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IDマガジン 第107号

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Vol.0107 IDマガジン 107
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皆様、いつもIDマガジンのご愛読ありがとうございます。
新年度を迎え、新しい場所でご覧になっている方も多いのではないでしょうか。今回も、どうぞ最後までお付き合いくださいませ。

 

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Contents
1. 【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(92):コロナ禍にも自然災害にも打ち勝つオンデマンド型研修
2. 【ブックレビュー】『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ブレディみかこ (2019)新潮文庫
3. 【報告】第54回まなばナイトレポート 「日本語教育×インストラクショナルデザイン〜こんなテーマで研究しました」
4. 【ご案内】2022年度まなばナイト開催スケジュール
5. 【イベント】その他、近々行われるイベントは?
 編集後記

 

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【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(92):コロナ禍にも自然災害にも打ち勝つオンデマンド型研修
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福岡にある私立大学からFD研修のお誘いがあった。コロナ禍でオンライン化に取り組む中で「学生も教員も消耗せず、WEB授業に素人の教員が、いわゆる『教育の質保証』につながるような授業をどのように提供すれば良いかと思い悩んでいたなかで、国立情報学研究所のサイバーシンポジウムでの講演に励まされた」と言われれば、断りにくい。講演のテーマは「学生が学び続ける遠隔授業のデザイン」で、講演に続いて7名の学内各学科教員によるWEB授業の実践報告をするとの依頼だった。講演会の後にまな板の上のコイ方式を付けるのでは実践の吟味が十分にできないと思ったので、講演は短くして実践報告の後のコメントの時間を長く確保してほしい、と依頼した。冒頭の講演は35分に短縮し、そのあとの実践報告が10×7人で70分、実践報告への講評に40分を確保し、終了後には希望者と懇談する時間を設ける教育ワークショップのプログラムが決まった。

コロナ禍ではあったが感染状況も落ち着き、何とかキャンパスでの研修開催の方向で調整していた矢先に、台風接近のため、研修当日の教職員の入構禁止措置となり、現地開催の中止を余儀なくされた。後の教務日程もあり延期も困難であることから、 講演部分のビデオ録画の提供を依頼された。「研修当日、本学の全教員は自宅でオンデマンド動画の研修1コマと、ライブ動画の研修1コマを受講したところ、これを日々繰り返す学生の苦労の一端を理解することになりました。非同期型の利点も改めて認識するとともに、アドバイス頂戴しましたように、それぞれの教員・学生が改善、工夫を重ねていく必要性も実感することができました。」との報告を受けた。さらに翌週には、実践報告者からもそれぞれが作成したビデオ動画が届き、講評を求められた。実践報告の中身は、例えば栄養学の実習で定員の半数に抑えるための二部構成と講義室との動線の一方通行化など、それぞれの分野で共有すべき工夫が満載であった。研修日を過ぎたからと言って無下に断れないと覚悟し、7本のビデオ動画を見ながらコメントスライドを作成し、35分間の講評ビデオにまとめて提供した。講評ビデオの最後にこの体験を省察し、「この方式は時間がかかって大変だった」と愚痴をこぼしてしまったが、オンラインでの非同期のやり取りを対面に近づけようとすると手間暇がかかるということだけは体験的に伝えられたと思う。

この研修を経験して以降、様々なパターンの依頼を受けてきたが、いわゆる研修当日を超えて仕事が残ることだけは極力、注意して避けるようになった。主たる理由は、次への切り替えがしにくいからである。コロナ禍以前には残務といえば、事後アンケートを見て一喜一憂する程度であった(もちろん、事後課題を課す場合には、その採点+コメント付けも残る)。ところが不思議なもので、コロナ禍以降、それ以外の残務がある状況に追い込まれる事例が増えた気がする。何なんでしょうね。まぁ、様々な経験を重ねる中で、いろんな学びがあるということですね。やってみるまでは本当のところは分からない、ということでしょうか、あるいは「まだまだ学ぶべきことがたくさんある」ということか。やれやれ、ですな。

以上、この連続日誌は、今回で3回連続の研修絡みの事例のご報告となった。それだけ研修だらけの日々を過ごしているということを物語っているのだろう(他にネタがないのが問題だという説もある)。今回の研修事例は長年取り組んできた「まな板の上のコイ」方式で、その説明ともう一つの事例は、モジュール3:FD研修のバージョンアップ:年1回の講演会を超えるための7つの提案(https://kyoten1.cica.jp/moodle3/)にある(提案5)。拠点提供の研修コンテンツ第三弾「FD活動デザイン編」として準備中のものの一部である(無料で閲覧可能です)。予定通りのスケジュールでは公開できなかったが、いよいよ有料版第一期の募集が202254日からと決まり、おしりに火が付いた。〆切がないと仕事が進まないという性癖も、あまり変わっていないようである。

(ヒゲ講師記す)

 

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【ブックレビュー】『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ブレディみかこ 2019)新潮文庫
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[本の内容]

本書はエッセイに分類されることが多いのですが、本屋大賞の2019年ノンフィクション本大賞を受賞しています。巻末解説で日野剛広氏は「すぐれたノンフィクションというものは、読者に、あなたはどう考えるか、どう行動するのか、これからどう生きるのか、ということを突き付けてくる。その意味でも本作は紛れもなく優れたノンフィクションである。」と評しています。本書を読むと、教育に関心のある人は「教育者として、どう考え、どう行動し、何をどう教えるのか」を考えずにはいられないでしょう。

内容を一言で述べると「日本人母の視点から描かれる、ある男の子のイギリス中学校生活」です。筆者であるブレイディみかこさんは、英国南端の街でアイルランド人配偶者と一人息子の3人で暮らす保育士です。この情報から、題名の「イエロー」と「ホワイト」が指すものは容易に想像できるでしょう。では「ブルー」は? 

本書には、思春期特有のブルーな感情に限らず、英国社会の格差問題、人種差別、成績至上主義、多様性をめぐる軋轢など、日本でも身近な「気持ちがブルーになる話題」が次々登場します。この作品が数々の賞を受賞したのも、生きづらさを感じる現代日本人の共感を集めたからではないでしょうか。

 

[IDとの関わり]

私は、本書を読みながら『情報時代の学校をデザインする』と『学習者中心の教育を実現するインストラクショナルデザイン理論とモデル』(以下、「グリーンブック4」)の2冊を思い浮かべました。

『情報時代の学校をデザインする』の第1章では、情報社会の国家が求める労働・教育ニーズを分析し本質的変化を次の9つにまとめています。

  1. 標準化からカスタム化へ
  2. 単一性から多様性へ
  3. 対立から協働的な関係へ
  4. 官僚制からチーム制へ
  5. 独裁からリーダーシップの共有へ
  6. 中央管理から説明責任をともなった自律性へ
  7. 従順さから主体性へ
  8. 専門家によるサービスからセルフサービスへ
  9. 分割(業務分担)から全体(課題の統合)へ

みかこさんの息子さんが通う中学校は、まさにこの「情報時代のニーズ」に応える教育パラダイムを採用している印象です。例えば、授業に集中できない場合、教室から出て別の教員と少人数で勉強できるように廊下にテーブルと椅子が設置してあったり、バンドを中心とした音楽活動や演劇を推進していたり、学校説明会では教員ではなく生徒が校内を案内し見学者と質疑応答をする、といった描写があります。この中学は少し前までは荒れていて、市のランキングでも最低だったのですが、息子さんが入学する頃には真ん中あたりまで浮上し「元」底辺校、と認識されるようになったそうです。その変容の理由についてはっきりとは言及されていませんが、度々登場する若くエネルギッシュな校長の言動は、彼が新しい教育パラダイム推進派であるように感じられます。

もう一つ『情報時代の学校をデザインする』と『ぼくはイエローで』に共通しているのが、日本では理想像として語られることが多い欧米の教育システムも、内部から見ると前時代的なところがあることを教えてくれる点です。私はペスタロッチやピアジェを生んだスイスで子育てをしながら日本語を教えていますが、やはりまだ工業時代の教育(標準化、教師の権威、服従など)は色濃く残っていると感じるので、この批判には大いに共感するところがあります。

もう1冊目のグリーンブック4との関連ですが、「元底辺校」で展開される教育はグリーンブック4第5章の内容を彷彿とさせるものでした。この章で提示される価値観は、MESS(国語・算数・理科・社会)は「教育」ではない、という衝撃的なものです。そしてMESSに替わるカリキュラムの新しいパラダイムとして次の4つを教えることの重要性が説かれています。

  1. 効果的な思考
  2. 効果的な行動
  3. 効果的な関係づくり
  4. 効果的な達成

しかし、詳細については言及されておらず「大事なことだとわかるけど、具体的にどういうこと?」とモヤモヤした気持ちが残っていました。例えば上位スキル「効果的な関係づくり」の下位分類「共感・同情・市民性」は、それらをどう教え、どう評価するのでしょうか。本書の「元底辺校」のエピソードには、この疑問に対する答えの参考になりそうなものがいくつか見受けられます。例えば、人種差別発言をした生徒に学校がどう対応したか、という話(4 スクール・ポリティクス)や、「シティズンシップ・エデュケーション」という科目のテストで「エンパシーとは何か」という問いがでたこと(5 誰かの靴を履いてみること)、温暖化対策に抗議する学校ストに参加するか、という問題(16 ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとグリーン)など、まさに「効果的な思考・効果的な行動・効果的な関係作り」の実践であるように思えました。

グリーンブック4の第5章については、IDマガジン記事にもブックレビューがありますので、そちらもご参照ください。

 

[まとめ]

今回ご紹介した本は、ID専門書でも学術書でもありません。気軽に読めますので、研究や仕事からちょっと逃避行したいときにお勧めです。教師でも学習者でもない親視点から見る「教育」についても考えるきっかけを与えてくれる1冊です。

 

[参考文献]

C.M.ライゲルース・ J.R.カノップ() , 稲垣忠・ 中嶌康二・ 野田 啓子・ 細井洋実 ・林向達  (翻訳),『情報時代の学校をデザインするー学習者中心の教育に変える6つのアイデアー』, 2018, 北大路書房

C.M.ライゲルース・B.J.ビーティ・ R.D.マイヤーズ (, 編集), 鈴木克明 (監修, 翻訳), 大西弘高 ・三好雅之・臼井いづみ・ 松本尚浩・市川高夫・紙谷あゆ美・岡本華枝・ 野村理・阿部竜起 (翻訳), 『学習者中心の教育を実現する インストラクショナルデザイン理論とモデル』, 2020, 北大路書房

・桑原千幸[097-03]【ブックレビュー】GB4輪読シリーズ:第5章『カリキュラムの新しいパラダイム』 (マーク・プレンスキー)」熊本大学大学院社会文化科学教育部教授システム学専攻『IDポータル』, https://idportal.gsis.jp/magazine/doc_magazine/1019.html2022330日参照)

(熊本大学大学院教授システム学専攻 博士前期16期生 ストレスレ梓)

 

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【報告】第54回まなばナイト開催レポート「日本語教育×インストラクショナルデザイン〜こんなテーマで研究しました」
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54回まなばナイトは、日本語教育特別企画として、日本語教育に携わる4名の修了生からの話題提供とグループセッションを行いました。

テーマ:「日本語教育×インストラクショナルデザイン〜こんなテーマで研究しました」

会の冒頭、実行委員で1期生の加地より、まなばナイトの趣旨や活動の状況を説明しました。今回は登壇者が日本語教育の関係先を通じても広報をしてくださり、GSIS関係者やリピーターの参加者以外の参加者が多くいらっしゃいました。ありがたいことです。

話題提供は、立和名房子さん(博士前期13期生)、土屋理恵さん(博士前期11期生)、森田淳子さん(博士前期7期生)、甲斐晶子(博士前期4期生博士後期)の4名に、在学時や修了後の研究テーマ(どんなID理論・モデルを基盤にどんな課題解決に取り組み論文作成したか)を中心に、入学のきっかけやGSISでの学びや学位取得が修了後の実務やキャリア形成にどのように役立っているかなどをお話しいただきました。
前半後半に分けて鈴木先生からのコメントなどもいただきつつ、興味深い発表内容に聞き入っておりました。
時々聞かれる、鈴木先生の「ベテランとプロフェッショナルの違いは、説明できること」というフレーズが象徴する通り、みなさんIDを武器にその道のプロフェッショナルになられているなと感じました。

グループセッションはZoomのブレークアウトルームに別れて、事前に案内していた以下のトピックや、話題提供の中から気になったトピックなどでディスカッションが行われました。
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グループワーク(Zoomブレイクアウト)
テーマ:多様性からの創造性「インストラクショナルデザインって、どんなところに使えるの?」
異業種・異分野の人たちが共通のものさしとして課題解決に活用できるのがIDの魅力です。すでに実践にIDを取り入れている方から今後IDについて知りたいと思っている方まで、どんなところにIDが活用できそうか一緒に話してみませんか。IDを活用した実践例や、解決したい課題、IDに関するご質問などお持ち寄りください。ブレイクアウト終了後、グループで話したことや登壇者への質問など全体共有します。異分野の参加者同士のグループトークを通じて、分野を超えた共通の課題や教育・研修の改善の手がかりが見つかれば嬉しいです。
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アンケートでも、以下のようなコメントをいただきました。

  1. 「和気あいあいとした雰囲気で話しやすかった。」
  2. 「日本語教育の先生方の発表の会ということで、申し込み時に少し躊躇しましたが、グループワークのテーマが「多様性からの創造性」ということで安心して参加させていただけました。」
  3. 「グループでは、GSISへの入学を検討されている方もいらっしゃり、GSIS入学後のイメージを掴む参考になったのではないかと思います。楽しく参加させていただきました。ありがとうございました。」
  4. 「事前に質問させていただいていた、理論と研究実践の関係について、たくさん触れていただきありがとうございました。メモしたキーワードは数え切れません。」
  5. 「ありがとうございました。皆様からいろいろな知見をいただき、とてもありがたい時間でした。このような場をありがとうございます。GSIS修了目前のタイミングで、日本語教育の先輩方のお話が聞けて本当によかったです。修了後、日本語教育の分野でIDを生かして活動されるロールモデルに出会えた気持ちです。同期で日本語教育は私だけだったので、先輩方、後輩のみなさんともゆるやかに繋がっていけたらと思います。」

修了した後も学びは続きます。まなばナイトが、修了後もそれぞれの探求のインプットとアウトプットの場として、またIDとの接点として普及の一助になる場として、活動を続けられたらと思いました。

(熊本大学大学院教授システム学専攻同窓生 加地正典)

写真入りレポートは以下をご覧ください。

https://www.manabanight.com/info/manabanight54report

 

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【ご案内】2022年度まなばナイト開催スケジュール
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2022年度は以下の開催を予定しております。

場所は仮のもので、オンライン開催の可能性もあります。

625日(土)

820日(土)名古屋

1015日(土)関西?

1217日(土)

225日(土)

詳細はまとまり次第告知サイトにてお知らせいたします。

http://www.manabanight.com/

 

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【イベント】その他、近々行われるイベントは? 2022/42022/5
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2022514 ()
教育システム情報学会 第1回研究会 DX時代に向けた学習環境の変革/ヘルスケア分野のDX人材育成/一般@早稲田大学またはオンライン

2022528 ()
日本教育工学会研究会 AI・ロボットを活用した教育/一般 @オンライン

 

編集後記
ずっとマスクをしていると、季節ごとの空気や土の香りの変化に気づきにくくなりますね。周りに誰もいないときには思いきり深呼吸して、春を味わっています。(第107号編集担当:甲斐晶子)

 

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<編集>
編集長:鈴木克明
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<発行>
熊本大学大学院社会文化科学研究科  教授システム学専攻同窓会
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