岩手県立大学鈴木研究室では、ID理論に関する通称GreenBook(みどり本)と呼ばれる”Instructional-design theories and models.”のVolume2を輪読しています。今回はその中で筆者が担当した、Merrillのインストラクショナルトランザクション理論(以下、ITT)について紹介します。なお、ITTはMerrillのCDT(Component Display Theory)を発展した理論です(CDTはeラーニングファンダメンタルのテキスト「詳説インストラクショナルデザイン」の第8章コラムp.8-10に紹介されています)。
ITTの目的は、IDの自動化です。ドリルシェルのように、問題さえ作成すれば効果的な出題アルゴリズムを伴うドリルが構築されるのと同様に、教授内容(構成要素とその関係)を示した知識表現(データ)を指定すれば、ID理論(アルゴリズム)に基づいた学習環境が自動的に構築されるということを目指しています。つまり、ITTはシェル構築のための理論と捉えることができます。特筆すべきは、ID理論に基づくということであり、例えばIDの素養が無い内容の専門家でも、こういったツール(トランザクションシェル)があれば効果的な学習環境を構築できるということになります。ここで構築される学習環境は、学習者が個別に自由に探索できるシミュレーション環境を想定しており、原文には事例として「バルブをはめる・取り外す方法を学習する環境」が示されています。
ITTの主要なキーワードとしては、インストラクショナルトランザクションとナレッジオブジェクトの2つが挙げられます。なお、トランザクションシェルのアルゴリズム部分がインストラクショナルトランザクションに、データ部分がナレッジオブジェクトに対応しています。
インストラクショナルトランザクションは、この理論の最も核となる部分であり、「生徒が特定の知識やスキル(学習目標)を獲得するために必要な学習の相互作用のすべてのこと」と定義されています。トランザクションは、Merillによって計13分類が特定されており、このうちVolume2で取り上げているのは、「同定(Identify)」のトランザクション(部品の名前・場所・機能を覚える)、「実行(Execute)」のトランザクション(活動のステップを覚えて実行する)、「解釈(Interpret)」のトランザクション(プロセスの事象を覚え、原因を予測する)です。これら3つのトランザクションをまとめて構成要素(Component)のトランザクションと呼んでいます。各分類にはそれぞれに適した方略(提示・練習・ガイダンス)が提案され、例えば実行のトランザクションでは、レベル1が見るだけのデモンストレーション、レベル2は次に行うべきステップを提示していく、レベル3が次のステップを行えと指示するだけ、レベル4が自分でやってみるというような方略が示されています。
ナレッジオブジェクト(knowledge object)は、「異なる関連した知識要素のコンパートメント(スロット)で構成されたコンテナ」と定義される知識表現であり、トランザクションごとに必要とされるナレッジオブジェクトが提案されています。エンティティ、プロパティ、アクティビティ、プロセスの4種類のオブジェクトがあり、これらを組み合わせることで、学習環境の構造が表現されます。例えば電気のスイッチというエンティティ(物)には、オンとオフのプロパティ(属性)があり、電気を消すというアクティビティ(活動)で、スイッチのプロパティがオンならオフにというプロセス(処理)が発生します。
以上、ITTの概要を簡単に説明してきましたが、さらに詳しい内容は、鈴木研究室「輪読の輪」のページ(http://www.et.soft.iwate-pu.ac.jp/~core/)の「輪読の輪 第2弾 インストラクショナルデザイン 理論とモデル 2」の第17章の項目に筆者がITTについてまとめたものが載っておりますのでご覧下さい。なお、原文にあたってみたい場合は、Merrillのサイト(http://www.id2.usu.edu/)の「ID2」のページに原文がそのまま公開されております。
文献:
Merrill, M. D. (1999). Instructional Transaction Theory(ITT): Instructional Design Based on Knowledge Objects. In C.M. Reigeluth (Ed.), Instructional-Design Theories and Models Vol.II: A New Paradigm of Instructional Theory (pp.397-424;Chapter 17). Hillsdale,NJ:Lawrence Erlbaum Associates.
(岩手県立大学:市川尚)