トップIDマガジンIDマガジン記事[085-02]【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(80):新型コロナで「集まること」の意義を問い直す

[085-02]【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(80):新型コロナで「集まること」の意義を問い直す

ヒゲ講師は、とある学会の会長として即断即決に迫られていた。信州大学で行われる予定の春季全国大会の現地開催が大学の警戒レベル引き上げで困難になった。懇親会中止は決めたものの、大会そのものをどうするか、状況が刻一刻と変化する中で、決めかねていた。そこへ現地実行委員会からの提案は、「オンラインですべてをやりましょう」。その内容は、260件もある口頭発表を予定通り、全部のセッションを並行して行うというもの。「そのための準備は整えました」と言われれば、やるしかないでしょう。そもそも教育にICTを如何に活用するかを研究している学会が参集できない状況でも平然とオンラインでやってのける姿を見せる良いチャンスじゃないか。「ぜひ、やりましょう」となった。

学会で発表を予定していた人も、発表なしで参加だけを予定していた人も、そして当日会場で参加費を払って参加する予定だった人もいる。そんな中ですべての人たちに公平公正な判断を下さなければならない。あれこれ議論の末、予稿集での掲載をもって発表したこととみなし、懇親会費以外の参加費は返却しないこと、オンライン開催は「試行」と位置づけて任意参加にすること、全体会とシンポジウムは無料で一般公開することとし、ついでに懇親会も遠隔でやろう、ということになった。

何が起きるか分からないが、「試行」だから失敗も成功とみなせる実験場、という気持ちで執行部は現地入りした。蓋を開けてみると、各セッションの準備は現地実行委員会の計画通り、デジタルネイティブの学生諸君が創意工夫を凝らしてデジタル移民たちを補佐し、完璧な運営をしてくれた。オンライン開催は任意参加となったためか、現地を訪れて発表する予定だったにもかかわらず、実際のオンラインでの発表者数は予定のおよそ半数だった。発表辞退者の情報は参加者に公開し、そのスロットは例年通り休憩として当初プログラムを維持した結果、物理的に集まるよりは簡便にセッションを行き来して参加する人たちがいたり、空きスロットでも引き続き議論が展開されるなど、「遜色がない」と言ってよいほどの盛り上がりを見せた。日頃の研究成果を実践に応用した先進的な事例となり、評判を呼んだ(例えば、https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/news/p1/20/03/05/06652/)。面目躍如と言ってよいと思う。

そうなると改めて問い直さなければならないのは、集まることの意味である。この経験を受けてオンライン開催を決めた別のとある学会では、「遠隔開催になりますが、4~5人で集まって参加することを推奨します」という方針をアナウンスした。オンライン開催に個人で参加するよりは、何人かでワイガイやりながら参加してもらう方が、この学会のこれまで目指してきたことが実現できる、という見通しを得たからである。「集まった時には集まった時にしかできないことを中心にやる」「そのために必要な個人の準備作業は集まる前に事前課題としてやってきてもらう」これが研修設計の根幹に据えるべき方針だとすれば、せっかく集まったのに話を聞くだけで帰るような大会にはしたくない。会員相互の交流を旨として、「集まることの価値」を追求してきたこれまでがあるだけに、「オンラインだって代替可能じゃないか」と簡単に言われたくない。そんな意地もあったのかもしれない。

集まってしかできないことは、懇親会だけだ。それが14年間オンラインだけで大学院教育を展開してきたヒゲ講師たちの経験値である。しかし今回、信州大学近くの宴会場と各地をオンラインでつないだ懇親会も結構盛り上がった。そうなると集まってしかできないことは、名刺交換だけになるかもしれない。遠隔地を相互につないだ懇親会で、メイン会場にいた我々と同じように盛り上がっていたのは、遠隔地でも何人かが集まって懇親会をやっていたグループに多かった。そんなことも経験値としてプラスされた。オンライン開催をやるならば、支部ごとに集まって相互に接続するのもよいかもしれない、というアイディアにもたどり着いていた。

「聞いて帰るだけ」の学会であれば、オンライン開催も簡単にできる。そうでない学会を目指していたからこそ、4~5人で集まって参加することを推奨することにした。さてこれをどう生かしてオンライン学会を設計するか。全員が一堂に会すること以上の成果をあげるデザインができるかどうか。新型コロナが教えてくれたことは、オンラインの学習環境を二流品と見下すのではなく、オンラインだからこそ活かせるメリットをどう組み込むか、その設計手腕が試されているということだったのかもしれない。

この点に興味がある読者諸氏は、以下の論考をご覧いただければ幸いです。
鈴木克明(2012.8)「遠隔教育者を支える同価値理論と交流距離理論」第19回日本教育メディア学会年次大会(東北学院大学)発表論文集 27-28
https://www2.gsis.kumamoto-u.ac.jp/~idportal/wp-content/uploads/JAEMS2012_suzuki27-28.pdf

(ヒゲ講師記す)

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