分からないうちに「よろしく」ということで、次の日は午前中一杯、分刻みで各学科を見学し、午後からは先生5人、学生10人に続けてヒアリング。見学はWagerと一緒に回っていればよかったけど、ヒアリングはヒゲ講師1人で対応。要するにこれは、世に言う外部評価ではありませんか。台湾政府の競争的資金を受けて昨年度開始した教育改革がうまく行っているかどうかを評価して、レポートを作成する任務だったのです。あれま、講演を引き受けただけじゃなかったんですね。
それにしてもこの学校は勢いが良い。専門学校から短大、四年制併設と発展して来て、拡大路線進行中。台湾政府から7千万台湾ドル(日本円にしておよそ2億1千万円)の補助を受けて、Instructional Excellence Project(卓越教学興学習)に取り組んでいる。台湾の専門学校は高校生相当の年代からの5年制なので、キャンパスには制服を着た生徒と自由な服装の大学生が混在している。共学だけど語学系で、もともと女子高だったこともあり、男子はまばら。ビルをどんどん建てて、施設を充実する一方で、外国から客員講師を呼んで改革を進めていく。
何というか、元気を感じました。日本の競争的資金が教員を疲れさせているという実態とはちょっと感じが違ったかな。台湾でも大変です、と言いながら、結構エンジョイしている雰囲気があると思ったのは、単に隣の芝生現象でしょうか。外部評価の役目を終えた翌日は、国際シンポジウム。翻訳科の学生が同時通訳をプロ並みにこなすブースを背後に並べ、ビデオカメラの発言者自動追尾装置も備えた会場には、かなりの人数が集まっていた。それぞれの講演者に対してモデレータとレスポンデントを配置し、60分の講演に対して予め内容を把握してコメントを用意したレスポンデントが10分、会場からの質疑に20分が割り当てられる進行表。えー、結構いけてますね。日本じゃなかなかこんな具合には行かないなぁ(学会の全国大会でも・・・)。
一番手のWager講演は、FDのためのMOREモデル。熊大のeラーニング連続セミナーと同じ内容だから内職をしていたが、かいつまんで言えば、大学で教育改革をしようと思ったら4つの要素を抑えることが大事だ、という米国の大学訪問調査の結果たどり着いたモデル。MはMotivationでまず教員が自分の授業をより良くしようと思う気持ち。OはOpportunityで多忙な教員に教育改善のチャンスを与えること。RはResourcesで手助けになる専門性を提供すること。EはEvaluationで、成果を確認するための評価を実施すること。この4つを揃えるとうまく行きますよ、という話にレスポンデントが放った反論(というか台湾の事情説明)が一級品でした。その後のやりとりも刺激的で、おー、これは自分の番が心配・・・
二番手はカーネギーメロン大学の理事を勤めた経験があるというVIP(香港科学技術大学教授)の講演。教育改革を阻害する要因となっている(1)教育の効果を正確かつ妥当に測定することはできない、というおとぎ話と、(2)知識ではなく情意的な成果に向けて教えることは不可能、というおとぎ話を打破していく必要性とその方策が語られた。これまた超一流のスピーチだった。アメリカの一流大学で30年も揉まれて管理職にまでなった人の話術は並大抵ではないですね。結論はCAREモデルとしてまとめられた。コンピテンシーを明確に定義して(Competency)、複数のデータを用いてアセスメントを行い(Assessment)、証拠を精査して(Review)、そのプロセスと成果を高めていく(Enhancement)。教育か研究かという二分法ではなく、両方とも同じプロセスで証拠に基づいて進めるべきだ。教育改革も研究と同じようにエビデンスベースでやる。そのためにはScholarly teachingからScholarship of Teachingへの転換が必要だ。IDの専門家でもないのに何でここまで的確かつ説得的なんでしょ。こういう大学経営者の下で働きたいものだ、と思った。
午後のトップを切ってヒゲ講師の番。午前中の基調講演とは違って二部屋で同時並行だったので客数は減ったが、なかなか密度が濃い時間だった。中身は科研費(萌芽研究)で取り組んでいるeラーニング質保証のレイヤーモデル。もちろん事例としてうちの専攻の宣伝も忘れませんでしたよ。レスポンデントとしてコメントしてくれた台中教育大学の徐教授からは、早速自分の実践を点検するのに応用したら効果的だったというおほめの言葉と、このモデルに基づいた評価ツールが必要だという指摘。午前中の講演者のモデルには名前があったがヒゲ講師のはまだ無名なので何かいいアイディアがないか、と問いかけたところ、モデレータの輔仁大学林副学長からSAFEEモデルはどうか、との即答。うーん、参った。
ヒゲ講師の講演はモデレータが次のように締めくくった。教育の効果はそう短期間に現れるわけではないが、今日はWager教授の偉大さを改めて知る機会となった。教え子がこれだけ活躍しているのだから、と。そう締めくくった林副学長も、レスポンデントの徐教授も、そしてWagerを客員教授として招聘した蔡センター長も、Wager教授が育てた研究者(つまりフロリダ州立大学大学院教授システム学専攻で博士号を取得して帰国した者)。もちろんヒゲ講師自身も彼らの先輩にあたる20年前の教え子。まるで同窓会のようなシンポジウムが終わったときには、Wager教授夫人(かつての教え子)も含めて、記念写真におさまったとさ。めでたしめでたし。
(ヒゲ講師記す)