第5章では、直接教授法(Direct Instruction)が紹介されています。直接教授法は、Siegfried Engelmannによって開発されました。オレゴン大学名誉教授であるEngelmannは、1964年にイリノイ大学特殊児童研究所で直接教授法を開発しました。直接教授法は、文化的環境に恵まれず知的に阻隔されている子どもの知的遅れを取り戻し、支障のない就学を実現するための就学前教育プログラムとして提案されました。対象は、K-12の全児童・生徒です。標準学力テストの成績を上げるという実証研究もあり、改めて注目されています。
冒頭では、良質なインストラクションとは何かという問題が提起されます。教育過程や方法のよりも「カリキュラムの目標、評価の形式と測定方法、および評価基準に関する決定」が重要であると述べています。標準化テストでは、直接的あるいは明示的な教授法が高い成績をもたらすことが最も多いことを考慮するべきだとしています。学校など正規の学習環境で過ごす時間が比較的短い場合には、ALT(Academic Learning Time)の最大化が肝要です。量を最大化する解決指向の教室運営プログラムと、質を最大化するために授業の課題で成功できるようにする「学習者配置の原則」や試験で出題される内容を網羅する「カリキュラム一貫性の基本原則」によって、良質なインストラクションを提供できます。
直接教授法では「学習者配置の原則」に従い、事前テストに基づいてクラス分けをして学習者を均質化します。教育目標と教授方法は、学習者の背景や能力に合わせて選択され、進度の遅い学習者には、追加的な学習時間が提供されることによって、可能な限り前提条件の獲得を保証します。重要な内容は、教師主導で積極的に情報提示します。
直接教授法の一般モデルは、教師と学習者との相互作用を重視するためトランザクショナルモデルと呼ばれます。トランザクションは、順番に実施される「説明提示」、「練習」、「総括的評価と測定」の3段階と、それらを通じて実施される「モニタリングとフィードバック」から構成されます。
「説明提示」では、先行オーガナイザーの理論に従い、既存の学習概念やスキルを活用できるように、「復習」、「学習内容」、「学習理由」、「解説」、「問いと応答」の順序で提示されます。特に「学習内容」の明確化が良質のインストラクションに重要です。具体的には、形成的評価のための活動目標と、総括的評価のための最終目標を可能な限り学習者に示すことになります。形成的評価として実施する「問いと応答」では、問いのレベルや待機時間を考慮しつつ、初期段階での理解を徹底的に調べます。
「練習」は、個別やグループで即時フィードバックのある指導付き練習や、宿題などの後で採点される個別練習、最近学習した内容やスキルと以前学習したものの両方を組み込んだ課題などによる定期的な復習によってなされます。「総括的評価と測定」では、「練習」の過程で日常的に教師は学習者の形成的評価に加えて、「カリキュラム一貫性の基本原則」に従う総括的評価として、単元テストやプロジェクト課題があります。
「モニタリングとフィードバック」においては、発達の最近接領域に学習者がいる場合にきっかけや手がかりを与えたり、修正的フィードバックや強化を提供したりします。正解や間違いの理由までをフィードバックします。また、教師の頷き、笑顔、肯定的なコメントによって強化を与えます。
固有名詞の直接教授法は「台本に基づく授業」と呼ばれ、伝統的公立学校のプログラムでは学習面でうまくいかない、主に貧困層の子どもたちを救うための方法です。基本的には一般モデルと同様ですが、より詳細なタスク分析に基づいて、学習内容は小さく分解されます。各授業での新しい情報は10~15%だけで、残りは定着と復習に用いられます。新しい内容は1回の授業で完璧に教えられることはないという仮定から、2~3回の連続した授業で少しずつ提示されます。台本では、教師や学習者がどのような言葉を用いるかが厳密に規定され、学習者に期待されている行動が明示されます。台本に基づく授業のペースは速く、教師も学習者も疲れるため、20分が限度です。台本に基づく授業の訓練のために、教師向けの市販教材(McGraw-Hill Education)が活用できます。
結果としての説明責任が問われるようになっている現在、教師には可能な限り高い品質の授業が求められています。「直接教授法」の実際の様子をご覧になりたい場合、YouTubeで検索語“Direct Instruction”の動画を閲覧されることをお薦めします。教師が次々と子どもたちに問いをし、それに対して元気よく熱心に応答する子どもたちの様子をみることができます。
(熊本大学大学院教授システム学専攻博士後期課程 鈴木 雄清)