「学習支援」という言葉を聞いて、皆さんはどのような情景を思い浮かべるだろうか。
私自身、大学職員として日常的に「学習支援」に関わっているが、学校や企業で「学習」に携わっている方、お子さんを学校に通わせている保護者の方、現在「学生」である方…誰しも、自分だけの力で学習を完遂したわけではなく、教師や先輩、友人、そして親や塾などの「支援者」によって助けられてきたからこそ、今日の自分が形成されたのだということを誰が否定できるだろうか?
教育課程を終え、一個人が自立した存在として、自らが持つ能力を遺憾なく発揮し、社会の中で新たな価値を生み出すまでの段階をどのように設計するか、という点に興味を持ち、研究をする中で、「学生生活を成功に導くための学習支援(Learning Assistance for Academic/Student Success)」という実践事例を調査した。それらは、主に米国における事例であり、正直、日本における学習支援は米国に大きく遅れをとっているのではないのか、と理解していたが、この本に出会ってそれが大きな見当違いであったことを知らされた。日本における「学習支援」は理論化され、全国各地で実践されていたのである。
本書は「第1部 理論編」「第2部 実践編」の2部構成からなり、8章290ページに加え、コラム、学習支援関連用語集が収められている。「大学卒業までに最低限身につけなければならない能力」つまり、「学士力」の議論を始めるまえに、まずは学生の学力低下という切実な現実に向き合うこと、そして諸課題を解決するための「可能性」としての学習支援の位置づけがなされている。
「苦闘の中から結晶化した方法論集」と本の帯に書かれているとおり、「学習支援」という明確でありながらまた同時にさまざまな含意を持つ言葉の定義から始まり、それぞれの大学の現場において、担当の教職員による「苦闘」の様子がリアルに描き出されており、大学の教職員であれば、また、大学と関連する業務を行っている企業人もまた、大学で今まさに現実に起きているできごとと、それに立ち向かう人々が持つ信念の力強さを感じずにはいられないだろう。
第1部の前半部分では、概説として学習支援の定義とその変遷について解説されている。
学習支援は、ともすると入学時・初年次の学生のみを対象とした、学力の補完という印象を与えがちだが、米国での学習支援の変遷において、「ラーニング・アシスタンス」という用語が示しているのは、マクスウェル(1997)の定義によると、「すべての学生が受ける一般的学習技術・プログラムであり、そのなかには補習・補償的プログラム、学習資源なども含むもの」として、カサーザら(1996)によると、学部生・院生を問わず、すべての学生を対象にするもので、「個人の可能性を最大限に引きのばすこと」だとしている(p.5)。日本における学習支援の定義については、「学習支援」と「学生支援」という2つの概念について、明確な区別がなされてこなかった。本書では「本書における「学習支援」を、次のように定義されている。
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”大学院生を含む高等教育機関(ここでは、大学、短期大学、高等専門学校、専修学校専門課程)に学ぶ全ての学生と入学を予定している高校生に対して、必要に応じて学業に係る支援を高等教育機関側が組織的・個別に提供する営み、またそのプログラム・サービスの総称” (p.10)
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この定義から「学習支援」とはスコープの広い概念であることがおわかりだろう。また、個別のプログラム実施だけではなく、「組織的」というワードを含んでおり、「学習支援が効果的なものとなるには、組織的な運用が不可欠となる。というのも、個人の実践中心に依拠する形は、学習支援の継続性と統一性、測定を伴う効果の明示とその作業の定着という観点から好ましくないからである。」(p.36)との指摘がある。
また、日本ではあまり使われないが、「ディベロップメンタル・エデュケーション」という用語と「ラーニング・アシスタンス」の違いについても説明されている。ヒグビー(2005)は、ディベロップメンタル・エデュケーションを「学力的に準備不足の主として新入生を対象とする傾向」だと説明している。また、前者は科目を担当する教員によって担われるが、後者は科目を担当せず、専門家として学習支援業務に携わるスタッフが担うという区別も存在する(p.8)。
第1部の後半部分では、「大学の授業を改善するための学習支援技法」として、赤堀侃司先生が大学教育の現場での実践知に基づく具体的な技法が紹介されている。その中でも「目標を分析する」(p.69)、「学生のニーズを分析する」(p.70)
として、「相手のニーズや特性を知って授業をデザインすることは、当たり前であるが大切である。」として、インストラクショナル・デザインと学習支援との密接な関連性が具体的な事例とともに紹介されている。そして、谷口和也先生からは「大学における授業設計の問題点」として、目標設定、妥当性のある評価方法、達成目標に至るような学習方法の選択について、現状の問題点を投げかけている点で興味深い。
第2部では、伝統的な大学生、つまり中等教育修了後に高等教育機関で学ぶ学生を対象とし、「子供」と「大人」の間にある、青年期に特有な心理状況をも含み、初年次、サービス・ラーニング、資格・免許取得、キャリア教育、障害学生支援など、大学生を取り巻く多種多様な側面から「学習支援」の実践例が図や写真なども織り交ぜながら、紹介されている。
また、コラムとして各界で活躍する研究者による理論と実践の紹介がちりばめられ、読み手に深い共感を与えている。その中には、教授システム学専攻合田美子先生のコラム「自己調整学習理論を活かした学習支援」(p.251)も掲載されている。豊富な事例から、必ず自分の興味のある内容に出会うことができ、また、用語集や引用文献リストなど、さらに学びたい人への貴重な資源としても活用できる。
本書の英文タイトルは「The Methodology of Learning Assistance to Enhance College Student Literacy」であるが、学生の学生の学びと成長を実現する方法だけではなく、それを支援するスタッフ(教職員、学生スタッフ)の学習支援力というものもEnhanceする技法が含まれていると感じる。より効果的で効率的な学習支援を組織的に実行する、という課題に立ち向かい、日々奮闘している「仲間」がいること、直接の知り合いではなくても、ここに掲載されている実践を通じて、熱い「思い」に触れることができる一冊である。いまどきの大学(生)像を知る手がかりともなり、大学・教育関係者だけでなく、企業人や親の世代にも知ってほしいと思う。インストラクショナル・デザインを学ぶことで、何がどう役にたつのか、という疑問へのヒントともなる本である。
(熊本大学 教授システム学専攻 博士後期課程2年 野田啓子)