ヒゲ講師は2025年8月8日、韓国仁川空港にほど近い仁荷大学校 竜峴キャンパスにいた。1年半ぶりの海外出張で、目的はICOME2025での学会発表。連載(105)で書いた母校フロリダ州立大学への海外出張で時差ボケ回復に苦労した経験がたたって海外出張は控えていたが、時差がない韓国であれば大丈夫だろう(当たり前か)ということで久しぶりに海外に出た。2番目のキーノートはAECT前会長のWiley教授。お会いできることを楽しみにしていたが、遠隔からの参加(がっかり)。幸い回線の問題はなく、とても良い話を聞くことができたので、それを紹介したい。
「私のキーノートは質問と応答形式で行う。近所で誰とワイガヤするかを決めてほしい」という指示からスタートした普通ではない講話。ヒゲもホームグランドではよくやる方法で、普通のやり方を否定するところのテイストが似ているなぁ、自分だけが遠隔地にいる場合に特に有効な作戦だと思った。以下、彼が遠隔地から投げかけた質問とその答え(もちろん、答えは90秒ずつのワイガヤの後で話された内容:ヒゲによる超訳)。
● AIには何ができる(What can AI really do?
だいたい何でもできる。テキスト、イメージ、音声、動画、プログラミング、データ分析、解答や問題のストリーミング配信、オンライン課題作成・提出エージェント、ワークフローなど。
● AIを使って効果的な学習経験をデザインする方法は(How do we design effective learning experiences with AI?
新しいツールが登場しても、効果的なデザインを支える基本原理は変化しない。新しいアプローチが可能になるだけ。生成AIで可能になった「新しい」は何か?インターネットが可能にしたアフォーダンスは。いつでもどこでも授業が受けられるようになったこと。同様に、生成AIが可能にしたのは、いつでもどこでも専門性にアクセスできるようになったこと。同級生レベルの専門性がユビキタスになったことで可能になった新しいアプローチとは、たとえば非同期型クラスで同期型の協働活動ができるようになったこと。今までは考えられなかった方法だ。
● 大規模言語モデルのパラドックスとは(What is the ‘paradox of large language models’?
LLMに何かを書いてもらうためには、あなたが指示文を書かなくてはならないこと。プロンプトがあいまいで不明瞭でばらばらで焦点化されていない場合には、アウトプットも同様になる。Garbage in, garbege outだ。文章が書けない学生がA評価を獲得できるのは、教師が書いた課題文をプロンプトとして使っているから。卒業後には課題文を自分で書けるぐらいにはなる必要がある。卒業後には課題文が教師から与えられなくなることを知らせるべき。説明文、説得文、記述文などの書き方を教えているが、これからは生成文の書き方を教える必要がある。
● AIがアセスメントに与える影響は(How does AI impact assessment?
評価には、脳内部を点検しても観察できないという限界がある。評価は常に殺人犯を見つけ出すようなもの。証拠を集めて覆らない結論を導き出す必要がある。これまでは説得的だった証拠が生成AIの登場でその説得性を失った。カンニングを防止する策を講じようとするのは、証拠の説得性を取り戻すために過去に戻ろうとすることと同じ。学生が生成AIを使っているという前提で「これからはどんな証拠が説得性を持つのか」を問うべき。
● AIが学問的誠実さに与える影響は(How does AI impact academic integrity?
これまでの対応を単純化すると、カンニングとは何かを明確に規定して、罰則などの深刻な結果で学生を脅し、学生を監視することだった。カンニングしないことのインセンティブがカンニングすることのインセンティブを上回らない限り、このイタチごっこは続く。解決策は2つ。まず、古めかしく聞こえるかもしれないが、人格教育が果たす役割がある。正直さと誠実さとを重視する手助けをして、脅威を与えるのではなく、鼓舞させること。第二に、現在の学習活動と課題が意義があり、興味深く、有意味だと感じられるものかどうかを徹底的に見直すこと。答えがYesならば、学生は時間・努力・情熱を投資するだろう。俺は教師だから俺の指示に従え、という両親のような態度ではダメだ。学生が有益と感じられる学習活動や課題を作るのは、プロである教員の責任。
● AIは教育実践を理想に近づけるための助けになるか(Can AI help us more closely approximate the ideal?
現在担当している科目を一つ選んで、時間や費用などの制限がなければどんな学習経験にしたいか、理想像を描いてほしい。授業の現実は、描いた理想像にどこまで迫っているか。現在行っていないが理想世界で行いたいことは何か。いつでもどこでも専門性にアクセスできるという生成AIがもたらしたアフォーダンスを活用することで、どこまでその理想に近づけるだろうか。私の理想は、授業の前に受講生一人ずつと対峙して質問を受ける時間を設けること。現実にはそれはできていないが、以下のプロンプトを受講生がそれぞれ生成AIに投げることで実現できる。「ニューラルネットワークの概念を勉強しているので、以下の10個の質問についてのクイズを出してください。クイズは1つずつ出題し、私の答えを待ち、理解不足である点があれば指摘し、追加の情報が欲しいかを聞いてください。私が満足したら次のクイズに進んでください。」受講生にはそれぞれ、生成AIとのやりとりを授業前にアップロードしてもらい、教員は理解しにくい概念を特定し、解説を加えたのちに協働的なグループ活動を展開することができるだろう。
● 最後に(Concluding Thoughts
効果的な学習デザインの基礎原理に変わりはない(例えば、忘却曲線に基づく間隔をあけた練習が必要であること)。他方で、生成AIで実現した新しいアフォーダンスにより、新しいチャンスが生まれている。最も大きい障害は理想の授業像を描く想像力不足だ。疑問を投げつづけ、大胆であれ。創造的であり、実験して失敗し、再度実験して成功しよう。学生のために教育を飛躍的に向上させようではないか。
私は教員。教員の指示に従うのが学生。こう考える態度を「両親のような態度」と表現。それではもうダメだという。ARCSのRですな、これは。いたちごっこに巻き込まれずに、やる意義がある課題を出せば学生は自分の時間を投資するようになる。それは正論だ。その意義を感じさせる課題を出すのはプロとしての教員の責任だ、というのも正論だが、これがなかなかの難題。「それだけで単位を付与していて本当によいのか」という従前からの疑念がAIでますます怪しくなっただけのこと、といえばその通りだ。教員は警察官ではなく伝道者に徹して自分が教えていることの魅力を伝え、初学者の学びを手助けするのが本務。不正を見逃すわけにはいかないが、誰もがAIを使っていることを前提に、何ができるかを考える必要がある、という主張には同意せざるを得ない。今までやりたくてもやれなかったことを実現するために、どのようにAIを使っていくか。これを考えるのもこれからの伝道者としてプロであるための責任範囲に含まれる。道具が高級になればなるほど、使い手にも賢さが求められる。今回加わった道具は、インターネット出現と同等あるいはそれ以上のインパクトを持つものだから、教育実践も飛躍的に変えられるはずだ。逆に、変えないと劣化する瀬戸際に我々は立っている、ということですね。
なんだか、とってもすっきりした気持ちになれた。それと同時に、伸びしろはまだまだあるな、と感じた。皆さんはどう思いましたか。いつか意見交換してみたいものです。
Sky is the limit.
(ヒゲ講師記す)
参考文献:Wiley, D. (2025). Questions About Using Generative AI to Help All Learners Achieve Their Potential. Keynote 2 at ICOME2025, Inchon, South Korea.

