「学習の最初に修了試験を受けさせる」。
なるほど。問われることがはっきりしていれば、学習も無駄なくモレなくできる。IDを学んで目から鱗が落ちたことの1つでした。
本書は、脚本家にとっての「修了試験問題集」のようなものかもしれません。
商業映画化を目指して書かれた脚本を分析・評価して「カバレッジ」という通信簿を書き映画会社等に提供する「ストーリーアナリスト」という職業があります。同名の本書は文字通りその職業のノウハウ本です。
私の研究テーマはストーリー型教材の創作技術ですが、これまではひとえに「才能」「感性」のような闇の中の領域でした。それを神田川のほとりで文章修業せずとも「誰でもある程度のものが書ける」ようなメソッドを編み出せないか、というのが私の野心です。この本は、そんな私の靄(もや)に薄日をさすものです。本書はカバレッジの項目、評価指標も整然と説明されています。ということは、それらの視点を先取りして創作にあたれば、そこそこによい脚本が書けるはずです。以下、その要点を挙げてみましょう。
まず、シノプシス。これはプロットを凝縮したもの。これで大まかな評価が決まります。では、プロットとは、、。「外的なコンフリクトとクライシスを引き起こす事件と、そうした障害の連なり」とあります。つまり、優れたシナリオであるためには障害がなければならないことになります。それは宇宙人が攻めてくるの類のみならず、音痴なガキ大将に歌を聴かせられたり、憧れの女の子にクラスの秀才が宿題を教えていたりとさまざまあっていいはず。
あるいはキャラクターの名前、外見、バックグラウンド、モチベーション、長短所、成長等々はどうなっているか。それはテーマの中でどういう役割を負っているか、矛盾なく描かれているか。ほかにもセリフ・構成・コンセプト・ペース等々、その脚本を丸裸にしていく切り口が山積です。
さて、アカデミアの視点から気にせねばならないのはこの評価指標の信頼性や妥当性ということになるのですが、本書には残念ながらそのあたりのことはまるで触れられていません。経験則の集積とも読めます。ではこの知見は活かすに値しないのでしょうか。それは、教材作成者としては、ではエビデンスがとれている知見だけで「魅力あるシナリオ教材」をつくることができるのか、という問いとセットになります。今後の私(たち)の課題としては、この素敵な経験則にどう科学的な証明をつけていくか、ということなのでしょう。
この夏、鈴木先生が「IDの美学・芸術的検討」について発表されましたが、まさにその追及のための「必読の1冊」と言ってもいいのではないでしょうか。この本で腕を磨いた教材開発者が、少し湿り気味ともいわれるe-Learningビジネスシーンに新たな旋風が巻き起こしてくれることでしょう。
(http://www2.gsis.kumamoto-u.ac.jp/~idportal/wp-content/uploads/td3_1suzuki.pdf(PDF 228KB))
末筆ながらこの本は朋友、産能大の古賀暁彦先生から紹介していただいたもの。折しも氏の司るメルマガで同書が取り上げられています。斜め読みの方法や評価のダイナミズムなどについて氏一流の切り口で評されていますので、是非そちらもご一読ください。(http://archive.mag2.com/0000150645/20091129224634000.html)
(熊本大学大学院教授システム学専攻博士後期課程2年 柴田喜幸)