トップIDマガジンIDマガジン記事[114-02]【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(96) :著者とかかわりながら読書するための問い

[114-02]【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(96) :著者とかかわりながら読書するための問い

「最近の若者は本を読まなくなった」と言われて久しい。他方で、それでも構わないのではないか、という意見もありそう。本でなくても講義や講演会からも情報は得られるし、より迫力のある映像メディアからも感動を得られる。本に頼る時代ではない、と言われれば、そうかもしれないとも思ってしまう。

では、本でなければ得られないものは何か。講義をやめて教科書を読ませる方法にシフトすることを提案してきたヒゲ講師としては、その答えが気になるところである。この問いに対して、「知識の獲得の過程を通じて、じっくり考える機会を得ることにあるー-つまり、考える力を養うための情報や知識との格闘の時間を与えてくれることだ(p.70)」と明快に答えてくれているのは、教育社会学者で現在オックスフォード大教授の刈谷剛彦氏だ。提供側のペースでどんどん進むことがない読書には、読み手に主導権があり、自分のペースで情報を咀嚼し、思考するチャンスを与えてくれる。世の中で「常識」とされていることを鵜吞みにして自分の頭で考えようとしない。「あなたの意見はどうですか」と聞かれても何も答えられない。そんな思考停止の風潮に対して、刈谷氏が大学で教え始めてから6年が経過した1996年にまとめた書籍『知的複眼思考法』(2002年に講談社+α文庫として発刊)には、今でも響く読書に対するヒントが満載だ(2022年現在、51刷!)。

読書を自分の頭を使って考えるチャンスにするためには、書籍には正解が書いてあるという「常識」を覆す必要がある。著者はその道の専門家であり、自分は中身を咀嚼して情報を吸収するという立ち位置で読んでいくのではなく、いろいろな疑問を持って、段落ごとに、文章を追っていくのがそのコツだという。著者と対等な立場に立ち、書き手の言い分を鵜呑みにしない読書。つまり「批判的な読書を通じて、ものごとに疑問を感じること、物事を簡単に納得しないこと、『常識』に飲み込まれないこと、すなわち自分で考えるという姿勢ができてくる(p.83)」と言う。そのためのヒントとして、以下のようなフレーズを自問自答し、書き込みながら本を読んでみることを提案している。

・「なるほど」
・「ここは鋭い」
・「納得がいかない」
・「どこか無理があるな」
・「その意見に賛成だ」
・「その意見に反対。自分の考えとは違うな」
・「著者の意見は不明確(あるいは、あいまい)だ」
・「同じような例を知っている」
・「自分の身の回りの例だとどんなことかな」(実際に思いついた例を書いておく)
・「例外はないか」
・「見逃されている事実や例がないか」
・「これは他の人にも伝えたいエピソードやデータだ」
・「もっと、こういう資料が使われていれば議論の説得力が増すのに」
・「なぜ、こんなことがいえるのか」
・「自分ならこういうことばを使って表現するな」(そういう場合は実際にその言葉も書いておく)
・「この表現は難し過ぎる」
(同書、p.84-86)

活字になったものは、「完成品」という印象を与えるが、著者の試行錯誤を経て、書くプロセスに含まれていた迷いや選択から生まれた「ほかの文章になる可能性のあったもの(p.81)」である。「私だったらこう書いたかもしれない」「どうして著者はここで、こんなことを書いているのか」を考えながら読む。なるほど、そういう読み方をすると、論理の飛躍とか説明不足の点とかが浮かび上がってくるかもしれない。書いた側の人としては、「そういうことをしないでもいいんですよ」と言いたくもなるが、読むときの態度として身につけられれば、学びが深くなりそうだし、気づくことも多くなりそうですね。

この書籍の随所には、刈谷氏自身が書き手としてたどった舞台裏を開陳して「書くプロセス」を暴露している部分や、読者が「自分で書いてみる」練習も織り込まれている。著者になる疑似体験を踏まえて、読み方の違いを納得できる工夫として興味深い。前回と同様、古い記述ではあるが、一読をお勧めしたいものにまた出会った、と思った。

ということで、一読をお勧めしたい。読者諸氏の本の読み方が激変するかもしれないことを期待して。

(ヒゲ講師記す)

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