8月3日(木)と4日(金)、ヒゲ講師は関西大学総合情報学部(高槻キャンパス)にいた。昨年ソウルで始まった年1回の日韓合同セミナー(日本教育メディア学会研究委員会主催)に出席して、3件の連名発表者(つまり、他人に発表させて名前だけ後ろに連ねるという安楽椅子的立場)になった。今回の活動日誌では、いずれもIDに関連する連名発表の中身をかいつまんでご報告します。
■8月3日セッションC1
題名邦訳:企業内教育のためのGBSチェックリスト
発表者:根本淳子(岩手県立大学研究員・eLF2003修了者)・鈴木克明
シャンクが提案して旧アンデルセンコンサルティングで成果を挙げたシミュレーション型WBT教材作成用のID理論ゴールベースドシナリオ(GBS)を紹介し、企業内教育向けに開発された教材がどの程度GBSの考え方に沿っているかを診断するチェックリストを提案した発表。GBSは、教材利用者が夢中になって取り組む価値を感じられる実際的な仮想課題にチャレンジしていくプロセスで、自然と必要な知識・技能を身につけてしまうように教材をデザインするための理論。ミッション・カバーストーリー・役割・ゴール・シナリオ操作・フィードバック・資源の7つの構成要素を組み合わせてシミュレーション型教材を作っていく手法になっている。 まずは研究の第1弾としてGBSの概要とGBSが依拠する記述的心理学理論(ケース準拠による推論;CBR)を紹介し、GBSに基づいていると言えるかどうかのチェックリストを提案した。「GBSチェックリスト」は、既存の教材や教材設計書をレビューするときに用いる設計最終段階用のツール。この実用性が確かめられたら次には教材設計書を作成するときに用いるツールとして、「GBS教材設計マニュアル」を準備していく。この2つの道具が揃えばデザインと評価ができるようになる、という計画です。どなたか、身近なシミュレーション教材をチェックしてみませんか(実験台募集中)?
注記:この発表については、7月1・2日のソフトウェア技術者協会教育分科会事例研究会で貴重な意見をいただき発表内容を整えたこと、関係各位に感謝します。また、この発表の日本語版を日本教育工学会第20回全国大会(9月23-25日@東京工業大学)で発表の予定です。
■8月3日セッションC3
題名邦訳:トレーニング評価の理論分析
発表者:徳村朝昭(岩手県立大学大学院D1・eLF2003修了者)・鈴木克明
カークパトリックの4段階とそれを拡張したジャックフィリップのROI(5段階)は企業内教育で有名あるが、それらの枠組みが注目されてきた背景にはどんな理論があったのだろうか。この発表では、教育評価の理論的枠組みをサーベイし、目標準拠評価から成果準拠評価へと移行してきた13の教育評価モデルを概観した。ニーズ分析モデルとして定評があるコーフマンが提案する評価の枠組み(組織レベルの次に社会レベルを置くもの)、あるいは、ROIの次の段階として6段階目・7段階目を提案するものなど、多様な理論枠が提案されていることが分かった。
この発表は、徳村さんが手がけている国際協力分野でのトレーニング評価手法を相対的に位置づけて、どのような拡張が可能かを探るために行ったもの。評価の理論枠にもいろいろあり、目的に応じて使い分けていくのが良いことが読み取れる。
先日(7月28日)のeラーニングワールドでのヒゲ講師の講演(B-2)にも、この研究の成果を一部取り入れて、評価とROIについてお話をした。社会人大学院生に助けられてヒゲ講師の講演も充実しているという一例でもあります(感謝)。
■8月4日セッションB6
題名邦訳:トレーナー訓練のパフォーマンス向上方法:ドミニカ共和国での経験
発表者:伊藤拓次郎(岩手県立大学大学院D2)・鈴木克明
JICAプロジェクトとしてドミニカ共和国の医療センターで働くトレーナー(もともとは医者)訓練に派遣された筆頭発表者が、プレゼンテーション用ソフトウェアの操作方法の講習と見せかけてIDの基礎を訓練して成果をあげた事例の紹介。教育のやり方については自信たっぷりの(聞く耳を持ちにくい)専門職でも、苦手なIT関連の講習が受けられるとなれば素直に教えてもらう気になる。そこに着目し、トレーナーに操作方法を教える中で、プレゼンテーションの極意として「見せ方よりも内容」、「目標に即した内容」、「プレゼンの成否を確かめる評価の計画」などのID技法を忍び込ませる。少数のトレーナーを選抜して極意を伝授し、その訓練成果を確かめるために自身がトレーナーになってプレゼン技法を教える訓練セッションの講師をさせる。それができるようになれば、自前で訓練が実施できるようになる(本来の意味での技術移転)。なぜそれがうまく言ったのかを分析し、他の国際協力分野での教育案件にも生かせる知見にしたいと締めくくった。
国際協力分野では、短期で派遣された専門家が現地の状況を踏まえ、技術移転をする相手の準備状況(知識・技能・態度のすべて)に応じて訓練プログラムを立案しながら実行していくことが要求される。あらかじめ準備したものを現地の状況にお構いなしに実施するのであれば楽だが(そういうケースが多いらしい)、IDをかじった者としてはそれは許される行為とは思えない。ニーズに合わず、効果も上がらず、行動変容にもつながらないことが容易に予想されるからである。つまりは、ラピッドプロトタイピングの手法が求められているかなりチャレンジングな状況であり、その中で効果的な貢献をするためにはID的発想ができる伊藤さんのような短期専門家が多く育つことが不可欠なんですね。
聞く耳を持たない人を相手にするときに有効な工夫はないか。これは何も国際協力分野に限った難問ではないような気もする。現地の状況に応じて考えながら実行するためのノウハウも、たとえばコンサルテーションに入って受注生産する際にも参考になるのではないか。そう考えれば、国際協力分野の研究知見も注目に値する(でしょ?)。
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このセミナーでは、4日午前のセッションB5で座長を引き受けた以外は「裏方」に徹するつもりでいた。セミナー前夜に韓国から来日のVIPを囲んで酒を呑んだり、初日のパーティーを盛り上げたり、終了日に温泉ツアーを企画したり、ヒゲ講師の得意分野でそれなりに貢献したつもり。eLF2003テキストのはしがきにも書いたように、何しろ韓国の教育工学者の層は厚い。フロリダ州立大学の同窓生をはじめ米国留学経験者が多いので、ヒューマンリレーションズがヒゲ講師の役回りだと自認している。
しかし突然、4日昼前の招待講演で、ARCSモデルの生みの親ジョン・ケラー教授の紹介者を依頼され、表舞台に引きずり出されてしまった。ネクタイもしていないヒゲ講師は、即興で作ったメモをもとに、尊敬してやまない恩師を親愛の情をこめて壇に送った。たっぷりと90分の熱弁を振るい、上から下までレベルがばらつく質問に一つずつていねいに答えていた恩師に、還暦を越えても第一線で活躍する研究者の真摯な態度と衰えなき研究成果を学んだ。進化するID理論としてのARCSモデルの最新の姿がそこにあった。
(ヒゲ講師記す) —