これからの教育で必要な学びとは、そして、どんな学びのデザインをしたらいいのだろうか。
日々の教育活動、授業づくりにおいて、この問いと向き合う機会が増えてきました。ある日、学生とグリーントランスフォーメーション(GX)について議論したときのことです。GXとは脱炭素社会に向けて、化石エネルギー依存の社会・経済構造から、太陽光や水素をはじめとする非化石エネルギー中心の社会・経済構造へ転換するための取組みです。日本では2050年までにCO2排出ゼロを掲げています。個人の省エネ行動を促すためにどんな教育が必要かを学生と議論したのですが、教育をしても社会・経済構造が変わらなければ個人の考え方や行動を変えるのは難しい、でも世の中の構造を変えるには個人の考え方が変化しないといけない、ニワトリと卵の話だねというところで終わってしまいました。
このモヤモヤした感覚を解決するヒントになるかもと友人が紹介してくれたのが、本書「スマートシティとキノコとブッダ」です。一見関係のなさそうな三つの言葉──スマートシティ、キノコ、ブッダ。著者らはスマートシティを近代合理主義的知性の象徴と捉え、そこに「人間以外の知性の象徴」であるキノコと、「人間を超えた知性」としてのブッダを並置することで、私たちの世界観を相対化しようとしています。人間中心の設計思想をいったん離れ、異なるスケールや特性を持つ存在との「対話」を通じて、まだ見ぬ世界の可能性を描こうという試みをしています。そして、普段から目にする「学習者中心」という言葉に少し疲れていた私は、「人間中心『ではない』デザイン」という逆説的なタイトルにも惹かれました。逆の方向から覗いてみることで、「○○中心」という発想の原点に立ち戻れるような気がしたのです。
本書では、「それはAかBか」と分別しようとする二元論的な考え方ではなく、「AでもありBでもある、そしてそれでいてAでもBでもない」という禅問答のような無分別的な思考により、既存の枠組みや固定観念を一度外し、新しい視点で世界を見直すことによって生まれる創造性について語られています。それらの創造性のもととなるのが、「発見的(目の前の世界の中に新たな価値を見いだす)」で「開眼的(その価値を別の文脈へと結びつけて新たな視点を開く)」な思考です。複雑で答えの定まらない時代において、「矛盾」や「ままならない」状態を乗り越えつつもそれらと付き合う方法として、この発見的・開眼的な思考は重要だと感じました。
本書は理論編・対話編・実例編・練習編・終章で構成されており、まさに、発見的で開眼的思考なプロセスを読者に体験させようとしてくれています。まず理論編では、「問いと答えの循環」という考え方が紹介されています。問題には明確な正解があるwell-defined problemと、正解が定まらず曖昧なill-defined problemがあるとし、後者に取り組むには、まず思考を外在化し、暫定的な答えを描き出しながら、問題と解答を往復するプロセスが必要だと説かれています。
続く対話編では、10人のさまざまな分野の研究者との対話が収録されていますが、特に情報学者ドミニク・チェンとのやり取りが印象的でした。彼は「大学を発酵のシステムとして捉えてみてはどうか」と語ります。教員と学生をヒエラルキーで捉えるのではなく、酵母や乳酸菌のように互いを発酵させ合う関係として考えるという比喩です。この発想は教員が教える側、学生が学ぶ側という構図を超え、共に変化しながら学びを醸成していく。まさに「○○中心ではない」関係性のデザインだと感じました。
実例編では、モノや環境の側の視点からデザインを考える試みが紹介され、練習編では、「発見的」で「開眼的」な思考(デザインの思考法)を身につけるための多様な課題が示されています。身近なものでできそうな課題もあるので、発想転換やリフレクションのための教材としても活用できそうです。
本書を通じて改めて気づかされたのは、これからの学びには、相反するもののあいだを往復し、関係性のなかに新たな可能性を見いだせるための練習が必要なのではないかと思いました。一方で、AIに質問すればすぐに答えを出してくれる、そんな世界に慣れ始めた私たちが、自分たちで問い続けることを辞めないためには、どんな学びのデザインの要素が必要なのだろうか、そんなことも考えさせられました。
(熊本大学大学院教授システム学専攻 博士後期課程修了 石田百合子)

