ブックレビュー執筆のご依頼を受け、自分の本棚をながめ、ぜひ取り上げたいと真っ先に思ったのが本書です。自分自身の専門分野であるキャリア関連でも、インストラクショナルデザインや教育工学に直接的な関わりがあるものでもありませんが、内容が興味深いことはもちろん、本書の構成や本書執筆にあたり進められたであろう教育/学習活動が、インストラクショナルデザインの観点から面白いのではないかと思い選びました。
本書は、ジェンダー研究の「超」入門書という位置づけで、ジェンダーに関するさまざまな問いに、大学生が「大学生の視点」から回答したQ&A集です。「大学生活を過ごすなかで友人や家族から疑問を投げかけられたり、議論をしたりする経験を数多くしてきました。(中略)この本に収録された29の質問は実際にわたしたちが投げかけられてきた問いです。(本書「はじめに」より)」とあり、どのトピックもジェンダー研究初心者からすると、これってどうなの?という素朴な疑問かつ、誰かに聞いたり、議論したりするには少々勇気のいるような問いばかりです(以下、トピック抜粋)。
・男女平等をめざす世の中で女子校の意義ってなに?
・「○○男子/○○女子」って言い方したらダメ?
・友達だと思ってたのに告られた…誰かに相談していい?
・どうしてフェミニストはCMみたいな些細なことに噛みつくの?
・東大が女子学生だけに家賃補助をするのって逆差別じゃない?
・女性はバリキャリか専業主婦か選べるのに、男性は働くしか選択肢がないのっておかしくない?
・性暴力ってある日突然見知らぬ人からレイプされることだよね?
「超」入門書としながらも、各トピックに1ホップ(ジェンダーって聞いたこともないという初心者向け)、2ステップ(ジェンダーの授業でおおよその知識を持っている中級者向け)、3ジャンプ(ジェンダー研究の最新動向もおおむね理解している上級者向け)という三段構えで回答されており、初心者にとってはわかりやすく、また上級者にとっても読みごたえがある内容になっています。
このトピックの選定や回答の方法は、インストラクショナルデザインの道具の中でも中心的なARCSモデルを想起させ、本書の主なターゲットであるジェンダーを学びたい学習者にとってわかりやすく、魅力的だと感じました。大学生の視点からのジェンダー入門であり(Attention)、実際にジェンダー研究初心者の一般人から寄せられた問いを扱っています(Relevance)。また、ホップ、ステップ、ジャンプと段階を踏んだゴールが設定されていて(Confidence)、問いに対してジェンダー研究の観点からわかりやすく回答されており、それが唯一の正解ではなく、さらに知りたくなるような、学びたくなるような回答になっており、巻末には読書案内として参考図書も列挙されています(Satisfaction)。
ちなみに、本書の監修者である佐藤文香先生のゼミ案内のサイトには、「ゼミは共同作業なので、『お客さん』にならず、『馴れ合い』にも陥らず、異なる意見をもった他者に敬意を払いながら議論を深められるかどうかは参加者全員にかかっている。共通テキストをもとに噛み合った議論ができたときの楽しさを感じとってほしいし、ここで習得したお作法は卒業しても必ず役立つと信じている。」とあります。本書執筆を通して、また本書執筆のみならず、ゼミ活動のスタンスが、ジェンダーに興味関心の高い学習者たちが自己主導的に、経験を自分や他者の学習に役立てながら、社会や生活課題に直面する問いに対して自分たちなりの答えを導き出している―そういった成人学習モデルに基づいたゼミ活動がなされているのだろうと感じました。
私も大学でキャリア教育を教える教育者の立場ですが、あらためて成人学習学の原則やモデルの観点から、自分の教育実践を点検・改善しなければと考えました。このブックレビューでは、インストラクショナルデザインに関連づけて本書をご紹介しましたが、ジェンダーの入門書としてわかりやすく良書で、老若男女問わず、さまざまな立場の方におすすめの本です。自分自身や身の回りにある小さな偏見にも気づくことができるかと思います。
(熊本大学大学院教授システム学専攻 博士前期課程 16期修了生 濵田佳奈子)