インストラクショナルデザインを学ぶ方の必読書である『学習者中心の教育を実現するインストラクショナルデザインの理論とモデル』のブックレビューが前号から始まっています。原著の装丁が緑色なので通称「グリーンブック4」とも呼ばれる本書の、今回は第4章をご紹介します。
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本章の最初の方に「ライゲルースは、工業時代の社会のニーズを満たすという目的のために、時間基盤型の教育システムが如何に適してきたかを述べています。それには、教育時間を固定化することで、パフォーマンス結果に差異が生じることを強いるシステムであり、学習者を工場労働者と管理者に分類するというニーズに合致していた。」という引用があります。つまり、今現在において、種々の学校で用いられている時間基盤型教育システムは、今よりもだい~ぶ前の、ある時代のニーズによって生まれてきたものである、と言ってるってことですね。それなら今は、今の時代にあった教育システムにするのが、今のニーズに合致するのでしょう。それが「個人に合わせたインストラクションの原理」ということになるのでしょうか?
ということで、読み進めます。本章の理論的基盤には、次の5つが挙げられています。構成主義(知識は主観的、個人的に構成される)、目的思考理論(ゴールを持っているべきで、そこに焦点を合わせれば他人との比較による要らぬ劣等感などを回避できる)、自己調整学習(ゴールを設定し、そこに至るプロセス・環境をモニタ・調整し、評価する)、自己決定理論(自分でやって、やり遂げてる感覚)、フロー理論です。耳なじんだ学習理論・心理学的フレームワークです。ここはこの本を通じて何度もでてきます。
で、この章のポイントは、個人に合わせたインストラクションの原理である5つの指針です。ここを紹介します。
1.個人に合わせた教育ゴール
「現代の画一的な教育システムで学んでいる多くの学習者のように自己調整スキルが限られている学習者にとっては、自分が学びたいことや学ぶ必要があること、あるいはなぜ学ばなければいけないかについての明確な見通しを欠いているのが最も一般的である。」いきなり激しく同意しました。なんとなくのレールがあって、それに沿って、なんとなく勉強していって、なんとなくそこを通過する、、、という教育のイメージが浮かびました。
したがって、インストラクションを個人に合わせるプロセスは、短期的、長期的な個人のゴールを引き出し、学習計画と達成記録を記録することから始まる、となります。「計画」と「記録」。この2つはセットですね。
興味深かったのは、「短期ゴールは、学習者がそれほどやる気になれない必須のコンピテンシー達成のための、一定の外発的動機づけにもなる。あまり魅力的でない課題をクリアした後でないと次の課題に進めないというような方法である。」のところです。長期的に立派なゴールを持っていても、それを達成するためには、あまりやる気になれない項目も含まれていることが多いです。わたしにも思い当たる節がありありです。そんなとき短期ゴールが役立つのですね。
2.個人に合わせた課題環境
課題選択については、学習者の興味や短期的なゴール(長期的なゴールと同調するもの)、それまでの学習(進捗と経路)に合わせるべき、とあります。選択肢が多すぎると、特に初学者には認知的過負荷になるとありました。自分で選ばせることが自律性を促すとしても、やりすぎには注意ということですね。「指導者と学習者の協働」「何がなんでもグループで行うという意味ではない」も響きました。協働して学習を作り上げるという環境づくりにはぜひチャレンジしたいと思いました。
3.個人に合わせた指導的足場かけ
指導者による足場かけだけでなく、ピアチューターによる足場かけと評価へ移譲することによって、形成的評価の頻度が上がるという例が紹介されていました。忙しい(人員削減の嵐が吹き荒れている?)教育現場に、とても有用なポイントだと感じました。また、コンピュータ支援の限界も考えておくべきというのも響きました。また、学習者にも足場かけの好みがあるというのもスッと入ってきました。対面がいい人も、コンピュータがいい人も、過去の事例を調べるという形を好む人もいる。いろいろ試してみたい人もいそうです。
4.個人に合わせたパフォーマンスと学びの評価
専門領域に特化した専門家を評価者にするだけでなく、より真正で複雑な課題を評価するためには、地域の力を借りたり、外部の専門家に依頼したりすることも必要になる、とのことです。最近の大学は地域へ進出(?)していますよね。地域の力で評価する事例、どういう状況なのかなあ、と思いました。学習成果の表現方法もさまざまなものがあるとして、レポート、芸術作品や制作物などもが挙げられていました。これはすんなり理解できました。もっと取り入れたいなあ、と思ったのは、「異なる型式で同じ能力を繰り返し表現することで、より詳細で正確な評価が実現できる。また異なる文脈への学習の転移を促進することができる」の部分です。表現方法にも好き嫌い、得意不得意があるので、必要性を感じました。この方法が「異なる文脈への学習の移転」を促進する点については、さらに調べてみたくなりました。
5.個人に合わせた省察
学習プロセスの省察については、組み込まれた頻繁な省察でうまくいく学習者もいるし、最後に一回するだけでうまくいく学習者もいるとのことです。個別の学習者が持っている自己調整レベルと過去の学習経験からわかるとありました。学習結果の省察については、学習者が自分で十分に把握できていない場合は、形成的フィードバックが重要とありました。
第4章は第1部「学習者中心の教育パラダイムの基本原理」の中の一章なので、それほど具体例があるわけではありませんが、読んでみると、もっと知りたいなあと思わせる部分が満載でした。
(熊本大学大学院教授システム学専攻同窓生、竹岡篤永)