トップIDマガジンIDマガジン記事[022-02] 【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(21) ~ID実践@ミャンマー~

[022-02] 【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(21) ~ID実践@ミャンマー~

ヒゲ講師は8月31日、バンコク経由でミャンマーのヤンゴン空港に降り立った。JICAが進めている教育省案件「児童中心型教育(Child-centered Approach: CCA)の推進」の短期専門家として8日間の滞在のためだった。空港ではかつて岩手時代に3週間研修生として受け入れたミャンマー教育大学関係者の出迎えも受けた。ヤンゴンは夜にも関わらず雨季の湿気が多い空気と出迎えの人の熱気に包まれていた。

このプロジェクトは5年目の第2フェーズを迎えていた。第1フェーズで取り組んだCCAを支える教育大学における教員養成のカリキュラム改訂作業を経て、第2フェーズでは現職教員向けのワークショップの展開に進んでいた。JICA専門家が直接指導する中央での試験的取組の企画と試行を受けて、研修担当者研修(Trainer-of-trainers: TOT)を受講した研修修了者が地方に出向き、そこでまた研修を展開するという、いわゆるカスケード方式での展開に耐えられる研修マニュアルと評価システムをどうつくるか。実験的な取り組みのみに終始するケースが多い国際協力プロジェクトに比べれば、全国の小学校の教室にまでインパクトを及ぼそうとしている野心的なプロジェクトである。それを中心となって仕切っているのが岩手時代の博士課程でヒゲ講師が指導した社会人大学院生(※1)や良く知っている関西大学のメンバーともなれば、「ぜひ来てくれ」との要請を断るわけにもいかない(むしろ、待ってました!)。4年前に直接指導した6名のミャンマー人プロジェクト推進員(JICA用語でカウンターパート=CPと呼ぶ)がどの程度成長したのか、自分が4年前に行った研修の成果を確認する意味でも重要な訪問であった。

ミャンマーで児童中心型教育?と首をかしげる読者も多いことと思う。スーチー女史の軟禁やデモ隊の撮影時に命を落とした日本人カメラマンの話題が伝わる軍事政権の国。そこで展開されてきたのは、暗記中心・暗誦中心の教育であった。そこで児童中心型教育をあまり派手に推進するのは当局に睨まられて大変なのではないか。そんな思いは小生にもあった。しかし実際に現地を訪れ、熱心に取り組む日本人専門家や無邪気なまでに素直なCPの姿に触れ、短期訪問の間にできるだけのことはやって帰ろうという思いを強くした。

小生が直接担当するのは滞在の終盤に計画されていた1日の「構成主義IDワークショップ」。CCAの推進となれば、IDとしては構成主義に依拠することは自然であるが、ヒゲ講師の得意分野というわけでもない。フィジーでの経験(※2)からも、まずはプロジェクトがどんな状況にあるのかを十分に聴取し、そこでの問題点と今後の方向性を探ってからワークショップの中身を考えよう、と思っていた。とりあえず使えそうなネタをPCに仕込んできたが、何をどう展開するかは現地での最終調整となった。

進捗状況の概況を聞き、教員養成チームと現職教員チームにヒアリングした結果、「なるほどこういう状況か」という感触がつかめた。CCAを実施している教育大学付属小学校や教育大学の授業を参観したり、先行してCCAを実施しているヤンゴン市内の小学校でCCAの実施状況をモニタリングして「授業研究」を展開する視察団に同行することで、「ここまではできそうだな」という感触もつかめた(もちろん、ここで見た「ここまで」を地方で展開するためにはさらに周到な準備が必要ではあるが)。プロジェクトで計画している「次の一手」の話を専門家会議などで聞き、またそれを準備しているCPのつくった「グッドプラクティス」のビデオと指導案を点検した結果などから、「ここを補強すれば良くなりそうだ」というポイントが見えてきた。それらのアイディアを担当者別に直接フィードバックするとともに、ワークショップで揺さぶりをかけてプロジェクト全体で何を共有すべきかを考えてワークショップに臨んだ。

ワークショップでは、かなりの時間をかけて「ジャスパー冒険物語」(※3)をみんなで楽しんだ。チームに分けて、子どもになったつもりで、第一話への回答をみんなで考えた。算数って楽しいね、ここまでできるんだね、という最先端を伝えたかったからである。もちろんミャンマーの小学校の教室にはビデオ機材はない。この教材の真価を発揮できる教員も養成されていない。でも、まず構成主義的な授業の何たるかを経験させれば、その体験から何かを応用できるのではないか。そんな思いで用意したのは、子どもとしての「ジャスパー」の体験だけでなく、教師として、あるいはプロジェクト推進者の視点から「ジャスパー」を読み解くための、設計開発を支えた7つの設計原則や授業で用いるときの3つのパターンとその長短についてのディスカッション。「このままやれ、ということではない。こんな楽しい授業をこの国の状況を踏まえてどう実現するかをそれぞれのチームが考えてほしい」というメッセージを伝えた(つもり)。ワークショップの後半は、構成主義といえば外せないメリルの「IDの第一原理」(※4)を紹介。各チームでこれからの活動に何がどう生かせそうかを討議・共有した。びっしょり汗をかいた一日が終わり、参加者との宴に心地よく酔った。

IDの成功事例として、朝鮮戦争直後の韓国の教育改革が挙げられる。フロリダ州立大学も含めた米国のID専門家が入り、かなりの成果を上げた。その縁もあって、韓国からの留学生が多い、とヒゲ講師の留学時代に良く聞かされたことを思い出す。少し先になってこの国の教育改革の歴史を振り返った時、「あのJICAのCCAプロジェクトが果たした役割は大きい」と論評される日が来るのだろうか。一人でも多くの教育関係者の支持と支援を受けて本プロジェクトが成功し、暗記・暗誦中心の授業以外にもこんな教育が可能なんだという経験がミャンマー全国の教室に広がって欲しい。さらなる躍進に触れる機会にまた恵まれることを楽しみに、ヤンゴン空港を後にした。

(ヒゲ講師記す)

参考文献
※1 Ito, T., & Suzuki, K.(2008). Development of an effective and subtainable system for ID training: Proposing a strategy model of Training of Trainer (ToT). Educational Technology Research, 31(1-2): 13-24.

※2 Nemoto, J., Hazelman, V., & Suzuki, K. (2005, June-July). Instructional design workshop based on needs analysis at University of South Pacific. A paper presented at ED-MEDIA 2005, World Conference on Educational Multimedia, Hypermedia & Telecommunications, Montreal, Canada, June 27- July 2, 2005.
http://www.et.soft.iwate-pu.ac.jp/~nemoto/paper/Jset050122a.pdf

根本淳子・鈴木克明(2005.1)「南太平洋大学における遠隔教育実態調査に基づくIDワークショップの企画と実施」『日本教育工学会研究報告集』JET05-1,53-58.

※3 鈴木克明(1995)「教室学習文脈へのリアリティ付与について―ジャスパープロジェクトを例に―」『教育メディア研究』2(1) 13 – 27
http://www.gsis.kumamoto-u.ac.jp/ksuzuki/resume/journals/1995b.html

※4 [010-03]ヒゲ講師の新年度始まる:メリルの5つ星IDの要件(2005年4月22日掲載)IDマガジン第10号 http://www2.gsis.kumamoto-u.ac.jp/~idportal/?page_id=55&cat=36&n=115

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