トップIDマガジンIDマガジン記事[116-02]【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(97) :専門家とは誰か~インストラクショナルデザイナーは媒介的専門家?~

[116-02]【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(97) :専門家とは誰か~インストラクショナルデザイナーは媒介的専門家?~

 『「専門家」とは誰か』という本を読んだ(晶文社、2022年)。村上陽一郎(編著)で、なかなか興味深い内容。コロナ禍でテレビに「専門家」が登場することが増えている今日、読みごたえがある論考を集めたものだ。その中でも、小林傳司による章「社会と科学をつなぐ新しい『専門家』」は興味深い。遺伝子治療をめぐる市民パネルに登場した臨床医の話は好評であった一方で、基礎研究者のアカデミックな話は難解で不評であったというエピソードから、科学の世界と社会とをつなぐ役割を果たす新しい専門家の必要性を説く。
 専門家になるためには、専門知を身につけなければならない。専門知には、専門家の閉じた世界の中で長い時間を共に過ごすことによってのみ会得可能な「言語化されたマニュアルには還元できない(p.212)」エキスパート・ジャッジメントが含まれている。言語化できないからこそ、一般市民には伝わりにくく、「本当にそれで大丈夫なのか」という不信をぬぐうのは難しい。福島原発事故やコロナ禍など、どうすべきかの正解が誰にも分らないが社会的な影響が甚大な事象に対しては、エキスパート・ジャッジメントに頼るしかないという側面もあるが、当該技術の専門家に頼るだけでなく、あわせて「安全・健康・環境に関する科学と倫理的検討」も不可欠との指摘もあるという。専門家には専門家に閉じた世界(サイロ)が必要であり、専門知はそこで磨かれ発展する。他方で、閉じた世界を行き来し、また市民に伝えることができる新たな専門家が一定数必要である。つまり、媒介的専門家、対話的専門家、ファシリテータ、ナレッジ・ブローカー、文化の翻訳者など多様に表現されてきた人たちが求められているという。
 なるほど、そうであれば、インストラクショナルデザイナーも一種の媒介的専門家と言えるのかもしれない。専門知を課題分析し、それを知らない人が学ぶためにはどういう方略を採用するのが良いかを考えて、初学者と専門知の橋渡しをしている。専門知の何が重要で、それを学ぶと何ができるようになるのかを考えて出口を設定する手助けをし、初学者目線で何が分かりにくいかを洗い出して教材化する。そういう専門家が「一定数必要である」と見なされると嬉しいですね。
 大学は専門知を学ぶ所であるが、必ずしもその道の専門家になることを目指しているわけではない。そういう場面で多くの収穫を得るためにはどうすればよいか。この答えを導く8つの問いを米国で使われている初年次教育の教科書から紹介したことを思い出した。専門知を素人目線で捉える姿勢が持てることは今日、ますます重要性を高めているように思う。いや、それさえ達成できれば、大学に行った意義が十分あるとさえ思えるが、どうだろうか。
 
ある領域の学びから多くの収穫を得るための8つの問い(Seller et al., 2014)
1)この科目を学ぶ主たるゴールは何か?
2)この領域の人たちが達成しようとしていることは何か?
3)彼らはどんな問いを質問しているか? 彼らはどのような種類の問題を解決しようとしているのか?
4)彼らはどのような情報やデータを集めているか?
5)彼らの領域に特有の情報収集方法は何か?
6)その領域で最も基本的な考え方・概念・理論は何か?
7)この領域を学ぶことで自分自身の世の中の見方がどう影響されるだろうか?
8)この領域からの成果が日常生活にどう使われているか?
ー--
出典:鈴木・美馬(編著)(2018)『学習設計マニュアル』北大路書房、p.51

(ヒゲ講師記す)

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