何か新しいことに挑戦するとき、一度立ち止まってこれまでを振り返るとき、読みたくなるような本。私にとって、そんな本の一冊が、『直撃 本田圭佑』木崎伸也著です。
本書は、2010年から2016年の間に28回にわたって、スポーツ・ジャーナリストの木崎伸也氏がサッカー選手の本田圭佑氏に実施したインタビュー集です。この時期は、南アフリカワールドカップで日本代表をベスト16へ導き、イタリアセリエAの名門チームACミランで背番号10をつけるまでの、サッカー選手としては最も脂が乗っていた時期にあたります。その時期に本田選手が考えていたことを、第一線で活躍する人が発するヒリヒリとした緊張感とともに記録したのが本書です。ちなみに著者の木崎氏は、記者としての質問力を高く評価され、現在カンボジア代表の監督も務める本田選手からのオファーを受けて、カンボジア代表のスタッフとなっているようです。
▼本田圭佑監督の無茶ぶりで「カンボジア代表」に“転職”したスポーツライターの話
http://bunshun.jp/articles/-/9231
本書では、本田選手が、サッカー選手としてさまざまなことを経験し、その直後に振り返りを行っています。本書を読むことで、ひとつひとつの出来事に対して、結果ではなく、プロセスに焦点を当てて、本田選手が経験を丁寧に振り返る様子を追体験できます。
インストラクショナルデザインの理論でも、ゴールベースシナリオ理論や経験学習モデルに代表されるように、失敗から学ぶことや過去の経験を振り返ることによって成長につなげていくことの重要性が繰り返し説かれています。本書は、インストラクショナルデザインの専門家が、失敗を振り返るとはどういうことかを学ぶためにも、良い参考書になると思いました。本田選手が、失敗について言及している箇所を引用したいと思います。
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やっぱりあとで振り返ると、人間にとって、失敗って自慢できるもので。日本人はどうしても失敗を恐れてしまう文化の中で生活しているけれども、何度も言うように失敗しているときがチャンスなんですよ(P191)
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インタビュー集では、ブラジルワールド杯の予選敗退など、さまざまな失敗について触れられており、繰り返し失敗から学ぶことの重要性が語られます。本田選手は、単なる試合の勝ち負けではなく、長期的なプランの中で、自分たちの方向性は間違っていなかったか、自分たちの持ち味を出し切れていたかを振り返り、失敗を次へつながるポジティブな視点に切り替えていきます。
こうした考え方は、本田選手が早い段階で挫折を経験したからであると語られます。彼は、中学卒業時に、ガンバ大阪のユースへの入団テストを受験しましたが、不合格となってしまいました。キャリアの早い時期に挫折を経験することで、それを事実として受け止め、次につなげるマインドが培われたそうです。
サッカーは成功よりも失敗の方が多いスポーツであると言います。得点を取るという華やかな場面は90分のうちに本当に少なく、パスをミスする、トラップをミスする、シュートをミスするなど、ゴールにつながらない多くの場面は失敗につながっていると言えるかもしれません。こうした出来事の積み重ねを「失敗」と受け止め、記録し、振り返りにつなげていけるかどうかが、その後のプロフェッショナルとしてどう生き残るのかの分け目なのであろうと思いました。
本書では、この言葉以外にも、たくさんの刺激的な本田節が披露されています。ゴールへ向かうための日々の一歩は、大抵、地味で辛いものが多いですが、本田選手の眼を通すと、なんだか希望が湧いてきます。
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一年後の成功を想像すると、日々の地味な作業に取り組むことができる。僕はその味をしめてしまったんですよ(P40)
大抵は自分が今から谷に向かっていますって受け入れられるものではない。トンネルをくぐっていて、それは山なのか谷なのか、いつ抜けられるのかもわからない。でもなんとか、その真っ暗なトンネルを抜けたくて必死に進むわけですよ。大事なのは、その辛い時期を残念と思うのか、自分にしかできないチャンスだと思うのか、っていうところだと僕は思っている(P60-61)
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本書では、本田選手が研究者について言及している箇所があります。最後に、この言葉を自分への激励として引用し、本稿を締めくくりたいと思います。
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(木崎)――研究者の世界では、「365日のうち、楽しいのは1日しかない」という言葉があるそうだ。新しい発見をするのはそれだけ難しいから。本田くんは365日のうち、幸せを感じる日は何日ある?
(本田)オレの場合は、途切れ途切れですけど、幸せを感じる日は多いし、楽しい感覚というのは日々ある。ただ、ネガティブな要素とポジティブな要素は常に隣り合わせ。結局、自分が物事をどう見るかで、ネガティブにもポジティブにもなる。今やっていることがおもしろい、おもしろくないということも同じ、それが個人の価値観なわけですよ。要は自分の信念から逃げるか、逃げないか。その差だけ。逃げれば楽やし、その瞬間は楽しいですけど。逃げへんかったら、その瞬間は辛いし厳しいけど、その分未来に楽しいときが来るかもしれない。研究者というのはその狭間で常に厳しい方を選び続けている、究極のパーソナリティだと思う(P49)
※カッコ内の発言者は、筆者が追記しました。
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(教授システム学専攻客員助教・博士後期課程 天野 慧)