トップIDマガジンIDマガジン記事[127-03]【ブックレビュー】『生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由がある』講談社,(2013)岡檀 著

[127-03]【ブックレビュー】『生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由がある』講談社,(2013)岡檀 著

「徳島って、日本一幸せな町なんですよね」

 

私が徳島在住の際に、突然投げかけられた言葉である。何の心当たりもなかったので、どういうことか尋ねると、自殺率が日本一低いという。ホントかな?と思った私はすぐに統計情報を検索。別に徳島県の自殺率が低いわけではなかった。徳島市のこと?こちらもそうでもない。そしてあれこれWebで検索してみると、どうやらこの本が発信源らしい。『徳島県南部のある小さな田舎町は、全国でも極めて自殺率の低い「自殺”最”希少地域」だった。町民たちのユニークな人生観と処世術。その極意が、四年にわたる現地調査によって解き明かされていく。』(帯より)

 

本書は著者の岡先生の博士論文を書籍化したものである。研究のリサーチクエスチョンは「自殺予防因子」は何か。

 

著者がフィールドワークを行った海部町(現、海陽町)は、徳島県の南部(高知県の県境あたり)にある港町である。私も行ったことがあるが、めちゃくちゃ海がきれいなところだ。著者は1973年から2002年までの30年間の自殺平均値が、海部町に隣接する二町の自殺率平均が26.2%(ちなみに全国平均25.2%)なのに、海部町だけが8.7%と突出して低いという不思議な現象を見つける。隣町と対して環境は違わないように見えるのに、この町には何があるのだろう?そこから海部町に通い詰めてあれこれ調査をされた結果、明らかになった「自殺予防因子」は以下の5点である。

 

いろんな人がいてもよい、いろんな人がいたほうがよい

人物本位主義をつらぬく

どうせ自分なんて、と考えない

「病」は市に出せ

ゆるやかにつながる

 

1点目は、他人と足並みをそろえることに全く重きを置いていないということ(圧倒的な個人尊重主義)。たとえば、海部町では赤い羽根共同募金が集まらない。他人が募金したのか、金額はいくらかなど、まったく気にしない。地域の互助組織には入会・退会規定がない。外モノでもやりたい人は参加して、やめたくなった抜けるだけ。選挙でだれに投票するかは自由(田舎は票の取りまとめ役が奔走することが多々あるのに)。

 

2点目は、職業上の地位や学歴、家柄や財力などにとらわれることなく、その人の問題解決能力や人柄を見て評価するということ。互助組織の年長者は、年少者に対して威張らない。結果的に、そういう人がリーダーとして選ばれる。

 

3点目は、主体的に社会に関わるということ。たとえば海部町は町長が長期政権になったことがない。健全な民主主義が根付いているのではないか、と著者は指摘する。

 

4点目は、やせ我慢しないということ。「病」とは単なる病気のみではなく、家庭内のトラブル、事業不振など、生きていく上でのあらゆる問題を意味している。そして「市」とは公開の場を指す。著者によると、海部町は個人的な悩みを開示しやすい環境づくりを心掛けてきた形跡が見られるそうだ。

 

5点目は、他の4つの要素の根源であり帰結でもあるという「ゆるやかな絆」。海部町は物理的に人が住める場所が限定されていて、人口密集度が極めて高い。その一方で、隣人間のつきあいは割と淡泊で、必要十分な援助しかしないらしい。また、多くの組織にちょっとした逃げ道や風通しを良くする仕掛けがあり、複数のネットワークに属するのが当たり前で、コミュニティの硬直化が避けられている。

 

以上の5点は、自殺予防に資するだけでなく、組織運営や授業(クラス)運営にも使える汎用的な考え方だと私は思う。私は大学でゼミを運営するようになって、この本を思い出した。久しぶりに読み返して、生き心地の良い場じゃないと、いい学び、いい研究はできないよね、と改めて思っている次第である。もちろん、多様性の確保などは様々な研究からも指摘されていることだが、本書は小さな田舎町の住人の営みが豊富なエピソードとして盛り込まれているので、物語としても面白い。おすすめです。

 

ちなみに、そもそも岡先生は長年医療職に従事されていて、2007年に慶応義塾大学大学院健康マネジメント研究科修士課程に入学されている。本書には苦労しながら研究を進めていくプロセスにも言及があって、ちょうど同じ時期に社会人大学院生だったことを思い出した私は、「博論、大変だよね・・・」と激しく共感しながら読み進めた。量的研究、質的研究の両方が含まれており、研究のお作法を学ぶ参考にもなる一冊です。

 

今回ご紹介したのは本書の主要な内容だが、岡先生の博士論文の構成から言えば半分の内容である。残り半分も大変興味深い内容なので、詳しくは本書を参照されたい。また、手っ取り早く本書の内容をお知りになりたい方は、岡先生が登壇されているYoutube動画があるので、以下もぜひどうぞ。

 

https://dialogue-eureka.jp/archive/hirameki-gensen-kakenagashi-ch/episode8

 

(熊本大学大学院教授システム学専攻博士後期課程修了 高橋暁子)

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