今回のブックレビューでは、「映画を早送りで観る人たち」を取り上げた。
著者である稲田氏は、ライター、コラムニスト、編集者として活躍しており、映画やエンタテイメントビジネスのほか、男女関係論や離婚問題など、さまざまな分野の執筆活動を行ってきた。そんな著者が2022年に刊行した本書は、「なぜ映画や映像を早送り再生しながら見る人がいるのか?」という著者の大きな違和感と疑問からはじまった取材に基づいて構成されている。倍速視聴・10秒飛ばしという習慣がなぜ現代社会に出現したのか、疑問を持ちつつもその理由と背景を、さまざまな角度から考察している。映画を含む映像教材を活用した授業は、教育活動においても珍しくない。映画の製作意図や視聴方法から、映像教材の活用について学びがあることを期待し、本書を手に取った。
第1章では、サブスクがもたらした映像作品の供給過多、第2章では、セリフですべてを説明する映像作品が増えた作品の説明過多傾向について解説されている。第1章と第2章は、視聴者が倍速視聴する外的要因を考察している。第3章では、視聴者の倍速視聴の内的要因として、現代人の多忙に端を発するコスパ(タイパ)志向を指摘している。また第4章では、第3章までに考察した倍速視聴の外的要因と内的要因を、「快適主義」という別の観点から再考察している。最後に、第5章では、視聴方法が変わった背景として、技術進化とビジネス体系の変化についても言及している。
インターネット技術の発展と普及により、映像供給メディアも多様化と増加を続けている。このような変化の中で、視聴者の視聴意欲を高める仕掛けが求められてきた。授業・研修や教材の設計をする際には、学習者の特徴を知ることが重要とされ、学習者分析と呼ばれる。第5章では、映像作品にかかわる企業が、いわば「視聴者分析」をしていることが伺える。視聴者が見たい内容だけでなく、視聴方法についても視聴者の要望を把握しているようである。
「視聴者分析」に基づく視聴者の視聴意欲を高める仕掛けは、ARCSモデルを想起させる。たとえば、視聴者に「おもしろそうだな」と思わせて、コンテンツそのものに注意を向けさせるための方略として、内容が一目でわかるようなタイトルが紹介されている(第2章)。また、視聴者が倍速視聴・10秒飛ばし機能を利用することで、視聴者自身のペースで視聴状況をコントロールできるようになったことがわかる(第3章)。コンテンツ過多の中でも、視聴者がコンテンツの視聴を諦めるのではなく、倍速視聴・10秒飛ばしが視聴意欲を高める仕掛けとして機能しているといえるだろう。
本書で紹介されている視聴者の発言も興味深い。倍速視聴・10秒飛ばしを利用する理由について、「忙しいし、友達の間の話題についていきたいだけなので、録画して倍速で見る(P21)」という視聴者もいれば、「それが本当におもしろい作品だったら、もう一回見ればいいじゃんって思います(P76)」という発言のように、映像を視聴した後に言及する発言もある。倍速視聴・10秒飛ばしという機能とその習慣化は、効果的・効率的なだけでなく、「もっと見たい」と思わせる働きもありそうである。
さて、このブックレビューを最後まで読んでいただいたみなさんは、「本書を手に取ってみよう」と思っただろうか。「読み飛ばし」をされていたとしても、「本書を手に取ってみよう」という方が1人でもいれば嬉しい。
(熊本大学大学院教授システム学専攻 博士後期課程 安部健太)