第3部では、インストラクションの4つの異なる成果についての理論を扱っています。この4つの異なる成果のうち、第13章では、「テーマ中心型教授」について扱っています。
ここで扱う「テーマ中心型教授(theme-based instruction)」とは、総括的なテーマを設定することによって領域横断的な学習を促す教授法のことです。この教授法は具体的なカリキュラムのために採用され、総括的(抱合的・根本的・基礎的)なテーマと直結した教授ゴール、活動、リソース、評価を伴います。教授内容と学習経験を総括的なテーマによって結びつけることで学習を向上させるといわれています。
テーマ中心型教授の理論的基盤は、脳研究に基づく教育研究および多重知能理論(ガードナー)です。
脳研究から導き出されたITIモデル(integrated thematic instruction)では、(1)知能は経験と相関する、(2)学習とは脳と身体の間の不可分のパートナー関係である、(3)問題解決や生産的な行為のためには、多様な知能と方法がある、(4)学習とは2段階のプロセスである―<1>有意義な問題解決を通じてパターンを発見・識別し意味形成をする、<2>理解したことを利用して長期記憶に結びつける、(5)人格は学習とパフォーマンスに影響を与える、という5つの学習原理を述べています。テーマ中心型教授に特に関係するのは、このうち原理(4)―<1>です。
多重知能理論(multiple intelligence theory)は、人が学習に用いることのできる知能を10種類(論理・数学的、言語的、空間的、身体・運動感覚的、音楽的、個人の内面的、対人関係的、自然主義的、実存主義的、精神的)に分類しています。テーマ中心型教授はその課題特性により、さまざまな知能の活用を促します。
テーマ中心型教授の利点は、(1)教授内容と学習活動を総括的テーマと関連させることで学習を向上できる、(2)より自然な学習形態である、(3)個別地域の文脈を扱うのにふさわしい、(4)特定の学習者集団に特有のニーズにフォーカスできる、(5)単元の開発によって教師の成長を促すことができる、などです。
テーマ中心型教授の5つの原理は、メリルの教授原理とよく合致します。例えば、(1)統括的テーマを利用することは、メリルの教授原理1および2、(2)主要な学習ゴールに教授の焦点を合わせることは原理1、(3)さまざまな教授活動を活用する(“経験学習のサイクルを玉ねぎの皮のように配置する”)ことと(4)有益な教授リソースを提供することは原理2・3・4、(5)真正なアセスメントを用いて達成を評価することは原理4および5に合致します。
テーマ中心型教授の実践にあたっては、次の5つの事項を検討すべきです。(1)教師やその他の教育組織の重要なステークホルダーと価値観と信念体系(学習者中心、学問分野の相互関連性、過程中心、学習の個別性)を共有する。(2)カリキュラム計画と教授リソースの開発のために充分な時間を確保する。(3)伝統的な教育プログラムの内容領域に対する思い込みを学びほぐし、カリキュラムや教授活動における教師の権力性を放棄する。(4)学習が内容と教授手法と密接に結びつく、真正で有意義で妥当なアセスメントを採用する。(5)標準化された評価システムに対応できるように配慮する。
以上のように、テーマ中心型教授は、有意義で真正で段階的な経験学習による学習効果の期待できる教授方略であり、教える立場にある者としては、非常に興味をそそられる手法です。しかし、理論的基盤はあるものの、その有効性を裏付ける実証的研究はあまり見当たらないことから、その成否を教師の経験・勘・度胸、はたまたプログラム関係者の経験と支援、時間的な柔軟性、物理的環境の柔軟性、リソースの豊富さに左右される面があります。また、学習の個別化が設計時に重要な要素であることから、なかなかhard funな授業準備が要求されるでしょう。教育実践と実証研究の双方の広まりが待たれる教授法です。
(熊本大学大学院教授システム学専攻 博士後期課程科目等履修生 小林ひとみ)