2022年度の学校基本調査によると、大学学部卒業者59万人のうち、いわゆる文系の大学教育を受けて卒業したのは約27万8千人でした。高校卒業者の大学進学率はすでに50%を超えていることから、若年層の約4分の1が文系の大学教育を受けて仕事や大学院へと送り出されていることになります(序章より抜粋)。
文系総合大学でキャリア形成教育科目を担当する私にとって、「学生たちが大学で何を学び、どのように社会と接続していくのか」という問いは、教育実践の根幹に関わる問題です。みなさんも一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。「大学(特に文系)の勉強なんて社会に出てから役に立たない」と。本当にそうなのでしょうか。本書は、そんな疑問に対して実証的な光を当ててくれる一冊です。
本書は、本田由紀先生(東京大学大学院教育学研究科教授)を研究代表とするチームが、「大学教育分野別内容・方法とその職業的アウトカムに関する実証研究」を研究課題とするプロジェクトに取り組んだ成果をまとめたものです。専門分野別の習得度を軸に、文系大学生が大学で何を学び、どのような力を身につけているのかを明らかにしようとしています。
第Ⅰ部では、習得度を主要な変数として扱った5つの章で構成されています。続く第Ⅱ部では、習得度を考慮しつつ、大学教育にまつわる多様なトピックを取り上げた5つの章と、このプロジェクトの特徴を研究動向の中に位置づけて考察した最終章で構成されています。
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序章 大学教育での「学び」をいかに把握するか
第Ⅰ部 専門分野別習得度を軸とした分析
第1章 「習得度」からみる専門教育の学習成果
第2章 専門分野別習得度と関連する大学教育とは何か
第3章 専門分野の習得度は卒業後にどう影響しているか
第4章 専門分野習得度と大学教育の有効性認識
第5章 聞き取り調査の結果から見える人文社会系大学教育の職業的レリバンス
第Ⅱ部 大学教育の諸側面
第6章 入試方法は大学での学びや成果とどう関連しているのか
第7章 大学時代のレポート学習行動は職場における経験学習を促進し続けるのか
第8章 大学の地域教育は出身大学所在地と居住地の一致の有無と関連するのか
第9章 職業資格の取得の規定要因は何か
第10章 人文・社会系大学生の学習経験と進学行動
第11章 大学教育の質の把握に関する理論的検討
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本書を通して最も印象に残ったのは、授業経験よりも学習経験の重要性が強調されていた点と、レポート・ライティングが職業的レリバンスの向上につながる可能性が示されていた点です。
第2章では、専門分野を問わず、授業経験よりも学習経験、特にラーニング・ブリッジング型の学習経験が、専門分野習得度と相対的に強い有意な正の関連を示しているという分析結果が提示されています。
そして、「学習者が授業外での活動と授業のように複数の異なる活動の間を移行・往還しながら、それぞれにおける学習を統合・結合していること」(河井2014)とされる「ラーニング・ブリッジング」に、授業と授業外の活動、複数の授業間、授業と社会的活動などを自ら関連づけることを加えて意味づけています。このような視点に立てば、専門科目とキャリア教育科目・共通科目との連携を強化することで、学生の学習経験がより深まり、学びの統合が促進されることが期待されます。
また、本書では、アクティブ・ラーニング型授業といった授業形態に着目した改善ではなく、学生が主体的に学習経験を深められるような教育設計の必要性が提起されています。アクティブ・ラーニング型授業に対して一定のこだわりを持ってきた私ですが、それだけでは学習目標に十分に到達し得ないというもどかしさを感じていたこともあり、熊本大学大学院教授システム学専攻に進学した自身の経験とも重なり、深い納得を覚えました。
さらに、第7章で職業的レリバンスとの関連が示されたレポート・ライティングについては、思考力の育成を目的として授業プログラムに位置づけていたことから、実践の裏付けを得たような感覚を持ちました。
最後になりますが、本書の評価主体は「学生」であり、学習者中心の教育を志向するインストラクショナルデザインを学ぶ者にとっては、非常に親和性の高い内容です。教育設計者としての視点を再構築する契機として、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。
参考文献
河井 亨 (2014)「大学生の学習ダイナミクス: 授業内外のラーニング・ブリッジング」
(熊本大学大学院教授システム学専攻 博士前期課程10期修了生 大黒 章子)