本書は、3部11章からなる約300ページの本で、「ソーシャルゲーム」の仕組みが人のモチベーションを向上させて社会に利益をもたらすということを、ソーシャルゲームの登場した歴史背景、仕組み、社会への応用の3部構成として論じています。
さて、タイトルの「ソーシャルゲーム」とは何でしょうか。本書ではソーシャルネットワークサービス(SNS)とつながったゲームのことと定義しており、日本ではGREE(グリー)やMobage(モバゲー)がそれにあたります。ゲームはただの遊びと思う人も多いかと思いますが、ソーシャルゲームが社会にとって有益であることを伝えることを目的にした本書では、人間のモチベーションを維持・向上させ企業活動にも役立つ仕組みとして、ソーシャルゲームの仕組みである「ゲーミフィケーション・フレームワーク」の活用を提案しています。このゲーミフィケーション。ガードナー社が2015年には、50%以上の企業で導入するだろうとも言っているぐらいのことなのです。
本書の第1部は、ソーシャルゲームが登場した歴史的背景で、インターネットの大衆化とソーシャルメディアについて紹介されています。
ソーシャルメディアは、TwitterやFacebookやYouTubeに代表されるもので、それ以前のWebサイトよりも手軽に情報を配信することができネットの大衆化を推し進めた存在で、Web2.0と言うこともあります。SNSとつながったソーシャルゲームもその一つと言えます。
ソーシャルゲームの登場は日本では2007年のことですが、それ以前からネットを使ったゲームは多くありました。それらはブラウザゲームやオンラインゲームと呼ばれており、ネット上で複数のプレーヤで遊ぶものです。重なるところも多いですが、ソーシャルゲームの特徴はゲームの中心にSNSがくることです。それにより、友人から招待されるといった遊び始めるきっかけがふんだんにあることや友達と競い合うことなどが特徴として挙げられます。また、永続的に遊べるようにプレイの自由度・選択の幅が大きく、終わらないことや無料で遊び始められる(ゲームを買わない)ことも特徴といえます。
第2部では、ソーシャルゲームの仕組み(「ゲーミフィケーション・フレームワーク」と呼ぶ)をより細かく解説しています。
まず、ゲーミフィケーション・フレームワークの概念図を見て下さい。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK28022_Y2A220C1000000/?df=2
ゲームのプレーヤが一番下のスタートから一番上の「目的」に向かい、「目標・行動の選択・達成」のスパイラルを繰り返しながら山を登っていく図です。目的は、プレーヤが「なぜこのゲームをするのか?」の答えです。登るうちにプレーヤの「熟達度」が初級、中級、上級と上がります。その過程において自分や他者の行動・次の目標・ヒントなどが「可視化」されたり、「運用」サイドがゲームのバランスを調整したりすることで、プレーヤが目的に至る道のりを助けるというものです。
本書では、この「目標」の難易度やパターンを調整するために、リチャード・バートルの提唱する「プレーヤタイプ」と先の「熟達度」の2軸でプレーヤを分類しています。プレーヤタイプは、アチーバー(達成家)・エクスプローラ(探検家)・ソーシャライザ(社交家)・キラー(反社交派)の4種類です。この4種類は他のプレーヤとの関わり方(ソーシャルアクション)にも影響し、他のプレーヤと協力・競争・取引したり、見比べたり、ゲームからの報酬を受け取ったりすることによりモチベーションを維持する仕組みを「ソーシャルパワー」とまとめています。そして、「目標→行動の選択→達成」のサイクルを繰り返すことで、登っていくスパイラル構造のシンプルでスムーズなプレイサイクルデザインによって、初めに初心者にも配慮したり、成長の可視化や他者とのつながりを見せたりすることでモチベーションを維持し、目的に向かわせるのです。さらにゲームバランス・難易度の調整・新しい要素の追加・限定イベントといった「サービスの改善・運用」でプレーヤを後押しするのです。また、時間の節約や新しいテクニックを手に入れるために課金アイテムが導入されたりします。これらの条件がプレイの自由度を生み、じっくりしたい人や早く進めたい人や完璧にしたい人などを共存させているのです。
このように相互に関係し合う7つの要素(プレーヤ分類、目的とゲームコンセプト、目標、可視化とフィードバック、ソーシャルパワー、スムーズなプレイサイクルデザイン、サービスの改善・運用)をゲーミフィケーション・フレームワークとして整理し、この具体例として、日本初のソーシャルゲーム「釣り★スタ」とブームの火付け役である「怪盗バトルロワイヤル」の2つを開発者インタビューと共に紹介しています。
この手法は心理学に基づいて作られたものではありませんが、心理学的にあてはまるとも言っています。例えば、達成できる見通しと明瞭な目標、直接的フィードバック、集中・無理なく没入できる程度のプレイサイクルデザインがチクセントミハイのフロー理論にもあてはまり、目標や行動を自ら選択し達成するというサイクルは無理のない自己決定を促していると考えれば、エドワードデシの自己決定理論による内発的動機付け(自らを動機付ける条件)になっているという具合です。
本書では触れていませんが、ID理論の中で言えばGBS理論に非常に近いものといえます。GBSと今回の7つの分類には違いがあり同じとは言えません。しかしながら、ソーシャルでないゲームとの違いぐらいの差異で、プレーヤの分類やソーシャルパワーの概念や運用しながら改善することを入れると同じことができるでしょう。ソーシャルGBS、誰か作って下さい!
また、ARCSモデルで考えてみることも興味深いとおもいます。「目的やゲームコンセプト」は初めの好奇心とプレーヤの関心、注意(A)や関連性(R)を促していて、「目標・行動の選択・達成」のサイクルは、小さな目標を自分でコントロールしながら一歩ずつ進む成功体験をさせ自信(C)と満足感(S)を高めている(プロセスを楽しむRも入る)し、可視化とソーシャルパワーは自信(C)の向上と認められた満足感(S)につながる(視覚効果はAも含む)といった見方もできるでしょう。
最後の第3部は、ゲーミフィケーション・フレームワークをゲーム以外の世界で応用するにはどうするかという話です。
「ゲーミフィケーション」は、ゲームの仕組みをゲーム以外のことに活用してユーザを盛り上げることで、ソーシャル的なシステムが増える中で皆さんも知らない間に体験していることでしょう。例えば、航空会社のマイレージプログラム、くら寿司の皿回収ポイントシステム、Nike+やWii Fitのような健康体験をソーシャル的に競うもの、シリアスゲームのように現実をゲーム化したもの、当選状況が見える懸賞サイト、Yahoo!知恵袋のような行動に対するポイントやバッジ(称号)を与えるシステムなどです。企業でのバッジ導入はすでに始まっていて、これまで反映されなかった「社員の良い行い」を評価する手段として注目されています。
また、本書ではあまり触れられていませんが、学習過程への応用も考えられます。学習者の個性や熟達度に応じた「目標」を設定し、それぞれに成功体験を積ませ、達成状況が可視化され相互に影響し合いモチベーションを高める学習環境を整えたらゲーミフィケーションっぽいですよね。例えば建築学科の課程として考えると、とある建設会社の社員となったプレーヤが、再大手のA社と戦うという目的に向かって、建設会社とは何をするのか、建物の構造、デザイン、経営戦略と学びながら他のプレーヤの建設会社と競争したり協働したりしながらA社に挑むというゲームにするといったことです。・・・ちょっと大きすぎました。普通の講義でも、小さな目標と達成を繰り返しさせて達成できら○○バッジを与えていくという所から始め、バッジの種類やストーリーなどの要素を付け足していき充実させていくようなやりかたが考えられると思います。なんとなく夏休みのラジオ体操に似ていますが、ゲームの目的は「集める」ことでなく、「集めたら何ができるか」であることを設計者は忘れてはいけません。
そう、ゲームとあなどることなかれ。皆さんの周りにはソーシャルゲームの仕組みが導入され、知らない間に励まされ生活しているのです。熱中しすぎず、毛嫌いもせず、モチベーションを上げる一つの手段として感じてもらえたらと思います。興味がある方は、ぜひ本を読んでみて下さい。事例などがかなり詳しく書いてあります。
フロー理論、シリアスゲームは過去のブックレビューで紹介しています。
http://www2.gsis.kumamoto-u.ac.jp/~idportal/?page_id=55&cat=124
(熊本大学大学院 教授システム学専攻 特定事業研究員 井ノ上憲司)