トップIDマガジンIDマガジン記事[052-02] 【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(48)~歴史的な一歩前進とレジェンドがつくった古典の継承~

[052-02] 【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(48)~歴史的な一歩前進とレジェンドがつくった古典の継承~

ASTD(アメリカ研修開発協会)が創立61周年を迎えてその組織名をatdに変更すると、2014年5月6日に公式発表した。何故か小文字表記になってSが抜けたが、新名称が示すのはAssociation for Talent Developmentである。ワシントンDCで開かれていた年次大会の全体会での出来事。ヒゲ講師は日本からの参加者のFacebookへの書き込みでそのニュースを知った。帰国後に参加者としてその場に居合わせた人から話を伺うと、かなり大々的な演出を伴う発表だったらしい。ついに長い歴史の中で、Trainingという言葉がASTDの団体名称から消えた(American Society for Training and Developmentの前は、American Society for Training Directorsの略だったらしい)。同じTでもTrainingからTalentになり、国際組織であることを強調するためか、団体名からAmericanも消えた。歴史がまた一歩動いた、と言っていいだろう。ASTDジャパンも連動して名称を変えるのだろうか、巨大組織ゆえに、この変化が落ち着くまでにはしばらくかかりそうだ。

ヒゲにとって、この名称変更よりも大きなニュースがあった。名称変更発表の3日後に、教育評価の伝道師でASTDから2006年「伝説的人物(レジェンド)」の称号を受けていた巨匠がその90年の生涯を全うして「伝説」となった。その人の名は、ドナルド・カークパトリック。4段階評価モデルを提唱した人で、皆さんもご存知ですよね。この訃報もFacebookで知った。ASTDも早速、Webを介して大々的にレジェンドの死を報じた。

ヒゲが巨匠カークパトリック博士をミルウォーキー郊外の引退者住宅にNHKのカメラマンを引き連れて訪問したのは2005年5月のこと。2006年度から始まる放送大学大学院の講義「人間情報科学とeラーニング」のための取材だった。もう9年前のことになるが、振り返ってみればあの時巨匠は御年81歳だったことになる。あのインタビューでは、ジャック・フィリップで有名になったROIについては「あれはレベル5じゃなくてレベル4bだ」という解釈を聞いたり、「アクションプランはレベル1じゃなくてレベル3でしょ」という確認ができたことなど、直接お会いして聞きたかったことが聞けて満足したことを思い出す。

放送番組や印刷教材には含めなかったが、インタビューの冒頭でいきなり「トイレはどこですか?」と日本語で話しかけられて唖然としたことが懐かしい。第二次世界大戦後に軍人として日本に駐留していたことがあったそうで、今でも生活には困らないさ、と豪語していた。同行したディレクター氏はインタビュー後に、この爺さんどうなることかと最初は思っていたそうだが、話し出すとしっかりとしていて、要点を短時間にまとめて話してくれたことに驚いたと感想を漏らした。確かにかくしゃくとして、しっかりと簡潔に、しかもとても平易な言葉で話してくれた。秘蔵インタビュー映像をノーカットで聞き直してみると、まるでEvaluationg training programs: The four levels (2nd Ed.)の一説を話してくれているようだ(トイレのくだりは別として・・・)。インタビューだけでなく活字になっている情報も、とても分かりやすい文章だなぁ、と今更ながら思う。この名著の第3版が新しい事例をふんだんに盛り込んで息子との共著で出版されたが、いずれの版にもまだ翻訳がない。

『はじめての教育効果測定』の姉妹書として、『教育効果測定の実践』が日科技連から出版されたときに、その推薦の言葉を依頼された。カークパトリックの名著を引き合いに出して、実践事例集の刊行を祝した。巨匠はあの本が売れた理由を聞いたときに、躊躇なく、こう答えた。「それは、あの本の後半に納められている事例のおかげだよ。4レベルに分けて教育効果測定をやろうという考え方はずいぶん前に自分が書いた博士論文で考え出したもので新しいものではない。その枠組み自体は有名になったが、あの本には自社でそのまま活用できるノウハウが事例として満載されている。それが好評だったので、新しい事例を入れて今、第三版を出すことになったんだ。」

ID理論やモデルほど実践的なものは他にない。なぜならば、数多くの教育研修実践を経てそれを抽象化・一般化したものがID理論やモデルだから。これはARCSモデルのケラーが強調していることである。一方で、ID理論やモデルは、それだけでは理解しにくい。それを活用し、「こんなに良くなった」という事例が伴えば、納得感がぐんと高まる(同業他社・他者の事例ならばなおさらだ)。カークパトリックの4段階評価モデルは、教育評価の混沌を整理した功績が世界で認められて「古典」になったが、それが世界で実際に活用されているということが、事例に触れると良く分かる。ID第一原理の「Show me, not tell me」としても強調されていることだ。

巨匠がこの世を去っても、カークパトリックの4段階評価モデルを応用した事例は作り続けられるだろう。事例によってレジェンドの偉業が継承されていく。我が国の研究者・実践者も、その一翼を担えたらいいなぁと思う。

(ヒゲ講師記す)

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