トップIDマガジンIDマガジン記事[113-03]【ブックレビュー】『Merging the Instructional Design Process with Learner‑Centered Theory: The Holistic 4D Model』Charles M. Reigeluth & Yunjo An 著 Routledge(2021)

[113-03]【ブックレビュー】『Merging the Instructional Design Process with Learner‑Centered Theory: The Holistic 4D Model』Charles M. Reigeluth & Yunjo An 著 Routledge(2021)

 通称「グリーンブック」と呼ばれるIDの理論とモデルの専門書の編者、チャールズ・M・ライゲルース氏の最新刊をご紹介します。本書は2021年に出版され、日本語訳書は未発行なため、今回は原書をレビューします。
 タイトルに”Merging” とありますが、学習者中心の理論にIDを「融合させる」とはどのようなことか、そもそもこれまでのIDプロセスと学習者中心とは分断していたというのか?とタイトルだけ見ても疑問がわいてきます。
 本書の中で筆者は、近年のテクノロジーの発展に伴う複雑な教育を取り巻く背景と新しいパラダイム (Reigeluth, 1999:2017)に呼応するIDの設計プロセスをモデル化した「ホリスティック4Dモデル」を提案しています。 学習者中心の教授設計を目指して、“Define” (分析と定義)“Design”(デザイン) “Develop”(開発) “Deploy” (実装) の4つDのプロセス全体を包括的に進める過程をモデル化したものです。このモデルは、IDの歴史的起源となった米軍において、空軍トレーニングプログラムの見直しとアップデートで生まれたIDが元となっているそうです。
 最初に著者は、ADDIEモデルをはじめ、既存のIDモデルのいくつかとその近代化への変遷を紹介しつつ、根底には、緻密な分析と設計に基づくIDの基本的アプローチは直線的で時間がかかるなどの問題があったと指摘しています。一方、「ホリスティック4Dモデル」は4つのDの過程で、それぞれ「分析」、「設計」、「評価」などを含むサブサイクルを回します。“Design”ではさらに、デザイン過程を3つにレベル分けし、それぞれのレベルでサブサイクルを回しながら、最初はざっくりと、デザインのレベルを進めるにつれ、具体化する過程がモデルにまとめられています。
 第2章ではIDプロセスの最初に行うパフォーマンス分析、ニーズアセスメント、計画などの方策が”Define”にまとめられています。
 次の”Design”は、本書の中で最も長く複数の章にまたがり、設計の最初のレベルでインストラクションの内容や方法などの全体像をラフ案としてまとめ、次に続くステップで具体化するプロセスで、全体の中の他の部分を念頭に入れながら設計を実現できると提案しています。学習内容の分類と呼応して設計する方策、学習者中心と教員中心の設計の対比、デザイン過程の適時分析の方策などを交えてステップごとの決定事項が解説されてます。デザインの最終レベルの具体的設計においては、学習者の必要なタイミングに応じた適時指導の方法を事例と共に提示しています。
 第9、10章はメディアやテクノロジーを活用したインストラクションの開発を”Develop”としてまとめ、形成的評価の具体的手法や注意事項をまとめています。
 最後に“Deploy”では、インストラクションの提供、サポート、管理の実際の運用を評価するためのアドバイスを提供しています。学習者中心のインストラクションのための本書の設計モデルは、直線から循環型へ、ウォーターフォール型から全体の中での複数のサイクルの反復への変更を提案しています。これまでの伝統的IDモデルの緻密な分析とそれに対応して当てはめていく整理のしやすさと比べると、具体的設計の方策も杓子定規ではなさそうだと思いました。それゆえ、適時分析や評価を随所に行ってフレキシブルに設計する必要があるのでしょう。
 本書では、デザイン過程で使用可能な「分析」、「設計」、「評価」内容を記入するテンプレートや、学習者アンケートの見本なども提示されており、ID実践者に役に立つリソースが盛り込まれています。一方で、それぞれの章に登場する事例がばらばらなドメインで独立した例で示されているため、参考にしてすぐに実行可能か、というと悩みそうです。一連の4Dのプロセスと具体的インストラクションの設計内容の一貫した設計の事例があると、私のような初心者にも使いやすそうです。ただ、この本はIDを学ぶ人のテキストとして使用することも視野に入れ、章ごとの学習活動やディスカッショントピックが提示されているため、事例のおねだりは種明かしになってしまう問題があるのかもしれません。また、著者自身も、「ホリスティック4Dモデル」の事例、実践の報告やID学習の現場の報告や提案などを募り、ウェブ上に公開することを目指しているとのことです。
 本書は9月の日本教育工学会のインストラクショナルデザインSIGの輪読会でも取り上げられました。
ID SIGウェブサイト https://sites.google.com/view/jset-sig-id 外部のサイトに移動します

Reigeluth, C. M. (Eds.). (1999). Instructional-design Theories and Models: A New Paradigm of Instructional Theory, Volume II. Lawrence Erlbaum Associates, Inc.

Reigeluth, C. M., Beatty, B. J. & Myers, R.D. (Eds.). (2017). Instructional-design Theories and Models: The Learner-centered Paradigm of Education Vol. IV. New York, NY: Routledge.

(熊本大学大学院教授システム学専攻同窓生 市村由起)

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