まず、本の構成について簡単に説明します。
GBIIIは4部13章で構成されています。第1部がID理論に関する共通の知識とその理解を築くための基礎情報をまとめたものであり(「ID理論を理解するためのフレームワーク」)、それに続く第2・3部ではID理論を複数ずつ紹介しています。第2部と第3部の違いは、紹介する理論のどこに焦点を当てているかという点です。第2部は、どんな手段(教え方)を用いた理論なのかという点を中心に(「インストラクションに対する異なるアプローチのための理論」)、第3部はどんな学習成果を得るための理論であるのかという点からまとめられています(「インストラクションに対する異なる学習成果のための理論」)。このように異なる視点から理論をまとめて紹介しているのは、実際に使える状況ごとにまとめたほうが利用しやすいという配慮からのようです。最後の第4部は「共通知識基盤を作るためのツール」と題して、この分野が発展していくためのキーワードと理論を進化させるための理論構築方法などについてまとめられています。
今回紹介する第1章では、社会が産業化時代から情報化時代に変化しているように、教育も時代の変化に合ったパラダイムへシフトされることが必要であることを踏まえ、現代のID理論の枠組みを整理しています。
ID理論に含まれる大きな2つの構成概念は二つあると整理されています。ひとつは、学習を促進するためのすべて(ツール)を含む「教育手法(Instructional method)」であり、二つめは、与えられた状況でどのツールを用いてよいのか、または用いるべきではないのかを判断するための要素すべてを含む「教育状況(Instructional situation)」です。「教育状況」には対象となるインストラクションの「価値(学習目標・評価・方法)」と「条件(学習内容・学習者・学習環境・開発制約)」が含まれます。かたや「教育手法」には具体的にどのような方法(教え方やツールなど)を用いれば良いのかという内容を含みますが、教育の規模や範囲などによって「教育手法」に含む部分も変化することが強調されています。
本質的な枠組みはこれまでと大きくは変わっておらず、ID理論には教授法(どんな教え方をするか、どんなツールを使うか)とその教授法を用いることが効果的である状況(学習内容・対象者のレベルや年齢・学習内容)の情報を含んでいるということが確認できました。一方で、以前から言われていることですが、同じ教育実践は二つと存在しないため、当該理論そのまま活用しても同じ成功を得ることはできないことから「教育手法」の提示方法が工夫されているのだと思います。基本的にはGBIやIIで提案してきたものの発展形と感じています。
このような概念を作り出す過程で、ライゲルース氏はデルファイ調査を実施しています。GBのすべてのボリューム執筆した全員と著名な研究者を対象者とし、53名から回答を得ています。「ID理論」という呼び方については、”Instructional Theory”が人間の学びと発達をファシリテートするための用語として適切だとの支持を得たようです。Instructionの他には、educationとの回答もあり、また、デザイン理論という表現が目的指向型(goal-oriented)を表すのに適切だとする回答の他にも、代替案としてInstructional theoryという用語や、学習科学が良いという回答もあったようです。専門家たちの意見を活用するという試みはこれまでなかったことですが、柔軟性のある用語定義と本分野におけるデザイン理論に対する重要性が支持されたことも本書における枠組み設定の裏にあるようです。
(熊本大学大学院 根本淳子)