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IDマガジン第92号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━2021年1月18日━━━
<Vol.0092> IDマガジン 第92号
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皆様、いつもIDマガジンのご愛読ありがとうございます。
年末年始を過ごした実感もあまりもてず、静かな年明けとなりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回も、どうぞ最後までお付き合いくださいませ。

今回のコンテンツメニューはこちら↓
《 Contents 》
1. 【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(85) :教育デザイン研究の翻訳本が出ます!
2.   GB4輪読シリーズ:第3章「課題中心型インストラクションの原理」(グレゴリー・M・フランコム)
3. 【報告】第48回まなばナイトレポート「コロナ禍でのLMS対応」と「Learning TechnologyとAI」
4. 【ご案内】第49回まなばナイト1/30(土)「コロナ禍での社会人学習はどうすればよいか」
5. 【イベント】その他、近々行われるイベントは?
★ 編集後記

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【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(85) :教育デザイン研究の翻訳本が出ます!
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その翻訳本は、Conducting Educational Design Research第二版の全訳である。ヒゲ講師は監訳者を務めた。例によって、各章を分担して訳してもらった原稿をヒゲ講師が真っ赤っかになることも構わず直した。翻訳担当者からは「それは違うのでは」という指摘もあり、やり取りの末に誕生する力作である(自分で言うのも何ですが、結構時間がかかるのです)。もちろん、原著は他人の力作。自分で書き下ろすよりは、これをわが国にも紹介しなければ、という思いに突き動かされることがある。その気持ちを抑えきれず、あるいはいつの間にかそのような流れの中に自分を発見し、またもや翻訳という難行苦行に取り組んでしまったのである。

せっかくですから、多くの方に読んでいただき、教育理論を教育実践に活かし、両方ともをより良くしようという二兎を追う一挙両得のデザイン研究(Design-based Research)の方法論を会得してもらえればと思っている。

原著の筆頭著者はオランダのトゥエンテ大学のスーザン・マッケーニ教授。2019年9月、名古屋国際会議場で開催された日本教育工学会全国大会(秋季大会)に基調講演者として招聘し、その際、全国大会直後に熊本大学教授システム学研究センター主催のワークショップを開催した。ワークショップでは、参加者がそれぞれの研究事例を持ち寄り、教育デザイン研究として成立させるための視点やプロセスを事例に即して伝授してもらった。同様の指導を様々な地域で様々な教育課題を抱える研究者や実践者を巻き込み行ってきた成果が本書でも事例として取り上げられている。また、それらの経験から共通点を抽出した知見が第3章で紹介されている教育デザイン研究の「一般モデル」である。実践現場と理論とを往還し、実践も理論もワンランク上のものにするという教育デザイン研究のアプローチが、このワークショップにおいても採用されていた。

この翻訳本は、その参加者が分担して翻訳したものである。全10章に訳者が9人だったので、一番短い最後の第10章はヒゲ講師が訳す羽目にもなった。思い起こせば、ひげ講師が自分に担当章を割り当てて翻訳に取り組んだのも久しぶりだった。

第二著者のトーマス・C・リーブス教授は、歯に衣着せぬ論客として著名な教育工学研究者である。世界中に招聘されており、国際会議などでよくお会いした。イラストたっぷりで(フリー素材を契約して使っていると明言していた)説得的な口調で繰り出す基調講演を聞くたびに、「伝統的な心理学のような統制群を置いて行う比較実験研究がいまだに教育工学の研究として発表され、論文として採録され続けているのは時代錯誤も甚だしい」と激怒していたことを今でも鮮明に思い出す。

彼が教鞭をとっていた米国ジョージア大学で2010年3月に開催されたカンファレンスに本書の訳者の一人が参加・発表し、この長老から直接の薫陶を受けた。その折に出会ったのが、サバティカルでジョージアに滞在していたスーザンだった。その10年後に、第二版となった本書の翻訳プロジェクトが実を結んだことになる。リーブス教授の日本招聘は実現できなかったが、彼が切り拓いてきた研究手法がわが国でも花を咲かせていくことを願っている。

今年度はいわゆるグリーンブックIVに引き続いて2冊の翻訳に取り組んでしまった(「しまった」とは失礼な!)。幸いにもコロナによる自宅軟禁状態が監訳作業を後押ししてくれた(「幸いにも」とは何たる言い草か!)。次はいよいよ書下ろしに着手しなければならない(それはもう聞き飽きた!)。有言実行を狙う宣言も何度目になるか、そろそろ狼少年のレッテルを張られてしまう危機感を覚えつつ、一つの節目を味わっている。

さて、仕切り直そう。

(ヒゲ講師記す)
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【ブックレビュー】GB4輪読シリーズ:第3章「課題中心型インストラクションの原理」(グレゴリー・M・フランコム)
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IDマガジン前号(第91号)から始まったGB4輪読シリーズ、今回は第3章を取り上げます。
(GB4って何?という方は、前号のブックレビューをご覧ください。)
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学校教育でのPBLの導入事例が増えています。教育の研究者であれば、PBLのPは”Project”と”Problem”のどちらなの?と気になるかもしれませんが、実際の学校現場ではその議論は十分されず、曖昧なまま導入が進むことも少なくありません。私はある研究者の方とPBLに関するディスカッションをした際、自分の理解にも曖昧さがかなり多いことに気づき、本章を読み進めてみることにしました。

本章では「課題中心型のインストラクション」の略語である、TCI(task-centered instruction)という言葉が頻繁に登場します。学習課題または問題中心型のモデルは、問題基盤型学習(PBL)、問題中心型学習(PCL)、発見学習(DL)…等々、さまざまな名前で長年にわたり提案されていますが(p66)、まず本章ではTCIと他の問題あるいは課題中心型学習モデルの違いを、認識論、目的、処方という点で比較することから試みています。本書p66-67をもとにその違いを以下に示してみます。

<TCI>
認識論:認知的情報処理論、成人教育学、運動学習、認知的徒弟制などに基づく教育学上の信念
目 的:効果的・効率的な学習とともに、現実的な文脈への知識の応用と転移を重視
処 方:メリルの5つの主要要素(学習課題・既有知識の活性化・例示/モデリング・応用・および統合/探究)をどう使うか。課題遂行を支援するための足場かけなど。

<他の問題あるいは課題中心型モデル(例:PBL)>
認識論:学びについての構成主義的見解
目 的:柔軟な知識、深い理解、問題解決スキル、自己主導(self-directed)学習スキル、効果的コラボレーション、自己主導的動機づけの発達に重点を置く
処 方:課題遂行を支援するためのサポートやガイダンス要素は、必ずしも含まない。

もう一つのポイントは、TCIもまた人によって意味するところや定義が異なる点です。本章ではPBLはTCIとの対比という点でTCIの定義には含めていませんが、編者注(p86)によると、第1章のTCIの定義ではPBLを含んでおり、著者の定義を理解しようとする努力の必要性が述べられています。これは文献レビューだけでなく、研究者・教育者との協働や議論の際にも同じことが言えそうです。

「Ⅲ.課題中心型のインストラクションの普遍的原理(p69-77)」では、メリルの5つの主要要素に沿ってTCIの処方的原理が説明され、「Ⅳ.課題中心型のインストラクションの状況依存的原理(p77-81)」では、学習状況に応じてどの原理が適用できるかの具体例が挙げられています。2つの節は見比べながら読み進めると、より理解しやすいと感じました。

ここでは学習課題を例に挙げてみます。学習課題は、学習者が学習後に直面する現実世界の課題を元に作られるべきとされていますが、簡単に実現できるわけではありません。p78では、生物学者が水サンプルを採取して分析することを模倣するよう設計された学習課題の例が紹介されています。近くの水域が利用できない、課外授業が不可能などで忠実度が低くなる場合、あらかじめ採取された水サンプルを受け取り教室で分析することが代替案で挙げられていますが、この方法は生物学者だと忠実度が低くても、例えば水質検査の会社であれば、逆に忠実度が高くなるかもしれないなと思いました。学校教育で現実世界の課題を再現するには時間的、物理的な制約は多いと思います。特に昨年はコロナの影響で、PBL授業の見合わせや学外活動を取りやめたという学校もあったと思いますが、それらをどう乗り越えて学習課題として据えるかを検討する際の参考にできそうです。

残りの4つの主要要素も、足場かけの方法や複雑な学習課題への工夫など、例とともに説明されています。ここで重要だと感じたことは、学習者の既有知識、前提知識の把握です。学習が始まった段階で学習に必要な既有知識のすべては把握できない可能性もありますが、課題遂行の停滞や学習者の様子から何か違和感に気づいたとき、すみやかに確認する手段を考えておくことが大事だなと思いました。

最後に実装上の問題(p81-84)では、TCIアプローチ実施で考慮すべき4つの課題(①学習課題の特定、②資源対学習者数、③学習の深さと広さ、④完全学習の確実化)が挙げられています。印象的だったのは「実世界の経験を提供しながらも、必要なすべての知識とスキルを網羅し、そして学習者のスキルレベルに一致させるような適切な学習課題を特定・設計することは、熟練したインストラクショナルデザイナーでさえ困難である(p81-82)」という一文です。私自身、授業の実践や設計支援をしていて思い悩む原因はここだったのかと気づきました。熟練者でも難しいのですから、私の場合、そこに至るまでの道のりはかなり長そうですが、4つの課題を常に意識しつつ、5つの主要要素をどう処方するかという枠組みで考えるという、一歩近づくためのヒントは得られたような気がします。

(熊本大学大学院教授システム学専攻 博士後期課程修了 石田百合子)
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【報告】第48回まなばナイトレポート「コロナ禍でのLMS対応」と「Learning TechnologyとAI」
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2020年12月のまなばナイトは喜多先生をメインスピーカー、長岡さんをインタビュアーに迎えて、参加者からの質問を元にした対談、ミニ講演とグループディスカッションを行ました。

第1部は「コロナ禍でのLMS対応」というテーマで、みなさまから事前に頂いた質問にお答え頂く形で進行しました。

以下のような質問を元に、質問者からの補足なども交え議論されました。
・管理者の立場として、ある意味今年はいろいろ大変だった面もあるので、教員や管理者の負担を軽減できるような機能や運用について聞いてみたい。
・4月からのフルオンラインの対応をされてきて、「これを最初にしておけばよかったな。」もしくは、「こういう機能があればいいのに」と感じた機能はありますか?
・どの大学も4月からオンライン授業がなされてきて、学生の学習データがかなり蓄積されていますが、そのデータを今後どう活かしていけばいいのか。
・多くのLMSは、非同期型オンライン教育向けに機能が準備されていると考えています。今期、同期型オンライン教育が多くの大学や企業で実践されましたが、現状LMSの 良いor理想の 使い所・使い方を教えてください。
・インフラ環境としてLMSが定着した感がありますが、コロナが落ち着いてからも多分その有用性から使われ続けると思います。その時に今後どのようなLMSの利活用が新たに考えられるでしょうか。
・コロナで急ぎ、ICTを導入しなければならない機関が増えているが、オープンソースのシステムを利用するメリットは何か?Google ClassroomやBlackboard等と比較した優位性は何か?一方、デメリットとしては何がありそうでしょうか?
・ICTを活用した授業に慣れていない教員はまず、何からICTを導入すれば良さそうか?喜多先生が学内でMoodleの活用を推進してきた中でとっつきやすい(受け入れてもらいやすい)ICTの活用は、どのようなものがあるでしょうか。
・4月にLMSを導入して、多くの教員がなんらかの形でLMSを使用しているが、近頃「なんでもかんでもLMS」「同期非同期おかまいなしにLMS」「集合対面授業しているのに出席確認はLMS」のような『LMS使ってみてます症候群』が発生しています。学生は混乱を極めている様子です。これはひとまず「使い始めだからよし、質はこれからだ」と寛大にしていようかな、と思っていますが、次のステップとしてはどのように介入したらよいでしょうか。

参加者のさまざまな体験と、そこから発せられる悩みがありありと出され、共感あり提案あり、なぜなんでしょうねと課題の背景を深堀したりと濃厚な議論が聞けました。喜多先生としては、出てきた課題には工夫し調査し対処しているが、これが誰の何の役に立つのか分からない。何に困っているのかきかせてもらえると、何かヒントが出せるかもしれないとおっしゃられ、あぁごもっともと感じました。

第2部はフレキシブルですのでと、時間を延長して質問の背景にある課題を、他の参加者からの意見もいただきながら議論していきました。第2部は喜多先生が取り組まれている「Learning TechnologyとAI」をお話して頂きました。
教授システム学専攻で来春より開講予定の新科目を準備されていて、AI、LA、ARの要素やこれまでの取り組み概説しながら、科目の構成に取り組まれていることをお話しいただきました。修了生としては、時々追加される科目のなかでも、科目履修があるならぜひ受講したいと思いました。

グループに分かれてのディスカッションでは、これらの話題提供も受け、日頃のおなやみや改善アイデアについての議論がされ、発表タイムでも熱のこもったトークが繰り広げられました。

遅れて参加となった鈴木専攻長からも、発表の様子から皆さん大変楽しまれた様子でよかったとコメントをいただきました。

今回はリアル会場とのハイブリッド開催を計画していましたが、首都圏の感染拡大状況にかんがみ、オンラインのみの開催となりました。またリアルに顔を合わせての開催ができることを楽しみにしつつ、次回以降もまたよろしくお願いします。

(熊本大学大学院教授システム学専攻同窓生 加地 正典)

○写真入りレポートは以下をご覧ください。
https://www.manabanight.com/info/manabanight48report
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【ご案内】第49回まなばナイト 1/30(土)「コロナ禍での社会人学習はどうすればよいか」
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東京はとうとう四桁になってしまいました。緊急事態宣言が発出され、今回もオンラインでの開催を予定しております。オンラインの良いところは、地理的制約がないことで、今年度の開催は各回、各地から多数の参加をいただいています。今回は、特定の話題提供者はおかず、参加者のみなさんがそれぞれにお持ちの悩みや考え、アイデアを話し合うワークをおこないます。

グループの発表と総合ディスカッションにも時間を多くとり、「話し足りない」を少なくしたいと思います。年度末に向け忙しくされていることと思いますが、息抜きガス抜きに是非ご参加ください。

-開催日時
2021年1月30日(土) 午後5時~午後7時半

-プログラム
--- セッション1 ---
グループディスカッション
(1)コロナ蔓延での環境の変化〜今困っていること〜
(2)私が考える解決策〜今やっていること〜
(3)グループでの気づき〜多職種で議論したからこそ見えたこと〜
--- セッション2 ---
総合ディスカッション
(4)インストラクショナルデザインでの改善策〜科学的理論での補強〜
--- クロージング ---
 熊本大学教授システム学研究センター センター長 鈴木克明教授

-参加費
 無料

詳細、申し込みフォームは下記ご確認ください。(先着90名)
 https://sites.google.com/a/manabanight.com/web/event/manabanight49

問い合わせ先:まなばナイト事務局  info @ manabanight.com
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【イベント】その他、近々行われるイベントは? 2021/1~2021/2
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2021年2月13日 (土)~2021年2月14日 (日)
情報処理学会「158回研究発表会」@電気通信大学+オンライン

★ 編集後記
年末年始は実家への帰省が叶わなかったため、初めて、自分の故郷のスーパーから地元食材をお取り寄せしてみました。今年はこれまでとは違った形で、故郷との繋がりや長らく会えていない友人とのコミュニケーションを模索してみたいなと思っているところです。今後も引き続きIDマガジンおよびIDポータルをご愛読いただけますと嬉しいです。
(第92号編集担当:石田百合子)

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編 集 編集長:鈴木 克明
ID マガジン編集委員:根本淳子・市川尚・高橋暁子・石田百合子・竹岡篤永・仲道雅輝・桑原千幸
発 行 熊本大学大学院社会文化科学研究科  教授システム学専攻同窓会
http://www.gsis.jp/
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本サイトは、JSPS科研費「教育設計基礎力養成環境の構築とデザイン原則の導出に関する統合的研究(23300305)」の助成を受け、研究開発を行いました。

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