「AI」について,高等教育の現場でホットな話題の一つは,文科省が推進する「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度」ではないでしょうか.「AI戦略2019」において,すべての大学・高専生がデジタル社会の基礎知識として初級レベルの数理・データサイエンス・AIを習得すべしという教育改革方針が掲げられ,優れた教育プログラムを認定する制度が2021年より開始されました.私自身も,その影響を受けて科目の立ち上げやプログラム申請に悩む現場教員の一人です.
そういう訳で,「AI」と聞くと「とりあえず何かやらないと」と目の前の問題として捉えがちですが,教育に関わるものとして,もう少し本質的なことを考えなければと感じていました.そこで, AIの発展が教育の「何を変えるか」と「どのように教えるか」に与える影響を論じた書籍を紹介します.本書は2部構成になっています.「AIの時代に生徒は『何を』学ぶべきか」という問いを探求する第1部と,「AIはどのようにして教育を向上させ,変革することができるのか」という問いに取り組む第2部です.以下,それぞれの概略を見ていきましょう.
第1部は,「学ぶべきもの」を議論する文脈としての教育目的の検討から始まり,学習を生涯にわたる営みとして捉え特に初等中等教育(K-12)のカリキュラムに焦点が当てられています.現在の初等中等教育では,自分の専門や進路には直接的には役立たない内容の学びに多くの時間が費やされていますが,AIアルゴリズムの普及により社会や雇用機会が急速に変化する状況下では,学校で教える知識が卒業後もすべての生徒にとって有意義なものとなるように再編成されるべきというのが筆者らの主張です.不確実な将来に対応するためには,各分野/分野間の基礎となる最も本質的な抽象概念:コア概念を特定することが重要です.コア概念をカリキュラム全体の土台とし,時代遅れで意味のない情報(!)をカリキュラムから取り除き,コンテンツを現代化して体系化することにより,熟達と転移を達成し,知識だけでなくコンピテンシーを獲得する学びに多くの時間を費やすことができるということです. この考え方は,専門分野ありきで捉えがちな高等教育のカリキュラム再編成でも重要だと感じました.
第2部では,AIの背景や技術用語の概説を踏まえて,教育における人工知能(AIED: Artificial Intelligence in Education)の活用について,知的学習支援システム,対話型学習支援システム,探索型学習環境,自動ライティング評価,その他に分けて,数多くの事例が紹介されています.これらはAI技術を現在主流の学習アプローチに応用したものですが,教師の役割を代替するようなAIEDに加えて,教師がより効果的に教えるための手助けをする可能性についても論じられています.たとえば,協働学習支援,生徒フォーラムのモニタリング,継続的評価のAIによる支援,生徒の学習コンパニオン,教師のためのAIティーチングアシスタントなどです.
また,AIEDテクノロジーを整理する枠組みとして,生徒指導(インストラクショニスト・アプローチ),生徒支援(構成主義的アプローチ),教師支援,の3つに紹介されたAIEDが分類されています.さらにAIEDテクノロジーとSAMRモデルの比較検討も興味深いです.(SAMRモデルといえば,同窓生の三井さんの論文を思い出しますね).
以上のように,本書はAI時代に身につけるべき知識・コンピテンシーを議論し,学ぶべきもの(カリキュラムとコンテンツ)を探求したい人にお勧めです.またAIEDの現状を知るだけではなく,学習支援システムに関わる研究や実践を行っている人が,その位置づけを見直すという視点でも役立ちそうです.
【参考文献】
三井一希,戸田真志,松葉龍一,鈴木克明(2021)「小学校におけるタブレット端末を活用した授業実践のSAMRモデルを用いた分析」教育システム情報学会誌 37 (4), 348-353
(熊本大学大学院教授システム学専攻同窓生 桑原千幸)