トップIDマガジンIDマガジン記事[041-04] 【ブックレビュー】「自己調整学習の理論」Barry J. Zimmerman and Dale H. Shunk

[041-04] 【ブックレビュー】「自己調整学習の理論」Barry J. Zimmerman and Dale H. Shunk

ご紹介するのは、「自己調整学習」=Self-Regulated Learning (SRL)について書かれた書籍です。このキーワードを聞いて興味を惹かれる方は多いことと察します。学習者が自分で自身の学習をコントロールできたら、そして周りからこれをうまく支援できたら、その学習は順調に促進されそうですよね。

私は、学習意欲動機づけモデルであるJ.M.Keller教授のARCSモデル(ならびにARCS-Vモデル)に関心がありまして、ARCS-Vモデルが「V」(=Volition=意志)の継続を実現するために、学習者の自己規制や活動制御を支援することに着目していることから、その関連文献を求めたところ、GSIS同期生からの紹介で(→高橋さん、ありがとう!)この書に辿りつきました。ではまず、書籍のコンテンツをご覧いただきましょう。

第1章 自己調整学習と学力の諸理論:概観と分析
第2章 オペラント理論と自己調整に関する研究
第3章 自己調整学習と学力:現象学的視点
第4章 社会的認知理論と自己調整学習
第5章 情報処理モデルから見た自己調整学習
第6章 自己調整学習の意思的側面
第7章 自己調整学習と学力:ヴィゴツキー派の考え方
第8章 自己調整的な学習者はどのような理論・アイデンティティ・行動を構築するか
第9章 自己調整学習と学力の理論についての考察

ご覧のとおり、各章では様々な見地から自己調整学習についての考察がされており、豊富な文献参照に基づく論考により、これらを比較して捉えることを促されます。とはいえ、オペラント理論から構成主義までの諸理論を取り上げたその広範さは、「自己調整学習」研究の全貌を捉えることの容易ならざるところを示すものと感じる次第です。本著によれば、学習の自己調整についての研究は、まだ「始まって20年足らず」(p.286)であり、例えば、「動機づけと意思の区別は、依然未解決のまま」(p.304)であるなど、まだまだこれから研究され、発展することが望まれる領域であるのです。

さて、そんな本著で私が特に注目している個所を少しご紹介します。まずは、第6章「自己調整学習の意思的側面」です。ここでは、自己調整学習のための意思的制御方略(注意制御/符号化制御/情報処理制御/感情制御/誘因増大(動機づけ制御)/環境制御の6つ)が紹介されています。学習者がこれらの内面的過程、外面的過程に関する制御に取り組むことで学習遂行のための意思が制御されるという考え方です。J.Kuhlによって示されたこの方略(活動制御理論:action control theoryとも言われる)は、本著における、先述したARCS-Vモデルとの接点となっています。Keller(2010)は、この制御方略は学習者がある目的を達成することにコミットしたあと、課題をやり遂げるところまで到達するための作戦を提供するものである、としています。つまり、Kellerの考えは、「意志の継続」を果たすために「意思の制御」方略を利用するのがよい、ということになります。では、その具体的な作戦はどんなだろう?という興味が湧いてきますね。また、Kuhlが「意思的な方略は訓練可能である。(p.198)」としている点についても、どんな訓練が有効だろう?と関心が惹かれます。これらのことは、これからの研究活動で調査していきたいと思っています。

次に挙げておきたいのが第7章「自己調整学習と学力:ヴィゴツキー派の見方」で、「共同調整学習」という考え方を挙げている点です。「発達の最近接領域(ZPD)」でお馴染みのヴィゴツキーによる視点として、社会的認知や相互作用といったキーワードがあります。ここから本章筆者は、教室における教師と学習者や学習者間の相互作用を表す「共同調整」という考え方を導いています。自己調整学習において、他者との相互作用が有効であると考えることは、学修支援の点で様々な可能性を感じさせてくれます。

その他、第8章では、社会的文脈における構成主義の観点に基づく自己調整学習について言及されており、本著がオペラント理論から始まって構成主義へと視点を進めていく様を見るに、「自己調整学習」に関する研究が、近年の潮流と言える社会構成主義的心理学への適応を目指して推移しているものと推察します(ちなみに原著の出版は2001年)。他方、1983年に提案されたARCSモデル(Keller, 1983)が、「初期の動機づけ」を促すところから「動機づけを得てから学習を遂行するまでの継続意志」の支援にまで守備範囲を広げることを意図してARCS-Vモデルに発展されたのが2008年ですから(Keller, 2008)、企図するところは違えど、こちらも時代の流れに適応しようとしているのだろうと察します。これらの研究に共通することはまだ年数が浅いという点です。インストラクショナルデザインの発展に寄与することを目指して、私もいつか何らかの形でこれらの研究に貢献したいものです。

と、ここまで書いてきましたが、本著の豊富なコンテンツ、豊富なリファレンス、そしてさらなる研究取り組みを求める諸提言に触れ、今、まるで大海に小舟を漕ぎ出したような気分になっています。これからは、学習意欲の動機づけモデルに関する研究、という私にとっての「陸地」を見失うことのないよう注意しつつ、何度も本著を読み返し、リファレンスを参照して、うまくこの大海を航海していこうと思います。「動機づけ」「行動制御」「自己調整学習」などのキーワードに興味がある方、ぜひ一度航海に挑戦してみてはいかがでしょうか?そして機会があれば、航海で出会った知見について一緒にディスカッションしましょう。

【参考文献】
Keller, J.M. (1983). Motivational design of instruction. In C.M. Reigeluth(Ed.), Instructional-design theories and models: An overview of their current status. Lawrence Erlbaum Associates, U.S.A.
Keller, J.M. (2008) ‘First principles of motivation to learn and e3-learning’, Distance Education, 29: 2,175-185
Keller, J.M. (2010)『学習意欲をデザインする:ARCSモデルによるインストラクショナルデザイン』鈴木克明監訳,北大路書房

(教授システム学専攻博士後期課程1年 中嶌康二)

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