ヒゲ講師は、慣れない英語による遠隔プレゼンを無事終えて、安堵していた。アジアオセアニア地区からの招待講演者として、第21回を迎える遠隔国際会議(TCC:http://2016.tcconlineconference.org/)に招かれた。何を話そうかな、と考えた末に、創立10周年を迎えた熊本大学の大学院で取り組んできたストーリー中心型カリキュラムのことを紹介しようと思った。この遠隔国際会議に集う人たちの多くが遠隔教育関係者だと聞いたからである。2008年に国際会議で話した時に使ったパワポスライドも使えるし、準備も楽だと思ったからでもあるが、節目にもう一度振り返っておきたいとも思ったし、どんな反応があるだろうか、と楽しみでもあった。チャット欄には、質問とともに「面白い」「先進的だ」というコメントも書き込んでもらえ、工夫してやってきたことが少しは伝わったかな、と思って安堵したわけである。
この国際会議は、プレゼンターと司会者だけが音声でコミュニケーションでき、その他の参加者は音声ではなくチャット欄を使うというスタイルで行われていた。熊大で続けているランチョンセミナーと同じスタイルであるが、設定が適正なのか、あるいはソフトウェアが最新版なのか、技術的な問題は全くなかった。「よく聞こえるよ」と言われてそう思っただけで、自分で自分の声を聴くことはなかった。ある意味それがやりにくい原因だったかもしれないが、自己陶酔に陥りやすい環境だと改めて思った。
テストもかねて、自分の出番の1日前に行われたキーノートセッションに参加者として入ってみた。このキーノートをやった研究者はこの手のプレゼンに慣れている人らしく、「なるほど」と思える工夫がいくつかあった。例えば、
・プレゼンの冒頭でいきなりギターを演奏して歌を歌った(え?!)。
・「このスライドで教師はどこにいるのか?」と写真を見せて質問し、ペイントツールを開放して参加者が思い思いに「ここにいる」と思った箇所をマークしていた(教師以外もみな教師だ、というメッセージを伝える意図、なるほど)。
・「思いつく単語は?」と質問し、テキストツールを開放して参加者が思いついた言葉をスライド所狭しといろんな場所に書いていた(捉え方に多様性があることを共有する意図、なるほど)。
スライドに質問を書いておいて(聞くタイミングを忘れないようにするために)、司会者が別に送った質問と選択肢を使ってパワポとは別に質問して集計することもできますよ、と言われた。なるほど面白そうだ、やってみたいな、とは思ったものの、結局できずじまいであった。蛇の道はヘビ、ということですね。なるほど、今度チャンスがあったらやってみることにしましょう。自己陶酔の罠に陥らないためにも。
TCCはハワイのメンバーが中心になって開催してきた国際会議である。20周年記念で昨年、ハワイに集合する人も交えてブレンド型でやった以外は、20年の間、ずっと遠隔だけでやってきた。20年前のインターネット環境がどうであったか、もう遠いかなたに思えるが、その間、開催ノウハウが蓄積されてきたことは間違いない。声が聞こえにくいなどの最低限の環境整備(=-1レイヤー)のほかに、遠隔ならではの工夫(=2・3レイヤー)もぜひ学んでいきたいと思う。アジア地区で日韓を中心にして毎年開催してきたICOMEとTCCが連携し、ICOMEのハワイ開催やICOMEジャーナル(査読付き国際学術誌)へのTCC論文の投稿などを模索している。両者がそれぞれの経験を生かして共に学びあい、交流の輪を広げていけたらと願っている。
熊本・大分の地震は700回を超えたと報道されており、九州新幹線の全線復旧の目途はついておらず、まだまだ被災者には辛い日々だろう。一方で、熊本県内の電気は復旧したとも報道されており、第3の「本震」に見舞われることなく、このまま安定化することを願わずにはいられない。私自身、最初の「本震」(のちに「前震」と位置づけなおされた)を熊本のアパートで経験した。蛍光灯が4つのうち2つが落下したリビングや割れた食器が散乱する台所をそのままにして出張に出たまま、熊本に戻れないでいる。熊本大学が暫時休講になった一方で、私たちの遠隔プログラムは電気とネットワークを失うことなく、熊本大学にあるサーバー上で「平常営業」している。
遠隔招待プレゼンの責任を予定通り果たした仙台の拙宅は、5年前の震災では被災地であった。とても複雑な思いであるが、いろんな意味で情報ネットワークはなくてはならないライフラインになったことを再度確認した。
とにもかくにも、関係各位の無事と安寧を祈念したい。
(ひげ講師記す)