2010年日本教育工学会(JSET)第26回全国大会第一日目最後に開催されたワークショップで「大学」をテーマにシリアスゲームをデザインする(1)、のセッションでシリアスゲームを初めて知り、これはストーリー中心型カリキュラム(SCC)とのマッチングがとてもよいのではないかと思った。それというのも私の研究テーマが、SCCをSNS上で展開するもので、ストーリーの点で共通項が見つからないかを、知るために参加した次第である。ワークショップをしてくださった藤本先生には不躾ながら、シリアスゲームの外観をつかむにはどの書籍から読んだほうがよさそうでしょうかと、質問した。先生は、その場で本書のご紹介をいただき、少し分厚いけどこれが一番と教えてくださった書籍だった。早速注文をして購入したが、確かに370ページにわたる詳細な本書は、10月の三連休には十分すぎるボリュームと本書にかけるマーク・ブレンスキー氏の熱いメッセージが伝わってきた。
尚、シリアスゲームに関しては本ブックレビューで宮崎氏が[024-03]【ブックレビュー】「シリアスゲーム 教育・社会に役立つデジタルゲーム」(2)と題して投稿されているのであわせて参考にされるとより深く整理できるであろう。書籍の発行年数は、本書のほうが後であるが、宮崎氏のブックレビューは藤本先生の著書であり日本に即した内容であるが、本書は、デジタルゲーム学習の第一人者の一人としてマーク・ブレンスキー氏が書き下ろしたものを日本に合うよう藤本先生が翻訳したものであるため、本書のほうがより広範囲より歴史的背景等深く書かれており、リファレンス文献も多数掲載されているため、研究として始めて読まれる場合は、藤本先生のご助言どおり本書が良いのではないかと思う。インストラクショナル・デザイナーの一人であるマーク・ブレンスキーらしく、分かりやすい構成と、説明でイントロダクションを読むことで、読者の目的に沿った読み方を提案している。今の学習者たちがどのように違うのか、教育改革がいかに重要で、なぜ困難かという問題に興味がある読者は第2・3章を、デジタルゲーム学習がどのようなもので、どうなっていくかを知りたい読者は第6章を、デジタルゲーム学習がさまざまな分野で、どのように実践できるのかを知りたい読者は、第7・8章を、デジタルゲーム学習の事例を見てみたい読者は、第9章を、すでにデジタルゲーム学習の考え方に賛同して
おり、実践上の障害を取り除くための手段、上司をどのように説得する方法を知りたい方は、第12章にとガイドしている。また、くれぐれもと念を押して、楽しく効果的な学習法だと言っても、あくまで数多くの学習方法の中の一つの方法であって。万能でないことを添えている。
スペースインベーダーというゲームをご存知の方はどのぐらいいるだろうか?デジタルゲームが本当の意味で大ヒットしたのはこのゲーム(1978年)が初めてで、これを中学生の時から触れて育っているのが2000年の時点で30~39歳だそうだ。現在に置き換えると2010年であるので40~49歳がデジタルゲームと一緒に育った世代になる。同じころスターウォーズ(1977年)やMTV(1981年)そして、IBMのPCは1981年に登場したそうである。そんな中で、大人たちにとってのコンピュータスキルは道具の一つであるが、ティーンエイジャーにとっては「第二言語」になっていると言われている。このゲーム世代は、「デジタルネイティブ」でありデジタル以前に生まれて大人になってから取り入れた世代は対比して、「デジタル移民」と呼ばれ一線を画している。
このようなデジタル世代に対して、学習方法もいつまでも同じであるべきでなく、デジタルゲーム学習などが途上の段階ではあるが受けいれられていくのは当然であろう。また、別の切り口としては、テレビとデジタルゲームにも違いがあり、テレビは受動的一方、デジタルゲームは能動的である。このように足早な技術革新が世代間の違いを生み出しているようだ。
さて、学習における楽しさの主な役割は、学習者をリラックスさせ、やる気を高めることだということが分かる。リラックスすることで学習者は物事を理解しやすくし、やる気を持つことで、苦痛なしに努力を重ねることができるようなる。これがデジタルゲーム学習の意味合いのひとつであり、他にも遊びと学習、遊びと仕事など関連付けを本書ではひも解いている。そして、ゲーム自体もゲームがゲームである要素があるようだ。それは構造的要因として、
1.ルール
2.ゴールと目標
3.結果とフィードバック
4.葛藤/競争/挑戦/対立
5.インタラクション
6.表現、ストーリー
の六つの要素に根差している。これらの区分的な要素に加えて、優れたゲームとできの悪いものを分けるデザインの質に関する要素もある。優れた ゲームは高度に集中した、時に難しい課題を簡単に感じたり、何をやっても楽しめたりするような精神状態があり、これがゲームプレーヤーから良く報告される。これは、チクセントミハイが「フロー状態」と呼んでいる。デジタルゲーム学習における最大のチャレンジの一つは、プレーヤーをいかにフロー状態に保ちながら、学習も同時に起こすかということである。簡単ではないが、成功したときの成果はとてつもないとしている。
後半は、各種のデジタルゲームの事例があり、簡単なものから、大規模なものなどの事例が紹介されている。すべてのゲームを知っているわけでは ないがおおよそのゲームのイメージは十分伝わる。さらには、デジタルゲーム学習を導入するに当たり、否定的な意見への対応や、人、費用、とあらゆる導入に関する指南がなされている。本書一冊で、十分にデジタルゲーム学習の理論武装から導入までが記されており、あとは、読者の方がチャ レンジするかどうかである。日本人にとっては有意な条件があり、筆者はメールアドレスを公開していて、質問疑問にも答えてもらえるが、奥様が 日本人ということで、日本語での問い合わせも可能だそうだ。実際のゲームに関する情報はWebサイトにあり何を教えたいかを読者が決めることで具体的に実施に移せることであろう。冒頭に述べたSCC(ストーリー中心型カリキュラム)の元なるゴールベースシナリオ理論の7つの構成要素とゲームがゲームである6つの構造的要因には共通する部分が多い。
SCCをさらにエンターテイメントに傾けたエデュテイメントとして、TPOに合わせた使い分けをするのが、折衷主義をとるインストラクショナル・デザイナーの力量であると改めて感じた。デジタルゲーム学習はまだ、発展途上の段階であり、さらなる深化と、発展に期待すると共に、新たな道を発見することができた。
参考:
(1)http://www.jset.gr.jp/taikai26/program/program_w.php
JSET第26回ワークショップ
(2)http://www2.gsis.kumamoto-u.ac.jp/~idportal/?page_id=55&cat=124&n=1920
【ブックレビュー】「シリアスゲーム 教育・社会に役立つデジタルゲーム」
(北村 隆始 熊本大学大学院教授システム学専攻博士後期課程1年)