ID マガジン第16号
ID マガジンのご愛読ありがとうございます。
5月の連休、皆様はいかがお過ごしですか。こちらは、大物二人がご帰国されて、ちょっとほっとしているところです。というか、ここで一度体力を回復しておかないと次が持たないといったところでしょうか。第16号のIDマガジンは、先日熊本大学で行われたeラーニングセミナーでメリル先生とウェィジャー先生の素晴らしいご講演についての内容が中心です。セミナーに来たくても来られなかった方、必読です。
【報告】熊本大学 第14回eラーニング連続セミナー
メリル先生初来日&巨匠二人の登壇!(4月22日)
詳細は次にあります。
<第1部:The MORE Model of Faculty Development>
熊本大学第14回eラーニング連続セミナーのプログラムの最初はウェィジャー先生(Walter Wagerフロリダ州立大学名誉教授)の講演でした。
「The MORE model for Faculty Development and Instructional Improvement」の演題で(1)ファカルティ・デベロップメント(FD)について15の大学を調査した結果と、それぞれの大学の特徴的な取り組みをベスト・プラクティスとして紹介しました。また、(2)この調査で明らかになった持続的なファカルティ・デベロップメントの実施に必要な条件を表すモデルを提案しました。
(1)ファカルティ・デベロップメント調査結果
調査の対象とした大学は西部地区の(アリゾナ州立大学など)3校、中西部地区の(ウィスコンシン大学など)6校、南東部の(ジョージア大学など)3校、フロリダ州の(フロリダ大学など)3校、合計15校の大学を調査した結果を報告しました。
調査で質問した項目「インストラクションに最もインパクトがあるFDプログラムはどういうものですか」に対する回答から、それぞれの大学の取り組みを紹介して頂きました。例えば、アリゾナ州立大学では次のような取り組みがなされているとのことでした。
◆ 学習者中心の教育プログラム
教職員は学習者中心型のコースに改訂するために、給与のほかに月額1,000ドルの助成金を得ている。また、その改訂結果を報告書にまとめ、ほかの学部や助成金のスポンサーと共有できるようにしている。
◆ ルーキー・キャンプ
新人教職員は毎週2時間の講習会に6週間参加し、積極的学習(active learning)を促進するための技術、方略、考え方を習得している。15の大学のFDの取り組みを調査した結果を次のようにまとめていました。
◆ ある一つの大学のベスト・プラクティスが、そのまま自分の大学に適用できるわけではない。
◆ 多くのベスト・プラクティスは、実施している側の思い入れがある。つまり、実施している人は、成功させようとする気持ちが動機づけとなっている。
◆ ほとんどのベスト・プラクティスは指導と学習(teaching and learning)への影響の観点からの評価がなされていない。
◆ 多くの大学ではFDの会合の出席率は低い。学生にとって図書館がリソースであるように、FDセンターは教職員のリソース・センターである。教職員が指導方法について「これで十分」と感じているなら、これ以上のリソースを求めない。
◆ ベスト・プラクティスには次の四つの特徴を伴う:動機づけ(Motivation)、機会(Opportunity)、リソース(Resources)、評価(Evaluation)。
ウェィジャー先生が調査した15の大学の情報をまとめた報告書が公開されています:この報告書に、調査した15の大学の情報も記載されています。
http://mailer.fsu.edu/~wwager/sabreport.doc
(2)FDモデルの提案(MORE model)
ウェイジャー先生は、ファカルティ・デベロップメントを実践している大学調査の結果、持続的な変革の条件を表すモデル(MORE model)を提案しました。これらは、次の4つの条件でした。
動機づけ(Motivation): 教職員が効果的な指導ができるように改善につとめる動機づけ。すばらしい授業をした教職員に対する報奨金はあるが、その額も頻度も少なく、授業の質を高める動機づけにはなっていない。
機会(Opportunity): 指導方法を改善するために必要な機会。動機づけが高くても、教職員はあまりに忙しく、教材開発する時間がない。機会とは、教職員が指導方法を学ぶためのいかに時間をすごすかということである。
リソース(Resources): 動機づけが高く、機会も与えられていても、教職員は指導方法を改善するための支援を必要としている。リソースとは、指導方法の改善を支援するFDセンターのスタッフ、教材、機材などである。
評価(Evaluation): FDセンターという組織は高価なリソースであるのだから、その組織の貢献度を測る意味でも評価は必要である。また、学習の効果を測定し、効果のある指導を行ったかどうかを判断する必要がある。
最後の質疑ではウェイジャー先生がまず「100万ドルあると『動機づけ』『機会』『リソース』『評価』のどれに投入するか」という質問を投げかけ、フロアから意見を求めました。フロアからは「最も重要な『動機づけ』に投入する」「いや『機会』が大事だ」など意見がでました。また「100万ドルの半分を動機づけに投入し、残り半分を適当に分配する」など投入方法の観点からの意見もでて、活発な質疑となりました。
MORE model の報告書が公開されています:
持続的なファカルティ・デベロップメントのための4つの条件から着想を得たMORE modelが詳しく述べられています。
http://mailer.fsu.edu/~wwager/more%20model.doc
IDの第一人者ウェィジャー先生と直接話すことができてとても感激しました。
これからIDに関わる仕事に取り組む気持ちを新たにしています。
徳村朝昭(財)日本国際協力センター沖縄支所
<第2部:What Makes e3 (effective, efficient, engaging) Instruction?>
4/22に熊本大学で開催された2人の巨匠をお迎えした第14回ラーニング連続セミナーは,IDに携わるものにとっては,夢のような企画でした.ここでは,メリル先生の講演内容を(すべてとはいきませんが)報告します.
メリル先生は,米国ブリンガムヤング大学ハワイ校の教授であり,古くからID研究に大変貢献してこられた巨匠のお一人です.今回が初来日!で,5日間という短い滞在期間の中で,熊本のみのご講演ということでした.筆者はメリル先生の研究に以前から大変興味があり,このチャンスを逃すわけにはいかないと,岩手から熊本に駆けつけました.実際にお会いすると,とても大柄で(180cmくらいでしょうか),存在感のある方でした.
講演のタイトルは,"What Makes e3 (effective, efficient, engaging)Instruction?"であり,教育をより効果的で,効率的で,魅力ある(注:engagingは課題解決に実際に携わらせるという意味かもしれません)ものにするための方法として,課題中心(task-centered / problem-centered)のアプローチをとりあげていました.その中でも特に, ID第一原理(First Principles of Instruction)について詳しく紹介されました.ID第一原理は,IDマガジン第10号で紹介されておりますので,詳細は述べませんが,近年の構成主義的なIDモデルに共通の特徴を,課題中心(Task-centered),活性化(Activation),例示(Demonstration),応用(Application),統合(Integration)という5つの原理にまとめたものです.
また,課題中心の教授方略として,まず課題全体(最も単純なもの)を示し,その課題に必要なスキル等を教えて,実際に課題解決を例示し,次にもう少し複雑な新しい課題を提示して,前に学んだことを適用させ,追加で必要なスキル等を教え,例示するといったサイクルが(図で)示されました.これは従来の探索および発見的な問題解決型の学習と比べ,解決過程を例示することや,直接的に必要なスキルを教えるなど,より構造化された方略となっています.
単純から複雑へという考え方は,ライゲルースの精緻化理論(IDマガジン第6号で紹介)のSCM(Simplifying Conditions Method)を知っているとイメージしやすいかもしれません.
さらに,Pebble-in-the-Pondという,池に石を投げ入れることで波紋が広がる様子になぞらえたIDプロセスモデルも紹介されました.これは,池に投げ入れる石に相当する課題(問題)を最初に考え,そこから広がる波紋として,より複雑な課題の検討,それらの課題に必要なスキル等の検討,方略の検討・・・のように進めていくプロセスです.従来のIDプロセスモデルは学習目標の特定などを最初に行いますが,まず実世界で起こりうる課題(内容)を最初に考えることから始めるというところが特徴的です(content-first approach).
質疑はかなり長時間に及び,例えば基礎的な内容を学習させるために,ID第一原理(課題中心の教授方略)をどのように適用すればよいのかという問いに,どんな内容であっても,とにかく実世界の課題に落とし込む(例えば,学習者の人生との関わりで考えてみる等)ことが大切であると回答されていました.
講演後には,筆者が現在研究中の教授トランザクション理論(IDマガジン第5号で紹介)について,メリル先生に個別に質問に行き(鈴木先生に英語は助けて頂きながら),とても丁寧にお答え頂きました.メリル先生とのつながりもでき,研究に対するモチベーションもあがり,大変有意義なセミナー参加となりました.
なお,メリル先生のサイトには上記の内容も関連した論文が多数公開されています:http://cito.byuh.edu/merrill/
(岩手県立大学 市川尚)
<第3部:The Legacy of Robert M. Gagne:The founder of instructional design research community>
最後のセッションは、ウェイジャー先生とメリル先生が故ガニェ先生について語り、鈴木先生が聞き役という3人の登壇でした。ウェイジャー先生は同僚・職場の先輩としてのガニェ先生について、そしてメリル先生は、ガニェ先生を慕う一研究者の立場からそれぞれが抱くガニェ像について語ってくださいました。
ウェイジャー先生のお話は、私たちが絶対に経験することができないガニェ先生との交流の仕方ですので過去の話ですが新鮮でしたし、教員として共に活動する中でウェイジャー先生自身がガニェ先生から多く学んでいらっしゃることが伝わってきました。メリル先生とガニェ先生の関係は、どちらかというと私達とメリル先生のそれに通じるものがあって、ほとんどは論文や書籍を通してガニェ先生にお会いし、その研究成果に感動し、共感してきたそうです。1度だけ一緒に論文を書いたことがあるという思い出もお話しくださいました。メリル先生の論文を見れば、かなりの数のガニェ先生の論文が引用されているので、メリル先生にとってのガニェ先生の存在がどれだけ大きかったが分かります。
研究者同士が、お互いを認め合いそして、さらに良いものを作っていこうという姿勢が3人の会話から感じ取れました。
(根本 淳子)
【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(15) ~台湾で感じた息吹:フロリダ州立大学バンザイ!~
ゴールデンウィークの前半戦(といってもちょっと早めに)、恩師Wager教授に同伴して台湾を訪ねた。高雄市にある文藻外語学院(Wenzao Ursuline College of Languages)で行われた講演会に招待を受けたからだ。昨年秋、Wager教授は6週間にわたってこの学校に滞在し、ベルラボで長く研究生活をしていた蔡博士をセンター長に迎えて設立した教員研修センター(Center for Faculty Development)に客員教授として滞在し、セミナーなどをやっていたらしい。日本に来ているならば、その間にもう一度来て欲しいという依頼を受けたらしく、「Katsuも行くか」という話になり、単に同行するつもりで「行く」と答えたら「それならば講演もしてくれ、旅費はこちらで持つから」ということになってしまった。あれよ、あれよ、という間に仕事が増えたのだが、成り行きに任せることをモットーとしているヒゲ講師、これもまた致し方なし。
ということで、日本福祉大学でのWager講演を通訳し、近くの温泉でゆっくり一晩を過ごした翌日、中部セントレア空港から一路、台北へ。楽しみにしていた「台湾高鉄」(台湾版新幹線)に乗って高雄に着くと迎えの車。さすがVIP対応、と感心して一路学校に向かうと、何と、部屋にはずらっとVIPが並び、ブリーフィングだ、というじゃないですか。訳も分からないうちに「よろしく」ということで、次の日は午前中一杯、分刻みで各学科を見学し、午後からは先生5人、学生10人に続けてヒアリング。見学はWagerと一緒に回っていればよかったけど、ヒアリングはヒゲ講師1人で対応。要するにこれは、世に言う外部評価ではありませんか。台湾政府の競争的資金を受けて昨年度開始した教育改革がうまく行っているかどうかを評価して、レポートを作成する任務だったのです。あれま、講演を引き受けただけじゃなかったんですね。
それにしてもこの学校は勢いが良い。専門学校から短大、四年制併設と発展して来て、拡大路線進行中。台湾政府から7千万台湾ドル(日本円にしておよそ2億1千万円)の補助を受けて、Instructional Excellence Project(卓越教学興学習)に取り組んでいる。台湾の専門学校は高校生相当の年代からの5年制なので、キャンパスには制服を着た生徒と自由な服装の大学生が混在している。共学だけど語学系で、もともと女子高だったこともあり、男子はまばら。ビルをどんどん建てて、施設を充実する一方で、外国から客員講師を呼んで改革を進めていく。
何というか、元気を感じました。日本の競争的資金が教員を疲れさせているという実態とはちょっと感じが違ったかな。台湾でも大変です、と言いながら、結構エンジョイしている雰囲気があると思ったのは、単に隣の芝生現象でしょうか。外部評価の役目を終えた翌日は、国際シンポジウム。翻訳科の学生が同時通訳をプロ並みにこなすブースを背後に並べ、ビデオカメラの発言者自動追尾装置も備えた会場には、かなりの人数が集まっていた。それぞれの講演者に対してモデレータとレスポンデントを配置し、60分の講演に対して予め内容を把握してコメントを用意したレスポンデントが10分、会場からの質疑に20分が割り当てられる進行表。えー、結構いけてますね。日本じゃなかなかこんな具合には行かないなぁ(学会の全国大会でも・・・)。
一番手のWager講演は、FDのためのMOREモデル。熊大のeラーニング連続セミナーと同じ内容だから内職をしていたが、かいつまんで言えば、大学で教育改革をしようと思ったら4つの要素を抑えることが大事だ、という米国の大学訪問調査の結果たどり着いたモデル。MはMotivationでまず教員が自分の授業をより良くしようと思う気持ち。OはOpportunityで多忙な教員に教育改善のチャンスを与えること。RはResourcesで手助けになる専門性を提供すること。EはEvaluationで、成果を確認するための評価を実施すること。この4つを揃えるとうまく行きますよ、という話にレスポンデントが放った反論(というか台湾の事情説明)が一級品でした。その後のやりとりも刺激的で、おー、これは自分の番が心配・・・
二番手はカーネギーメロン大学の理事を勤めた経験があるというVIP(香港科学技術大学教授)の講演。教育改革を阻害する要因となっている(1)教育の効果を正確かつ妥当に測定することはできない、というおとぎ話と、(2)知識ではなく情意的な成果に向けて教えることは不可能、というおとぎ話を打破していく必要性とその方策が語られた。これまた超一流のスピーチだった。アメリカの一流大学で30年も揉まれて管理職にまでなった人の話術は並大抵ではないですね。結論はCAREモデルとしてまとめられた。コンピテンシーを明確に定義して(Competency)、複数のデータを用いてアセスメントを行い(Assessment)、証拠を精査して(Review)、そのプロセスと成果を高めていく(Enhancement)。教育か研究かという二分法ではなく、両方とも同じプロセスで証拠に基づいて進めるべきだ。教育改革も研究と同じようにエビデンスベースでやる。そのためにはScholarly teachingからScholarship of Teachingへの転換が必要だ。IDの専門家でもないのに何でここまで的確かつ説得的なんでしょ。こういう大学経営者の下で働きたいものだ、と思った。
午後のトップを切ってヒゲ講師の番。午前中の基調講演とは違って二部屋で同時並行だったので客数は減ったが、なかなか密度が濃い時間だった。中身は科研費(萌芽研究)で取り組んでいるeラーニング質保証のレイヤーモデル。もちろん事例としてうちの専攻の宣伝も忘れませんでしたよ。レスポンデントとしてコメントしてくれた台中教育大学の徐教授からは、早速自分の実践を点検するのに応用したら効果的だったというおほめの言葉と、このモデルに基づいた評価ツールが必要だという指摘。午前中の講演者のモデルには名前があったがヒゲ講師のはまだ無名なので何かいいアイディアがないか、と問いかけたところ、モデレータの輔仁大学林副学長からSAFEEモデルはどうか、との即答。うーん、参った。
ヒゲ講師の講演はモデレータが次のように締めくくった。教育の効果はそう短期間に現れるわけではないが、今日はWager教授の偉大さを改めて知る機会となった。教え子がこれだけ活躍しているのだから、と。そう締めくくった林副学長も、レスポンデントの徐教授も、そしてWagerを客員教授として招聘した蔡センター長も、Wager教授が育てた研究者(つまりフロリダ州立大学大学院教授システム学専攻で博士号を取得して帰国した者)。もちろんヒゲ講師自身も彼らの先輩にあたる20年前の教え子。まるで同窓会のようなシンポジウムが終わったときには、Wager教授夫人(かつての教え子)も含めて、記念写真におさまったとさ。めでたしめでたし。
(ヒゲ講師記す)
【イベント】近々行われるイベントは?
○2008/04/29(火)
E-Learn 2008@Las Vegas, Nevada プロポーザル提出締切
URI:http://www.aace.org/conf/eLearn/
○2008/5/15 (木)~16(金) 教育学習支援情報システム研究グループ(CMS研究会)
第8回研究会(名古屋) テーマ: 「キャンパス情報システムおよび一般」
URI:http://www.ulan.jp/sigcms/
○2008/5/17(土) JSET研究会 質的研究と教育工学@岩手大学
URI:http://www.jset.gr.jp/study-group/files/20080517.html
○2008/5/24(土) JAEMS研究会@金沢星陵大
URI:http://wwwsoc.nii.ac.jp/jaems/
○2008/6/21(土)JSETシンポジウム@東京工業大学
URI:http://www.jset.gr.jp/sympo/sympo_2008.html
★ 編集後記
ID マガジンのご愛読ありがとうございます。
5月の連休、皆様はいかがお過ごしですか。こちらは、大物二人がご帰国されて、ちょっとほっとしているところです。というか、ここで一度体力を回復しておかないと次が持たないといったところでしょうか。第16号のIDマガジンは、先日熊本大学で行われたeラーニングセミナーでメリル先生とウェィジャー先生の素晴らしいご講演についての内容が中心です。セミナーに来たくても来られなかった方、必読です。