今回は、最近出たばかりの「ストーリー中心型カリキュラムの理論と実践:オンライン大学院の挑戦とその舞台裏(根本淳子・鈴木克明(編著)、竹岡篤永・高橋暁子・柴田喜幸(著)、2014年、東信堂」をご紹介します。
ストーリー中心型カリキュラムとは、Story-centered Curriculum(SCC)の和訳であり、学習内容をストーリーの中で、より効果的・効率的に学べるよう設計されたカリキュラムのことです。この本では、まず第1部で実際に熊本大学教授システム学専攻(GSIS)で提供されているSCCを紙上で再現することで読者がSCCを疑似体験できるようにした上で、読者がオリジナルのSCCを作るときの手順とヒントを示しています。第2部ではGSISでのSCC実践の舞台裏を明らかにしています。シナリオがどのように作成されてきたのか、それを既存のカリキュラムとどう連動させたのか、そしてそれをどう改善したのかということが、ID、IT、運用の各側面で語られています。そして第3部はSCCを踏まえた上で、ストーリーを活用した研究や学習支援設計について概説していて、さらに実践の中で理論のブラッシュアップをしていくデザイン研究について、SCCを一つの例としてあげながら説明されています。
この本にはGSISのSCCの内容が再現されています。GSISのSCCを体験したことがある人は、その記憶を蘇らせることができますし(学んだことを想起させるのは、IDの基本ですよね)、SCCを体験したことがない人には、本来ならGSISに入学しないと体験できないことが紙上で体験できるというお得なつくりになっています。とは言え、SCCの全貌は実際に体験しないとわからないので、そのチャンスがある方はぜひ体験することをおすすめします。
かく云う私は、体験するチャンスがありつつ、そして体験することを選びつつ、最後までやりきれませんでした。それはシナリオに乗ろうとする自分と、SCCを一つの技法として客観的に見ようとする自分が、学びの中で行ったり来たりして、中途半端になってしまったからだと考えています。しかし、この本で全貌を知ったあとでは、知った上でシナリオに乗るということも楽しそうだなと思えました。もし、SCCを実際に体験できるという果報者の中で、私と同じようにシナリオに乗りきれずにまごついている方がいらっしゃったら、この本で裏舞台も含めた全貌を知った上で、乗りなおしてみるというのもいいかもしれません。
SCCとは、GBSの考え方をカリキュラムに対応させたものと言えます。GBSは、人は体験の中でこそ深く学べるという構成主義の考え方を教材に反映させたものです。SCCは、カリキュラムを構成する各科目を、単元単位でバラバラにし、一つのシナリオの中で再構成しています。そうすることで、科目間をまたいだ単元のつながりが生まれます。また、シナリオの進行の中でその単元を学ぶ必然性が示されることで、その単元を学ぶためのモチベーションが換気されます。考えてみれば、我々は、実生活の中で非明示的であってもミッションが示され、それを解決していくことを繰り返しています。その中で失敗した時は、どうすれば成功するかを考えますし、成功したら、もっとよくするにはどうするかを考えます。「物事を解決したい」というモチベーションは強力ですから、SCCはそのあたりをうまく活用していると思います。
いくつか印象に残った部分をあげていきます。「SCCだけでなんとかなるというわけではない。元となるカリキュラムがきちんとしていることが大事」という記述がありました。SCCの面白いところは、既に存在するカリキュラムの効果・効率・魅力を向上させる「ブースター」となる可能性を持つところだと思います。しかし、本文中にもあるように、まずは「元となるカリキュラムがきちんとしていること」が必須です。SCCは、ジクソーパズルの完成を促進してくれる可能性はありますが、パーツが足りないジクソーパズルのパーツを埋めてくれるものではないということですね。
SCCのシナリオ作成における「リアル」の扱いについても興味深かったです。「リアルであることとリアリティがあることは異なる。例えば、コンテンツ作成者が、コンテンツの著作権について調べることを上司から指示されるのは、業務の範囲という意味ではリアリティがないが、実はよくあることなのでリアルである」というような記述がありました。SCCにおけるシナリオは、学習者の学びをサポートするためのものですから、リアルに基づいた上で、学びを促進させる上での最適なリアリティを追求することが大事なのだろうと理解しました(ここはもしかしたら著者の意見とは少し違う理解かもしれません)。
さて、本文中に書かれていたことからは脱線しますが、どうしてSCCやGBSが効果があるのだろう?と考えてみました。認知心理学に、人の記憶は、より認知リソースを使った場合のほうがよく記憶されるという知見があります。例えば、Hot-Coldという単語の対を覚える場合、Hot-Coldをそのまま覚えるよりも、Hot-□□□□と表示して、これは「対照となる言葉」と指示し、□の中身を自分で考えて穴埋めさせたほうが記憶成績がよいのです。ここでは自分の持っている単語リストから記憶を探り出し、最適なものを選び出すという認知作業が必要なため、示された単語をただ覚えるよりもリソースがより消費され、記憶の爪あと(記憶痕跡)がより深くしっかりとつくからと言われています。普通の科目で示された課題をやっていくよりも、シナリオを与えられて、その解決手段や、その作業と科目との関連付けを「自分で考える」ことは面倒くさいことかもしれません。しかし、それによってより認知負荷が高まり、その内容が身につくのではないかと推察します。
最後に、私がこの本をまた読みなおすことになるだろうと思える理由を書いておきます。それは、この本はSCCのことを知るためだけでなく、デザイン研究のことを知るための書でもあるからです。デザイン研究って、面白そうだし役に立ちそうだしと思うのですが、いざ「研究」としてどのようにしていけばよいのかと言われると、なかなか難しく思えます。この本では、SCCがどのような理論や先行研究をベースにし、どのように実践し、実践の中で改良し、そこから得られたものを研究としてどのようにまとめていったのかが詳細に書かれています。つまり、デザイン研究のプロセスを詳細に示しているのです。自分でデザイン研究をしている人や、しようとしている人にとっては、ひとつのお手本として役立つことでしょう。
(熊本大学 教授システム学専攻 特任准教授 平岡 斉士)