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IDマガジン第5号

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  • ID マガジン第5号
  • 企業教育の変化と私達に求められているもの
  • 第1弾 インストラクショナルトランザクション理論(Instructional Transaction Theory)
  • 教育システム情報学会全国大会@香川大学 参加記録
  • 編集後記

IDマガジン第5号 はじめに
ID マガジンのご愛読ありがとうございます。

先日、「はじめてのインストラクショナルデザイン」(W. Dick, L. Carey, & J. O. Carey) の翻訳本が出版されました。この本の原書はThe Systematic Design of Instructionであり、私がID関連の洋書の中で初めて自分で購入したものです。とても新鮮な気持ちでこの翻訳本を手にしました。初心を忘れるなというメッセージだと解釈しています。

企業教育の変化と私達に求められているもの
今回IT関連の研修に携わっている矢部さんにお話を伺った。
近年、研修受講者の受講者傾向が、個々の科目(講座)単位から(短期間に)複数の異なる分野の科目(講座)を、という傾向が見えるという。例えば以下の様に、である。
[例: ネットワーク、PC、経営戦略、マーケティングなど ]
[ ネットワーク、システム開発、プロジェクト管理、経営戦略など ]
[ ビジネスモデル、プレゼンテーション、ロジカルシンキング、IT経営など]
これらの科目の対象者は、従来専門的なスキルの向上が期待されてきた人達である。加えて、「今まで複数の科目として提供してきたものを、相互の関連を含めて研修して欲しい」という要望もある。これは一体何を意味するのであろうか。

1989年、IT業界は「オープン化・ダウンサイジング」により大規模な構造改革を迫られた。この年、日本では同時に「バブルの崩壊」が発生する。1993年にはインターネットが商用利用に開放され(国内)、ネット市場が急激な勢いで進展したが、ベンチャーなどの新規参入などの影響で、IT業界全体の回復には至らなかった。

このような市場環境において、企業の人材の減少、原価低減のための教育コストの削減により人材育成に振り向ける費用も低迷が続いた。企業には、俗に3Kという言葉がある。勤労、経理、教育の3部署を指し、サポート部門として様々な原価削減策の先鋒にあげられる部署を言う。最初に削減されるコストの筆頭に「教育」が位置づいているのだ。

冒頭に述べたようなニーズの変化は、企業に残った少数精鋭のメンバによる企業活動の変化(技術が分かる営業へのニーズや、技術専門職が拡販営業活動を行うなど) に伴い、企業人個々に幅広いスキルが要求されるようになってきたことによるものと言える。

では、この変化に対応する教育には、何が障壁となっているのであろうか。矢部さんに二つの項目を挙げて頂いた。
第一に、教育者(インストラクタ)の教育。ビジネスの最前線で活動しているスタッフに対する教育の時間は、可能な限り効果的かつ短時間であることが望まれる。講師には幅広い技術知識を基に、企業が望む広範囲な内容の科目を相互に関連付けて一人で提供できるスキルが要求される。現状、それに対応できる講師はほとんどいないそうだ。確かに、インストラクションと幅広い専門分野の両技術を兼ね備えた人がそう簡単に見つかるだろうか。今後早期育成が急務であるが、現実には残念ながら進んでいない。

第2に、企画力不足。景気の低迷から脱却する気配が見えてくると、空洞化や人材の流出などの結果として、人材育成の必要性が急務として浮上し始める。「人財」の重要性に気づいたといえる。この「人財」の空洞化をすぐに埋めることは容易くない。従来型の人材育成方針では時間的にも、技術の幅という視点もカバーできない。

各企業は研修を提供する側やコンサルタントなどに問題を投げかけ、リクエストを出す。が、これらの障壁は直視されず、ただ「何とかして現状を打破したい」と切望する。

また、矢部さんは、各企業が持つ要求は、三つに大別できる問題からきていると考えているという。
ひとつは、どのステップでどの技術を身につけさせるべきかという、スキルマップの問題。二つ目は、結果をROIなどで評価するための客観的指標が必要という考えに基づく、スキルレベルの問題。そして三つ目が、育成コスト削減と即戦力化に寄与する仕組みづくりとしてのナレッジベースの問題である。

スキルマップの問題は人事評価制度とも絡むし、企業人としての育成のプランに不可欠である。しかし、目標達成のために、どの研修を、どの順に、どのレベルで提供するのか具現化できている企業はどれぐらいあるだろう。そこで、経済産業省が高度IT人材の能力を体系化・策定した IT技術者のキャリアフレームワークであるITスキル標準(ITSS)を作成した。現時点では、これがスタンダードとなりつつあり、それに沿う形での人材育成マップを作る方向が中心となっている。

スキルレベルの問題は、従来独立行政法人情報処理推進機構が進めてきた「情報処理技術者試験」が客観的な評価指標として活用されてきた。しかし、(元々推進母体である、所轄官庁が異なるという大きな問題があり)後発であるITSSとの整合性が取れていない面もある。今後、両者がどう融合化していくかが重要なポイントとなろう。

ナレッジベースの問題は、現実的な解として、ナレッジデータベースを構築し、皆で共有化するものを提供すればよい。しかしながら、スキルの無い人にとって有用な情報は得てして経験者にとっては当然のことであり、それをことさらデータベース化する、という動きとしての仕組みを作るのが困難であるのが実情である。

技術の進展は待ってくれるわけもなく、教育の形は大きく揺れ動く。特に最近では、「技術立国の日本」を現実のものとするための、「ものづくり技術」の必要性が大きく叫ばれている。どの企業もその重要性を認識しているが、では、「誰が何をどのように」という部分では研修を計画・提供する側も対応できていないのが現状である。専門家不足を感じる。

最後に、彼はこう語った。現在の企業教育においては、下記の必要性を満たすことが要求だと。
・「技術立国の日本」を支える技術者の必要性
・技術力のみでなくビジネス戦略などの広範囲なスキルの必要性
・スピードと変化にフレキシブルに即応できる技術者の必要性
・これらのスキルを短期育成する教育の仕組みの必要性

第1弾 インストラクショナルトランザクション理論(Instructional Transaction Theory)
岩手県立大学鈴木研究室では、ID理論に関する通称GreenBook(みどり本)と呼ばれる”Instructional-design theories and models.”のVolume2を輪読しています。今回はその中で筆者が担当した、Merrillのインストラクショナルトランザクション理論(以下、ITT)について紹介します。なお、ITTはMerrillのCDT(Component Display Theory)を発展した理論です(CDTはeラーニングファンダメンタルのテキスト「詳説インストラクショナルデザイン」の第8章コラムp.8-10に紹介されています)。

ITTの目的は、IDの自動化です。ドリルシェルのように、問題さえ作成すれば効果的な出題アルゴリズムを伴うドリルが構築されるのと同様に、教授内容(構成要素とその関係)を示した知識表現(データ)を指定すれば、ID理論(アルゴリズム)に基づいた学習環境が自動的に構築されるということを目指しています。つまり、ITTはシェル構築のための理論と捉えることができます。特筆すべきは、ID理論に基づくということであり、例えばIDの素養が無い内容の専門家でも、こういったツール(トランザクションシェル)があれば効果的な学習環境を構築できるということになります。ここで構築される学習環境は、学習者が個別に自由に探索できるシミュレーション環境を想定しており、原文には事例として「バルブをはめる・取り外す方法を学習する環境」が示されています。

ITTの主要なキーワードとしては、インストラクショナルトランザクションとナレッジオブジェクトの2つが挙げられます。なお、トランザクションシェルのアルゴリズム部分がインストラクショナルトランザクションに、データ部分がナレッジオブジェクトに対応しています。

インストラクショナルトランザクションは、この理論の最も核となる部分であり、「生徒が特定の知識やスキル(学習目標)を獲得するために必要な学習の相互作用のすべてのこと」と定義されています。トランザクションは、Merillによって計13分類が特定されており、このうちVolume2で取り上げているのは、「同定(Identify)」のトランザクション(部品の名前・場所・機能を覚える)、「実行(Execute)」のトランザクション(活動のステップを覚えて実行する)、「解釈(Interpret)」のトランザクション(プロセスの事象を覚え、原因を予測する)です。これら3つのトランザクションをまとめて構成要素(Component)のトランザクションと呼んでいます。各分類にはそれぞれに適した方略(提示・練習・ガイダンス)が提案され、例えば実行のトランザクションでは、レベル1が見るだけのデモンストレーション、レベル2は次に行うべきステップを提示していく、レベル3が次のステップを行えと指示するだけ、レベル4が自分でやってみるというような方略が示されています。

ナレッジオブジェクト(knowledge object)は、「異なる関連した知識要素のコンパートメント(スロット)で構成されたコンテナ」と定義される知識表現であり、トランザクションごとに必要とされるナレッジオブジェクトが提案されています。エンティティ、プロパティ、アクティビティ、プロセスの4種類のオブジェクトがあり、これらを組み合わせることで、学習環境の構造が表現されます。例えば電気のスイッチというエンティティ(物)には、オンとオフのプロパティ(属性)があり、電気を消すというアクティビティ(活動)で、スイッチのプロパティがオンならオフにというプロセス(処理)が発生します。

以上、ITTの概要を簡単に説明してきましたが、さらに詳しい内容は、鈴木研究室「輪読の輪」のページ(http://www.et.soft.iwate-pu.ac.jp/~core/)の「輪読の輪 第2弾 インストラクショナルデザイン 理論とモデル 2」の第17章の項目に筆者がITTについてまとめたものが載っておりますのでご覧下さい。なお、原文にあたってみたい場合は、Merrillのサイト(http://www.id2.usu.edu/)の「ID2」のページに原文がそのまま公開されております。

文献:
Merrill, M. D. (1999). Instructional Transaction Theory(ITT): Instructional Design Based on Knowledge Objects. In C.M. Reigeluth (Ed.), Instructional-Design Theories and Models Vol.II: A New Paradigm of Instructional Theory (pp.397-424;Chapter 17). Hillsdale,NJ:Lawrence Erlbaum Associates.

(岩手県立大学:市川尚)

教育システム情報学会全国大会@香川大学 参加記録
ヒゲ講師は、8月20-22日香川大学にいた。教育システム情報学会の第29回全国大会が開催された。大会初日にeラーニング技術特別委員会(委員長:小松秀圀副会長)主催のシンポジウムに例によって、コーディネータとして登壇した。また、関係者3名が研究発表した(例によって、ヒゲ講師は発表せずに、連名発表者)。この際だから、というわけで、1日早く高松入りして、四国を牛耳る電力会社の教育部門で働くO氏(eLF2003修了者)を訪ね、心地よい酒に酔いしれた(注:しっかりインタビューはした。その結果は、eLF続編で活かされる予定)。四国出張も滑り出し順調というわけで、初めてこの学会の全国大会に「まじめに」参加した。(注:昨年も同じようなシンポジウムが開催され、同じようにコーディネータで参加したが、その夜にヒゲ講師は当地を離れ、全国大会にまじめに出席したのは今年が初めてであった)。結果は、うーん、ちょっと待ってよ、だった。

うーん、ちょっと待ってよ、というのは、何か、といえば、学会発表の分かりにくさ、発表者のやる気のなさ(ヒゲ講師がそう感じただけかもしれない)、質疑応答の鋭くなさ。せっかく聞きに来ているんだから、もう少しいろいろ教えてよ、という感じの発表が結構多かった。大学人は発表が下手なのか、たまたま入った部屋が不運だったのか(並行セッションが何部屋もあって、どれを聞きにいくか選ぶのが大変)。

たまたま同じ時期に、同じ学会の学会誌編集委員会から編集後記なるものを頼まれていた(注:ヒゲ講師=編集委員)。ついつい、思ったことを素直に書いてしまった。これが読者の元に届いて、どういった反応が返ってくるのか(あるいは無視されるのか)、原稿を送ってしまったあとで、少し気にしている。人間誰しも敵を作るべきではないし、平穏無事が一番。しかし、ついつい口が滑って(筆が滑って)、余計なことを書いてしまうのです。ヒゲ講師がまだ「若気の至り」の歳だからか、それとも未熟が故か。あまり成熟して八方美人にはなりたくないし。なかなか難しいですね、世の中。

まだ学会誌に掲載されてもいない時期に、読者には先行してお届けします。これもばれたら問題になるかもしれませんが。

気の合う研究仲間で訳して、おまけに丁寧な解説までつけてしまって、さらに「原稿料は要らないから安く出してね」とお願いして出版した「教育工学を始めよう」(北大路書房、2002年)という本がある。研究の品質を上げるためにアメリカ教育工学会が無償でホームページで公開している文章だ。みんなこれを読んでから学会発表しましょうね、とまで筆が滑らなかったことがせめてもの救いかな。

そんなこんなで、ヒゲ講師の夏2004は終わりました。もう少しで後期が始まります。その前に、日本教育工学会全国大会@東工大です。ヒゲ講師は高松と同じ思いを抱くのでしょうか、乞うご期待(日程が許せば、ご自身で確かめてください)。初日の日韓合同セッションコーディネータをはじめ、毎日関係者の発表の連名発表者になります(またか!)。毎日、本ML関係者に出会って、美酒が飲めますように。

(ヒゲ講師記す)

------そのうち某学会誌に掲載予定(それまでは秘密です)-----

編集後記
本学会誌に掲載される論文は質量ともに毎年充実してきた感がある。編集委員をやりながら一度も本誌に投稿したことがない一研究者の実感として、そう思う。教育の実践に役立つ研究成果という視点で貫かれた授業実践、システム開発、あるいは基礎的研究の数々に接するのは、楽しい。それをどうすればもう少し読者に分かりやすく、研究成果をはっきりと伝えることができるか、あるいは何を付け加えるともっと良い論文になるのかなどを考えて、「採録の条件」や「参考意見」にまとめていく作業には、緊張感と充実感がある。査読の結果、掲載される論文が良いものになっているという実感が、編集作業の緊張感をねぎらい、編集委員としての充実感を支えている。

その一方で、今年初めて全日程を参加した全国大会で拝聴した研究発表の質の低さには驚いた。研究が何を目指したものであったのかが曖昧なもの、どんな手法で研究を進めたのかが伝わりにくいもの、結論として何が言いたいのか(何が分かったのか)が良く分からないもの。「このまま研究を進めれば、学会誌に投稿できますね」と言えるものの割合はどの程度であっただろうか。あまり多かったという印象は残っていない。数多い並行セッションがあったので、「セッション選択運」が悪かっただけかもしれないが。

海外の学会の年次大会では当たり前の口頭発表予稿に対する査読が日本の学会発表にはない。だからといって、学会発表と学会論文との間に存在する超えがたい溝の深さには、呆然と立ち尽くすしかないのだろうか。あるいは単に、その差は日本人(研究者)のプレゼンテーション技法の貧疎さに起因するものであり、研究の質が低いのではないと言える現象だったのだろうか。学会発表予稿の2ページに凝縮された研究の経緯を査読者の目でじっくりと読み直してみれば、その答えは出るのだろう。

学会発表の質を上げるためには、学会発表を学会誌投稿の一里塚として位置づけることである。学会発表で満足せず、いつかはこれをまとめて学会誌に投稿するぞ、と目標を定める。学会発表の質が向上するという成果とともに、投稿数の増加と掲載論文の更なる充実が、その結果として得られることを期待したい。

鈴木克明(岩手県立大学)

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