ID マガジン第28号
ID マガジンのご愛読ありがとうございます。
新鮮な気持ちで4月を迎えた方も多いかと思います。所属先が移動になったり、新たなメンバーをプロジェクトに迎えたりするなど、すでに新しい出会いをされた方も多いはず。この時期はわくわくすることがたくさんあります。本マガジンも、いつもフレッシュな情報を発信して行きたいです。
今回のコンテンツメニューはこちら↓
《 Contents 》
1. 【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(28) ~エルサレムの銃声~
2. 【ブックレビュー】「江戸の教育力」
3. 【報告】教授システム学専攻大学院GP最終成果報告会・報告記
4. 【イベント】近々行われるイベントは?
★ 編集後記
【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(27) ~エルサレムの銃声~
ヒゲ講師は3月の年度末のクソ忙しいときに周囲の迷惑も顧みずイスラエルを旅していた。その目的はibstpiの理事会。年に3回集まって集中審議をして、今後の方向性を決めていく。前回(昨年の10月)はバンコク出張と重なって一部の時間のみ遠隔からのSKYPE参加であったが、今回はフルに現地参加をした。主たる話題の中身は、IDコンピテンシーの改訂作業に伴う最終調査とオンライン学習者コンピテンシー策定の最終調整作業。ヒゲ講師は両方とも日本語に翻訳して調査に協力します、などと安請け合いをしてしまい、また仕事を引き受けて帰国する羽目になった。読者各位にもそのうち「協力をお願いします・・・」ということになると思うのでその節はよろしくお願いします。
理事会の会場となったのは、首都テルアビブにあるThe Center for Academic
Studiesという名称の高等教育機関。できて間もない大学院で、社会人を主たる対象とし、夜間とインターネット展開を主軸に急成長を遂げているところ。真新しいキャンパスの一角にある2つの教室を占有し、幹部からの熱烈歓迎を受けながら、審議に没頭できた3日間だった。そこに所属の理事とヒゲ講師以外の現地参加理事は、新しく代表理事に就任したキャサリン・スリーザー女史を含めて7名全員がアメリカ合衆国からの参加。チリと日本からの2名はSKYPE参加という構成であった。
それにしてもこの団体の理事たちと過ごす時間はとても楽しい。皆が様々なバックグランドを持っているが、教育専門家の地位向上をミッションにして、コンピテンシーという切り口から英知を集めようと喧々諤々の議論を重ねる。一方で、議論が終わったあとの夕食では、最近の出来事や身の回りの変化を交換し、一人の研究者として、また教育者として、人間的な交わりを楽しむ。遠隔参加者は、昼間の議論には参加してそれなりの貢献をすることはできるが、最後の部分に参加することができないので、やっぱり現地参加したいと思わせる魅力がそこにはある、とつくづく思う。オンライン大学院でも、国際組織でも、たまには直接会って、一献することが大事なんですね(無理にそこに結びつけなくてもいいとは思うが・・・)。
アメリカからの参加が多かったイスラエルでの理事会。ヒゲ講師をはじめとして、イスラエル初めて組も多く、それぞれが前後での「社会見学」も楽しんだ。キリスト教徒やユダヤ教徒、そしてイスラム教徒にとって、エルサレムは特別の場所。ヒゲ講師も念願のエルサレム旧市街で1日を過ごすことができ、幸運にも「嘆きの壁」の地下構造部ツアーにも潜り込むことができた。世界史の舞台で何度となく登場し、現在の世界情勢にもとても重要な意味を持つこの都市の空気に触れてみたい。その兼ねてからの希望が叶ったことも、イスラエルからの理事を構成員としたibstpiの理事であることのありがたみ。イエスが十字架を背負って歩いたとされる道、お墓があるとされる聖墳墓教会、アルメニア人地区にある聖ヤコブ大聖堂などで祈りに満ちた人との時間を過ごした。「嘆きの壁」の内側にはかつてソロモンの神殿があったとされる「神殿の丘」がある。ガイドブックには「イスラム教徒以外はモロッコ門を通って入る」と書いてあったが、厳重に警備されて何人も入ることができない様子であった。
ムスリム地区を歩いているとそこで耳にしたのは、ユダヤ人地区の教会堂改築落成に絡んで緊張が高まった旧市街を警備する軍隊の放った銃声だった。近隣の店が騒動に巻き込まれたくないと急いでシャッター(木の扉)をバタバタと閉めたり、もみ合いの喧嘩を目撃したり、緊張感が走った。後で聞いたところあの銃声はホンモノではなくゴム弾だったらしいが、それでも10人が負傷したとの新聞記事を翌朝見た。同じ日にガザ地区では観光客が一人流れ弾で死亡したとのニュースも流れ、数日後に予定していたibstpi理事会プレ・バスツアーの行き先もエルサレムから北部の都市アッコーに変更された。たまたま昼食をとったエルサレム旧市街キリスト教徒地区のレストランに張ってあったステッカーの文字がとても印象に残る旅となった:Peace will come; why not now.
参考リンク:The International Board of Standards for Training, Performance
and Instruction
http://www.ibstpi.org
鈴木克明・根本 淳子・松葉 龍一(2007.9)「教授システム学専攻修了生コンピテンシーの外的妥当性」『日本教育工学会第23回講演論文集』915-916
http://www2.gsis.kumamoto-u.ac.jp/~idportal/wp-content/uploads/a70924.pdf
【ブックレビュー】「江戸の教育力」高橋 敏 (2007) ちくま新書
薩摩の生まれということもあり、私は幕末という時代が大好きだ。自室にも実家にも司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を全巻揃え、大河ドラマ『龍馬伝』はもちろん毎週観ている。ある日の放送で、香川照之演じる岩崎弥太郎が「寺子屋をやることにした」と宣言し、近所の子どもたちを集め始めた。果たして寺子屋とは、そんなに気軽に始められるものだったのだろうか?集まった子どもたちの年齢はバラバラのようだが、一人の教師で教えられるのか?こんな疑問から、本書を手に取った。
著者によれば、江戸時代の日本には6万余りの村があり、各村に1~2の寺子屋があった。寺子屋の語源は、中世の寺院が俗家の子どもを預かって「寺子」と呼んで教育したことにあるという。徳川家康の天下統一によって長い戦乱の世が終わり平和が訪れると、町づくり・村づくり、家づくりが行われ、「わが子をいかに育て家を継がせるか」に関心が集まった。そして19世紀に入ると教育熱が一気に高まり、寺子屋が全国に誕生した。寺子屋は私立で、許認可も必要なく、読み書きに自信があれば身分に関係なく誰もが開業できた。武家身分が株で売買され、百姓・町人であっても金さえあれば御家人や旗本にさえ立身することが可能だったというこの時代、民間の教育活動は自由にのびのび行うことができたのである(すなわち、ドラマでの弥太郎の突然の寺子屋開設もあながち脚色されたものではないということか)。
寺子屋での教育が「読み書き算用(そろばん)」に集約されるものだったことはよく知られている。では具体的にはどのような学習活動が行われていたかというと、なんと一斉授業形式を取らず、個々の筆子(生徒)の実情に合わせて師匠がカリキュラムを決め、手本を与える、というシステムだったそうだ。今風に言うとまさに習熟度別学習、入口と出口を見定めてのインストラクショナルデザインが行われていたと言えるのではないだろうか。さらに驚くことに、寺子屋は日本列島を隈なく網羅する情報ネットワークを持っており、教科書は全国共通のものと地域の特性を反映したものとを併用していたという。7歳から14歳までの8年間で13冊のテキストを履修する者もいた。
下に教材の一部を紹介する。
・ 初級
「名頭(ながしら)」人名を読めて書けるためのテキスト
「村名(むらな)」「郡名(こおりな)」生活圏の地名を覚えるためのテキスト
・ 中級
「年中行事」一年の暦のうつりかわりを学ぶテキスト
「五人組条目」身近なお触れをまとめたテキスト
・上級
「諸証文手形鏡」日常生活に不可欠な証文類をまとめたテキスト
「商売往来」読み書きと商品経済の専門知識を同時に学べるテキスト
いずれも学習者の日常に根ざしており、ARCS動機づけモデルで言うところのRelevance(関連性)が高いものであったことが伺える。
寺子屋では、しつけや礼儀を何より重んじ、それらを身につけた者だけが読み書きを学ぶ資格があるとしていた。江戸では「私塾・寺子屋番付」なるものまで作られ、寺子屋間でもかなり競争があったようだ。親たちはわが子を良い寺子屋に入れようと情報収集に余念がなかった。授業料は現在の価値にして年間数十万円と決して安くはないが、それだけの価値がある場所だったに違いない。
筆者は現在の日本の学校教育が抱える諸問題を解決するための薬が江戸時代にあるのではないかと述べている。来週からは、そんなことにも思いを巡らせながら幕末の志士たちの活躍を楽しむことにしよう。
(曽山 夏菜 熊本大学大学院教授システム学専攻博士後期課程2年)
【報告】教授システム学専攻大学院GP最終成果報告会・報告記
教授システム学専攻へのStory Centered Curriculum(SCC)導入に取り組んだ、熊本大学における小生の2年間が終わった。SCCとは、複数科目に共通する実践的応用場面のシナリオを想定し、並行履修する各科目をそれに関連付けることで、より高い実践力と理論的知識の血肉化を促そうとする統合的なカリキュラムである。
3/12(金)、本専攻が文科省の大学院教育改革支援プログラム(大学院GP)に採択されて、平成19年度から3年間取り組んだ「IT時代の教育イノベーター育成プログラム」に関する最終成果報告会が東京で行われた(参照:http://www.gsis.kumamoto-u.ac.jp/gp/)。このプロジェクトはSCCの導入を含む4つのサブ・プロジェクトから構成されており、3年間のうち、実際にSCCを運用する2年目からSCC専任の研究員として着任した小生が、この報告会のSCC部分の発表を担当した。前述のリンクから辿ることができる平成21年度の報告書内には、当日用いたスライドもあるので、興味がある方は参照されたい。
“eラーニングでeラーニング専門家を養成する”本専攻では、学習者を、eラーニングの開発・販売を行うMTM社なる企業に中途入社した新人社員と設定し、上司からの指示を受けながら、社内や関連企業と取引するなかで業務(=学習)を進めるというストーリーを展開した。このようなSCCを受講した学習者の反応は様々であった。業務の文脈で実践的に学べることが良いという意見もあれば、職を持つ社会人学生にとって、自職とストーリーとの乖離が大きいと、SCCは苦痛でしかないといったものもあった。また、1年後学期には、実存する学部科目へのブレンド型eラーニング導入を計画する「eラーニング実践演習I」があり、これが課題となった。学んだ知識やスキルを活用する絶好の機会になるため、我々は、本科目を1年後学期の背骨として考えたが、フィクションであるMTM社の世界と“リアル”を相手にする本科目、そして、基礎力養成が中心の他科目と統合演習的な本科目という、これらの関係性を調整するのが難しいのだ。運用1年目は、MTM社以外に別な文脈を併走させて対応したが、一部の学生に混乱が生じた。2年目は演習科目自体をストーリーとして位置づけてMTM社の文脈をトーンダウンさせる一方、他科目との関連性を意識させる課題を導入したが、ストーリー的ではなかったという反応も見られた。
報告会では、フロアから、そして、ご講評をお願いした日本イーラーニングコンソシアムの小松秀圀会長や同志社大学の山田礼子先生からも貴重なご意見を頂戴した。特に指摘を受けたのが、ストーリーに馴染めない人への対応である。前述の通り、学習者からも意見があった点であり、今後検討を深めるべき課題と考えられる。また、特に小松会長からは、ソーシャルメディアやポータブルメディアをより効果的に使うこと、過去の学習者の学習成果や形成的評価の結果を取り込んで常に内容を変化させること、そして、実用化に向けたプラットフォーム開発を進めることなど、示唆に富むご提案を戴いた。
デザインの過程とは、ポリシーの実現に向けた試行錯誤を常に伴う。SCCは、上記の諸課題を抱えながらも、鈴木専攻長のご決断を受けてこの春から“統合型カリキュラム設計演習”という科目群に生まれ変わり継続される。この様なSCCの土台づくりに参画できたことを誇りに思うとともに、この挑戦的改革が更なる成果を挙げることを祈ってやまない。
(元 熊本大学院教授システム学専攻 特定事業研究員:小山田 誠)
【イベント】近々行われるイベントは?
○2010/05/15(土)
日本教育工学会研究会「情報モラル教育・ネットいじめ対策/一般」@北海道教育大学旭川校
URI:http://www.jset.gr.jp/study-group/files/20100515.html
○2010/05/28(金)
教育システム情報学会2010年度第1回研究会:eラーニング環境のデザインとHRD(Human Resource Development)/一般@明治大学
URI:http://www.jsise.org/studygroupcommittee/2010/2010-01cfp.html
○2010/05/29(土)
日本教育メディア学会平成22年度第1回研究会「情報社会におけるメディア・リテラシー教育」@武蔵大学
@キャンパス・イノベーションセンター東京
URI:http://jaems.jp/
○2010/06/19(土)
日本教育工学会第26回通常総会及びシンポジウム@聖心女子大学
URI:http://www.jset.gr.jp/sympo/index.html
★ 編集後記
3月末に久しぶりにアメリカに行きました。小さな学会でしたが、だからこそじっくりと学ぶことができました。何かを知りたいと思う同士が集まると、そこはすばらしい学び場になります。今回は一人で参加したのですが、知り合った方と食事をしたり、休憩時間に話をしたりすることで、自分の理解の甘さを確認したり、理解の正確さを確認したり、そして、新たな視点を得たりすることができました。リフレクションって大事だと、再認識した時間でした。
今後ともIDマガジンをご愛読お願いします。よろしければ、お知り合いの方に、
Webからの登録をお勧めしてくださいませ。
また、皆さまの活動をこのIDマガジンに載せてみませんか?
ご意見・ご感想・叱咤激励など常時お待ちしております!
【 mail to: idportalあっとml.gsis.kumamoto-u.ac.jp】