トップIDマガジンIDマガジン記事[055-03] 【ブックレビュー】ジョン・ヘーゲル3世,ジョン・シーリー・ブラウン,ラング・デイヴソン著, 桜田 直美 訳(2011) 『「PULL」の哲学 時代はプッシュからプルへ ―成功のカギは「引く力」にある』主婦の友社

[055-03] 【ブックレビュー】ジョン・ヘーゲル3世,ジョン・シーリー・ブラウン,ラング・デイヴソン著, 桜田 直美 訳(2011) 『「PULL」の哲学 時代はプッシュからプルへ ―成功のカギは「引く力」にある』主婦の友社

本書は、今の世の中を勝ち抜くためには「pull(引き出す力)」を活用した新しいやり方を理解し、これまでの(世界の動きを予想しそこで取るべき行動を詳細に練る)「push」というアプローチから脱却することの重要性を説いた米国のビジネス書である。

テクノロジーの進歩により社会的ネットワークがインターネット上に展開されてから随分と安定した印象を持つ。知らないうちに、慣れてしまったと言ってもいいかもしれない。我々の生活に必要不可欠となってきたこの環境は一体どんなものなのか、どのように利用することでさらに生かすことができるのだろうか。このように自分の置かれた環境を深く考えることは少ないかもしれない。本書は我々を取り巻くこのような環境が自分のビジネスやキャリアにどのような影響を与えているのかを再整理させてくれる本だった。

Pushと呼ばれた時代は、今後何が起こるのかを予想して、それに対してどう対処すればよいのかを計画することができた。筆者らはpushにプログラムやルーチンという言葉を当てて説明している。企業にはマニュアルが、大学にはカリキュラムがあるように規則や手順に則って活動してきた。その社会システムの中核(本書ではコアと呼ぶ)にいる人が常に成功できるような仕組みである。しかし、Pullの時代は、必要だと思う時に、必要な人が自由に情報を引き出し、それを活用して新しい知識や価値が創造される。この新しい知識や価値は、いつも決まったやり方で物事が進むコアではなく、そこから外れた場所(本書ではエッジと呼ぶ)から生まれる。この新しい環境で成功を収めるにはこのシフトを理解した上で、行動しなければ成功は得られないと言う。

では、どうやってPullの環境を活用することができるのだろうか。筆者らは大きく3つの段階でまとめている。ひとつは「アクセスする力」を活用すること。散在する情報から欲しいものを入手する。この仕組みは情報がモジュール化されユーザーの自由度が高いことで実現されている。ネットで本を購入したり書籍を購入したりするときに、それぞれの好みに合わせて情報が提示されてくることなどが例として挙げられている。

次の段階は必要なものを「引き寄せる」ことである。「セレンディピティ(偶然の出会いや発見)」がここでのポイントである。セレンディピティというと、私なんかだとラブストーリーなどフィクションとして捉えてしまうのだが、この偶然の出会いは、ただ待っているものではなく、自分で努力して起こすことができるらしい。コアではなくエッジとのつながりを多く作ることで、この偶然を生み出す。本書で「引き寄せる」ということは「人やリソースを自分のもとに引きよせるテクニック」意味らしく、その具体的テクニックについても書かれている。アクセス段階で止まっており、もう一方進みたいという人はここに書かれている実践への解説を読むとヒントが得られるだろう。

最後は自分に秘めた能力を「最大限に発揮する」、つまり上記の第1・2段階を足場にして他者と協力しながらパフォーマンスや学習を向上させる段階である。人は学び続け、成長し続けることは至上命令であり、そのことが人にとてつもないプレッシャーを生む。このプレッシャーを取り除き、ワクワク感に変えるためにはどうするか。自分が興味を持つ新たな想像の空間で、仲間と共に活動するなかで自分の能力を発揮することになる。経験が蓄積されると、ある地点から成長が止まる。それに対して、協働の中では、経験が増えるほどリターンが増えていく。このようにして、今の限界を超えてイノベーションを生み出し、個人も成長し続けることが可能である。

本書には、成功事例を使ってこの仕組みについて説明されている。また、各章のおわりに簡単なクイズが用意されていて、自分が今どの段階にいて、Pullの力を活用するために何が不足しているのかに気づくことができる。原書は3年前に出版されているものであるが、いまでも組織運営だけでなく、個人のキャリアなどを考える際にも役立ちそうだ。

この本の著者の一人であるジョン・シーリー・ブラウンは2013年のASTD(現ATD)国際会議の基調講演者の一人であった。あっという間に時間は過ぎ、今年もあとわずか。

(愛媛大学 根本淳子)

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