本書によると、私も子どもの頃に遊んだ経験のある「ダンスダンスレボリューション」、「ドラムマニア」、「シムシティ」、「三国志」、「信長の野望」、「桃太郎電鉄」、「グラン・ツーリヅモ」…、プレイしながら「何かの知識が学べる、興味を持つことができる」これらのゲームは、日本におけるシリアスゲーム(あるいはシリアスゲームに関連した事例)として捉えて良さそうだ。
本書は近年、欧米で盛り上がりを見せている「シリアスゲーム」というコンセプトを解説し、その事例研究の紹介、および主に教授システム学、教育工学分野の見地からその教育への活用について論じる一冊である。「ゲーム」というと娯楽的なイメージを持ち、ゲーム脳という言葉に代表されるように、何か「有害なもの」といった、教育利用に対してネガティブな捉え方をされることも少なくない。しかし、著者は、ゲームを教育に利用するメリットとして「モチベーションの喚起・維持」、「全体像の把握や活動プロセスの理解」、「安全な環境での学習体験」、「重要な学習項目を強調した学習体験」、「行為・失敗を通した学習」の5つを挙げ、ゲームを利用した教育の有効性を分かり易く解説している。
本書の本題であるシリアスゲームとは、上記有用性を踏まえてデザインされた「教育をはじめとする社会の諸領域の問題解決のために利用されるデジタルゲーム」であると著者は定義している。文中、第3章に事例研究として14本のシリアスゲームが紹介されている。ゲームの分野も様々であり、教育から公共政策、政治・社会、医療、および軍事など多岐にわたり開発されている。その中には、シリアスゲームの可能性を世に知らしめ、シリアスゲームコミュニティ形成の契機となった大学経営シミュレーション「バーチャルU」と米陸軍が新兵募集のためにマーケティングツールとして開発した「アメリカズ・アーミー」も紹介されており、その成功事例として大変興味深い。それらの多くが開発には非営利財団や営利企業による巨額の資金面での支援を受けており、コミュニティを通じて様々な分野で人材や情報、資金の交流が行われていることが読み取れる。
また、シリアスゲームの開発においてはゲームを魅力的にするためにゲームデザイナーと、教育的な構成を施すためにインストラクショナルデザイナーが、それぞれ参加する。しかし、ゲームデザイナーとインストラクショナルデザイナーの設計手法は互いにトレードオフの関係にあるところもあり、開発のための意識合わせが重要となる。よって、インストラクショナルデザイナーがゲームデザインの知識をカバーする動きや、またその逆でゲームデザイナーがインストラクショナルデザインの知識をカバーする動きがある。人工知能の研究者から転身して、eラーニング教材開発の専門家として活躍してきたことで知られ、熊本大学大学院教授システム学専攻でも SCC (Story-centered Curriculum) の生みの親としてお馴染みであるロジャー・シャンク (Roger Schank) もその一人として紹介されている。
ビジネスモデルといった面でも、現在のゲーム業界の市場を拡大するチャンスとしてシリアスゲームは注目もされている。脳トレブームもあり、日本でも教育や学習を扱ったゲームも多く取り扱われるようになった。ゲーム業界で活躍するインストラクショナルデザイナーが、この先日本で現れるのも期待できるのではないだろうか。
最後に、eラーニングに関心を持ち研究する私にとっても、ゲームの教育利用にあたっての設計、開発、導入に関して述べられている内容は、大いに参考となるものが多くあった。優れたゲームの備えている画面構成、操作方法、繰り返しプレイしたくなる仕掛けといった要素は、eラーニングコンテンツにも同様、有効な観点あり、考慮されるべきである。また、シリアスゲームコミュニティを中心にいわゆる「ヒト・モノ・カネ」という資源が集まり、シリアスゲームという分野に正のスパイラルが起こっている点などは、オープンソースCMSコミュニティとして開発が進められている Moodle や Sakai にも重ねることができるのではないだろうか。ここ数年、ゲームなどほとんどしてなかったが、今ゲーム機を手にするとまた違った楽しみ方ができるかもしれない。遠く昔の記憶になりつつあったゲーム熱が再燃しそうな今日この頃である。
(熊本大学大学院教授システム学専攻博士後期課程2年 宮崎誠)