トップIDマガジンIDマガジン記事[156-03]【ブックレビュー】『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』加藤陽子著(2009)朝日出版社

[156-03]【ブックレビュー】『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』加藤陽子著(2009)朝日出版社

Utokyo Biblio Plazaというウェブサイトがある。東京大学の教員が自らの著作について語る場になっており、そこで本書の著者である加藤陽子氏は言う。

大学の教師というのは、「わかったことを、わかりにくく教える」のを、恥ずかしながら本分としているので、かくいう私も、本や史料を一人で静かに繙くのは大好きなのですが、目の前の学生・生徒に教えるのは実のところ苦手でした。ところが、何を血迷ったものか、実際の中高生 (神奈川県の栄光学園の生徒さん) に向けて5日間にわたってお話しした講義風景を本にしてしまいました。

「教えるのが苦手」と謙遜する氏の講義録は、数々の賞を受賞し、重版出来を重ね、新潮文庫の100冊にも選ばれるベストセラーとなる。人気の理由を、考えてみた。

五日間にわたる集中講義の冒頭、加藤氏は生徒に対し、「歴史は暗記ではない」と説く。そして、当時(講義は2007年)の高等学校の学習指導要領における「日本史B」の目標を紹介する。

我が国の歴史の展開を諸資料に基づき地理的条件や世界の歴史と関連付けて総合的に考察させ、我が国の伝統と文化の特色についての認識を深めさせることによって、歴史的思考力を培い、国際社会に主体的に生きる日本国民としての自覚と資質を養う。

なるほど、歴史を学ぶことの目標は「言語情報」を覚える暗記ではなく、その国の歴史を取り巻く諸要素を「関連付けて総合的に考察し」、伝統と文化について認識を深めるという認知的方略であり、また、「自覚と資質を養う」という態度醸成のようなものか。では、その評価方法は?教授方略は?などと思わず考える。すると、すかさず加藤氏はこう語りかけてくる。「日本と世界の関係を考察して、伝統と文化への認識を深めた結果、国際社会で生き抜くための歴史的思考力が獲得出来たかどうか、どうやって確認できるのでしょうか。それには、事象と事象の因果関係を結びつける際の解釈の妥当性を(中略)論述させて、頭の中の考察の過程の巧みさ、正しさ、妥当性を見る必要」(本文より)があると。つまり、学習目標が達成されたか評価するためには、学習者が自らの解釈を語り、それが妥当か「誰か」が「見る」必要がある。そして、氏は講義の中でその「誰か」の役割を巧みに果たすのである。

生徒は、講義の中で日清戦争から太平洋戦争までの歴史を俯瞰的に見ながら、加藤氏から以下のような質問をされる。

「イギリスは、1930年代の間に何をやっていれば、歴史の流れを変えられたと考えていたでしょうか。」

「(日清戦争直前、)清国ら朝鮮政府に派遣されていたアドバイザーになったつもりで、日本側に反論するとしたら、どんなことが言える。」

「なぜ、(三国干渉の後に、民権運動家たちが)突然「普通選挙が必要だ!」と自覚するのでしょうか。」(本文より)

このように、氏は生徒が「総合的に考察」できるよう、多くの問いかけをし、語らせ、それに対し豊富なデータに基づいて同意したり、別の視点を与えたり、発展的思考を促したりする。すると、講義が進むにつれ、生徒からの質問も増えていく。

「(日露戦争の時)どうしてドイツとフランスはロシアを支援したんですか。」

「(太平洋戦争で)日本軍は戦争をどうやって終わらせようと考えていたんですか。」(本文より)

これらに対し、氏はまずこれらの質問がそれまでの学習を踏まえた問いだ、と褒めたうえで、「(一緒に)考えていきましょう」と応じる。

本講義における、加藤氏から生徒への「あなたならどうする」という問いの数々と、生徒の発言、それに対するフィードバックは、IDにおける「態度」の指導方略と重なる。また、回を追うごとに増えていく生徒からの問いと、それに続く議論は、認知的方略の指導において、類似の方略を自発的採用、無意識的採用にもっていく過程のように見える。

読者は、この講義に参加した生徒に自らを重ね、読み進めながら「学習者」として講義を追体験する。ベストセラーとなった本書の人気の背景には、加藤氏の豊富な知見や信念に裏打ちされた講義内容の面白さはもちろん、読者(=学習者)を夢中にさせる授業設計もあると私は思う。教えるの「も」得意な大学の歴史の先生、素敵だなぁ。

参考サイト:

東京大学「UTokyo BiblioPlaza - それでも、日本人は「戦争」を選んだ」
https://www.u-tokyo.ac.jp/biblioplaza/ja/C_00038.html

(熊本大学大学院教授システム学専攻 博士後期課程  小高葉子)

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