トップIDマガジンIDマガジン記事[094-03]【ブックレビュー】GB4輪読シリーズ:第9章「自己調整学習のためのインストラクションのデザイン」(ヨル・フー、チャールズ・M・ライゲルース)

[094-03]【ブックレビュー】GB4輪読シリーズ:第9章「自己調整学習のためのインストラクションのデザイン」(ヨル・フー、チャールズ・M・ライゲルース)

インストラクショナルデザインを学ぶ方の必読書である『学習者中心の教育を実現するインストラクショナルデザインの理論とモデル』のブックレビューが前号から始まっています。原著の装丁が緑色なので通称「グリーンブック4」とも呼ばれる本書の、今回は第9章をご紹介します。
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第9章は「自己調整学習(self-regulated learning: SRL)」のためのインストラクションのデザイン原理について詳細な解説がされています。これは第4章で説明された「個人に合わせたインストラクションの原理」の具体例をより詳細に解説したものです。


情報化時代において、教育の役割は全学習者を知識労働者へと育てることにシフトしました。工業化時代には指導者が学ぶべきことを決めて学習を制御し、工業労働者を大量生産していましたが、情報化時代では継続的な革新と知識創造が求められます。教育の価値は学習者中心に置かれ、学習者が自分たちの学習を自己主導し(self-direct)、そして自己調整する(self-regulate)能力と責任が求められるようになりました。ここでの調整とは、自分のゴールを達成するために自分の認知、行動、動機づけ、および環境を調整するということです。

 

たとえば、5ヶ月後に憧れの高校の入学試験がある中学生は、どんなことをするでしょうか。過去問を解いてみて不足している知識を洗い出す、残された時間を勘案したうえで勉強計画を立てる、先生に相談して自分のミスの傾向に気づいて対策を講じる、自分が10分でどれぐらいの英文が読めるのか測ってみる、気が散る漫画は押し入れにしまって高校の写真を机に貼ってみるなど、ゴールを達成するために様々な努力をした経験はありませんか。画一的なカリキュラムのお仕着せではなく、何をゴールにするか、そのゴールにどうやって辿りつくかを、個々の学習者が責任をもって考え、コントロールし、自分だけの学習を組み立てるのです。それが、自己調整学習です。

 

自己調整学習は1980年代にはすでに教育分野で注目されており、たとえば問題を解いて間違えたところは類似した問題を出すドリルシステムなどが多く開発され、関連する理論も蓄積されたのですが、残念ながら当時の教育技術や環境では個人化できる部分は十分とはいえない状況がありました。しかし、最近の技術発展に伴い、個人に合わせてカスタマイズされた学習の可能性が広がってきたため、自己調整学習が再び注目されています。新しい技術を適用し、自己調整学習をデザインする際には、先人が遺した学習理論や研究成果から概念的枠組みや成功要因を学ぶことが助けとなるでしょう。

 

この第9章では、まず基本的な理論的背景や価値観についての解説が詳細にされています。学習者中心の教育では、学習者は自分の学習に対してより大きな責任とオーナーシップを負うため、自己調整学習が不可欠な要素であるということが説明され、その後、シャンク、ボーカーツ、ジマーマン、ピントリッチなど代表的な研究者らが開発した自己調整学習の枠組みの類似点を整理し概説したうえで、修正版の概念的枠組み「自己調整学習のための連続変化フレームワーク」として紹介しています。これは計画立案、遂行、振り返りの各段階において、自己効力感やメタ認知・行動、動機づけ・信念が担う役割がどのように変化していくかを図示したものです。後半では、自己調整学習のインストラクションのデザインがうまくいくコツを6つの具体的な普遍的原理として提案し、詳細な解説と方法が述べられています。どの原理もID理論や社会的認知理論などの知見に基づいた具体的な提案です。また、クラスの規模が大きいとき、学習者が年少の場合はどうしたらいいかなど、3つの状況的原理についても紹介されています。加えて、指導者が自己調整学習のスタイルを受け入れていない場合など、起こりがちな問題点と対応のためのアイデアが述べられています。

 

本章で私の印象に強く残った部分(アツアツポイント)は以下です。
・自己調整学習は教えることができるスキルである(p.249)
・現在、学習内容基盤型の指導でも、自己調整学習スキルが活用できるように再設計することができる(p.249)
・教師も学習者も自己調整学習の重要性を認識し、受け入れなければならない(pp.247-249)
・敬意と思いやりを持って学習者に接すること(p.249)
皆さんに響く部分はどこでしょうか。ぜひ読んでみてください。

 

以上、第9章の概要について説明しました。ちなみに、SRLは初等・中等教育で盛んに研究されていたもので、従って自治体や学校が決めたカリキュラムがある、つまり既にゴールがある程度決まった段階からどう自分を調整していくかというところに焦点が置かれていました。一方、私はあらかたの学校教育を終えたパート主婦なので、特に何のゴールも強制されていません。そういった人が自分の経験から学ぶべきことに気づき、学習目標として落とし込み、遂行し評価していくというプロセスは,自己主導型学習(self-directed learning)といわれます。実は私自身はこの自己主導型学習を促進したいと考え研究対象の中心に据えています。しかし、一度ゴールが定まれば、その後のプロセスはだいたい自己調整学習と同じです。ですから、もし自己調整学習は子ども向けであり,成人を対象としている自分には必要ないと思われている方がいたら、ぜひ本書をご一読ください。きっと参考になる部分があるはずです。

 

(熊本大学大学院教授システム学専攻博士後期課程単位取得退学[学術博士]、甲斐晶子)

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