トップIDマガジンIDマガジン記事[085-03]【ブックレビュー】『世界のエリートが今一番入りたい大学:ミネルバ大学』山本秀樹 ダイヤモンド社(2018)

[085-03]【ブックレビュー】『世界のエリートが今一番入りたい大学:ミネルバ大学』山本秀樹 ダイヤモンド社(2018)

教室に入ると、教師は前回の振り返りのために教科書を開くように学生に促す。教科書に書かれた復習内容を口頭で説明し10分後、さらに別のページを開くように伝える。今日の学習内容を説明するためである。練習問題を解く時間を与え、答えを黒板で表示しながら、解説を行う。教室で発言を行う学生はほとんどいなく、教師だけが話している状態、いまにも眠りそうな学生、あるいは、もう机に顔を伏せている学生もいる。集中できず、スマホをいじる学生、頬杖をつき教科書をぼんやり見つめる学生、まるで時間が経つのをひたすら待っているかのようだ。

これは私がこれまで受けてきた授業であり、語学教師となった後も、大学で実際に行っていた授業である。90分間、話し続ける教師も、それを聞き続ける学生も疲れ果て、非効率で効果がないと分かっていても続けてしまう。この悪循環から脱却するにはどうすればいいのか。

もし、あなたが教育の現場に携わり、同じような悩みを抱えているのであれば、「ミネルバ大学」について是非、知ってほしい。
2014年に開校されたばかりの新しい大学ではあるが、当初から注目を集め、初年度には98カ国1万1000人以上の応募があり、近年では毎年2万人以上の受験者に対し合格率はわずか1.9%という狭き門である。
驚くべきことは、ハーバードやスタンフォードなどの名門大学の合格を辞退してまで進学する学生がいること、各名門大学の学生ですらインターンを許されなかったトップクラスの研究所で大学1年生から社会人研究員と一緒にプロジェクトを遂行したり、1年生終了時のクリティカル思考力を測定する外部テストで全米の大学で圧倒的1位の成績を収めたりしているという事実である。

しかし、このミネルバ大学には、キャンパスもなく、全寮制なのに授業はすべてオンライン、教師は「講義」も「テスト」もしない等、今までの大学が当たり前としてきた体制とは真逆なのである。このような環境下で、一体、どのような教育が行われ、世界のトップエリートに劣らない、あるいは、それを超えてしまう人材をどのように育成しているのか。

本書では、ミネルバ大学が、既存の大学が解決できないでいた「学びの質」と「非効率な経営」を徹底的に考え直し、現代社会において本当に必要で価値のあることを学生が主体的に学べる戦略をどのように実現させていったのか、詳細に知ることができる。

本の序章では、ミネルバ大学の創立者であるベン・ネルソンの大学時代までさかのぼる。ペンシルベニア大学ウォートン校で「Student Committee on Under-graduate Education(通称SCUE)」という学生団体の代表として活動していた際、「知識の普及」から脱却し、学生自身が興味を持って取り上げてきた題材について、教授が学生たちに「どのように考えるべきか」について教え、「学び方を学ぶ」ことを習得できるカリキュラムを設計したいと考えるようになったという。在学中にその夢が叶うことはなかったが、その後、ベンがどのような経験を経て、ミネルバ大学を開校するまでに至ったのか、詳細が記されている。

第1章では、なぜミネルバ大学がゼロからの立ち上げに成功したのかについて、オール・オンライン授業を可能にした情報技術の開発や、社会的に影響力のある人物たちを駆使したマーケティング、MOOCの誕生により、「基礎科目を提供しない大学」が現実味を帯びてきた背景、そして、エリート大学市場にターゲットを絞った理由等、様々な観点から述べられている。

第2章では、既存の大学が抱く問題をミネルバ大学はどのように解決し、実践的な知識を学ばせるべく、どのようなカリキュラム設計を行い、完全なアクティブ・ラーニングを実現しえたのか、また、第3章では、日本人初のミネルバ大学入学者の経験等を踏まえ、ミネルバの学生たちがどのように学び、生活をしているのかについて述べられている。

第4章では、教授法、職員、入試制度等、各項目において既存の大学にはないミネルバ大学の特徴がまとめた上で、現状における課題と今後の可能性について述べられている。
この中で、語学教員である私が考えさせられたのは、「第二、第三の言語習得を目指したい学生は、大学外の語学学校で学べばよく、必ずしも大学で提供しなければいけないサービスではないという立場を取っている」との一文である。
第5章で、ミネルバの思想を日本でどのように展開させるべきかについても触れているが、社会やニーズの変化に伴い、語学教育も知識伝達から脱却する時を迎えているのだと痛感した。勿論、ミネルバ大学のように、今すぐに大学から語学教育をなくすことはできないが、学生が一人でできる部分は事前に学習をさせ、授業ではそれを応用するという教育に転換する必要性を感じた次第である。

最後に、語学教育に限らず、教えることを職業とするすべての方々には是非、手に取ってほしい1冊である。ご自身の教育と照らし合わせながら、読み進めることで、参考になる工夫やアイディアを得ることになるであろう。
(熊本大学大学院教授システム学専攻 修士10期修了生 山下藍)

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