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IDマガジン第36号

ID マガジン第36号

IDマガジンのご愛読ありがとうございます。
本年もIDマガジンをご愛顧いただきますようお願いいたします。

年明け早々、米国視察に鈴木先生たちと一緒に参加させていただいたおかげですっかりお正月気分は抜けた(というかなかった)のですが、戻ってきたら、いつの間にか1月も二分の一が過ぎてしまう勢いで少し焦っております。余談はさておき。

今回のコンテンツメニューはこちら↓
《 Contents 》
1. 【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(32)
~季節外れのフロリダ:デイトナ州立大学訪問~
2. 【特集】パフォーマンス・コンサルティング(2)パフォーマンス・コンサルティングとIDの共通点・相違点
3. 【ブックレビュー】おとなの学びを拓く:
Working with adult learning Patricia Cranton
4. 【イベント】近々行われるイベントは?
★ 編集後記

ヒゲ講師のID活動日誌(32) ~季節外れのフロリダ:デイトナ州立大学訪問~

ヒゲ講師は、2011年1月4日米国フロリダ州にあるデイトナ州立大学(Daytona State College)にいた。アカデミック支援センターを視察するためである。改築したばかりの3階建のビル入口脇のコーヒーショップを通ると、そこには220台のパソコンが設置されたセンターがあった。学期が始まる前ということもあり、センター長のキャンベル博士以下、十数名のスタッフの出迎えを受け、1日かけて見学させてもらった。ただ広々として自由に机の配置が可能なセンターの入口には学生が来室時に利用登録するキオスクが6台、数台のパソコンが島型に配置されている学習スペースやパソコンが置いていない丸いテーブル、20人ほどが一斉に学習できるコーナーなどが見渡せた。奥には10人ぐらい入れる小部屋が5つあった。

学期が始まると、センターは学生で溢れ、座る席もないような状態が続くという。何か分からないことがある場合、手を挙げるとすぐに助けに来てくれる学習アシスタントやチューターが常駐し、学生を支援する。勉強をするには居心地の良い空間だ。この部屋は主に数学系の支援をする場所で、同じビルの2階と3階には数学の授業が行われる教室がある。そのため、とくに授業後には列をなして入室してくるという。この部屋の他にも語学系の支援を行う部屋が、図書館の1階に100台ほどのパソコンを備えたセンター別室として配置されている。ここ数年の間に規模も大きく拡充し、施設も増えた、という。

大学のユニバーサル化が進むアメリカでは、学生支援センター、学生センター、アカデミックセンターなどの呼称で、授業外に学習を手助けする活動が各大学で組織化されている。我が国の大学における教育方法の改善の切り口として、授業改善を主たるターゲットとするファカルティデベロップメント(FD)の他に何があるだろうか。科研費の研究班でこのことを議論して行きついたのが学生支援センター活動の組織化であった。今回の視察は、昨年の10月に引き続いて2度目になる。前回のは、大学学習センター学会(NCLCA)の全国大会を視察した。そこで2007年度に優秀センターとして同学会から表彰された大学がその後どう発展したかをぜひ見てみよう、ということで今回、フロリダ州の2つの大学を訪れることにした。

この大学は、長く短大として存在してきたが、近年、少しずつ4年制の課程を増やしている学生数1万7千人(うちフルタイム55%)規模の州立大学である。
いわゆる18歳人口の他にも、30-50代の学び直しのニーズにも答えるために、多様なカリキュラムを提供してきた。いきよい学生の準備状況に格差があり、学習を支援する機能の充実が図られてきたという。各種の資金的支援を受けながらも、大学独自の予算も充てて、センター活動を発展進化させてきた。この大学ほど大学全体の教育機能の中核を担う役割が期待され、またそれに答えているとの印象を持ったのは初めてだった。スタッフの一人は、「このセンターがなくなったら中退率も上がるでしょうし、学生は学業に成功せずに大学を去っていくことになる。投資効果に見合う以上の成果を上げてきた」と誇らしげに語ってくれた。

なるほど、成功を支えてきたいろいろな仕掛けがあることが分かった。数学は入学時にプレースメントテストを受けて実力を判定され、大学レベルに未達成と判定された者は卒業単位にならない基礎科目の受講が義務づけられる。その科目の成績のうち20%はセンターでの演習で評価されるため、毎学期1000人もの学生が基礎科目の単位をとるためにセンターを利用するという。基礎科目が終わったら大学レベルの数学に進むことができるようになるが、そこでも成績の10%がセンターでの演習で評価される。これならば、学生は来ますわな・・・。

学生を助けることを生甲斐にしているとてもフレンドリーな専任職員を学習アシスタントとして常駐させている(数学系6名でシフト制勤務)。彼らの監督下で、近隣の大学院生や退職高校教諭などのプロのチューターやすでに当該科目の単位を修得して科目担当教員から推薦を受けた上級生(ピアチューター)もいる。答えを教えないように、でも学び方をしっかり示してあげるように仕込まれた支援者がいる。成績にカウントされるという強制力から利用し始めた学生も、これは便利だと思って利用し続けるような仕組みになっていますね。

さらに、授業担当教員もセンターに顔を出して質問に答えることも多いという。教員のノルマとなっている週10時間のオフィスアワーの一部に充当できるという制度に支えられて(学科によってはそのうち週5時間はセンターでチュータリングすることを義務づけている)、教員にとってもセンターの存在が認知されている。ある学科長は、「学生と二人称の関係が構築できるので、授業もやりやすくなるんだ」と話してくれた。講義しているだけでは見えてこない学生の苦労に接する機会として貴重なんだろうな。きっと講義にもいい影響を与えるはずだ、と思った。

昼食には学長も顔を出してくれ、家庭的な雰囲気で歓待を受けた心地よい思い出とたくさんの収穫とともに、一行は季節外れのデイトナ海岸を後にした。もう一つの大学訪問については、次回のIDマガジンにてお知らせしたい。

(参考)デイトナ州立大学アカデミック支援センター
http://www.daytonastate.edu/asc/

(ヒゲ講師記す)

【特集】パフォーマンス・コンサルティング(2)パフォーマンス・コンサルティングとIDの共通点・相違点

前回はパフォーマンス・コンサルティング(以下PC)の定義をみました。そして、源流には、HPT、ISD、IDがあると述べました。今回はPCとIDの共通点・相違点をみていきましょう。HPTについては、回を変え、別途ふれようと思います。

まず共通点ですが、PCは基本的にADDIEに則っています。PCのプロセスは、1)エントリー(パフォーマンス改善プロジェクトの確立)フェーズ、2)現状分析フェーズ、3)ソリューション実行フェーズ、4)効果測定フェーズの4フェーズで構成されています(参照『パフォーマンス・コンサルティングⅡ』2010年)。この2)~4)のフェーズはADDIEとほぼ同じです。

余談ですが、Performance Consulting,1995(拙訳『パフォーマンス・コンサルティング』2007年)の序章・9章では、Robert MagerのAnalyzeの考え方(Analyzing Performance Problems, 1970)が引用されており、ISDが根底に流れていることがわかります。

次に、相違点です。PCはADDIEのプロセスを踏むとはいえ、その中身が異なります。違いはいくつかありますが、ここでは主なもの5つをとりあげます。わかりやすくするために極端に述べますので、ご容赦ください。

第一に、焦点です。PCは事業目標の達成に役立つパフォーマンス(従業員の実務行動)を促すこと、その結果、事業成果(業績)を高めることに焦点があります。
この意味において、カークパトリックの4レベルで言えば、PCは最初から3レベル以上をねらっていると言えます。

第二に、分析(Analyze)の視点です。PCでは知識・スキル・態度(KSA)以外に、組織の外部要因(景気、規制、顧客の期待など)、職場環境要因(上司の期待、コーチング、インセンティブ、仕事の進め方など)も視野に入れて分析します。
というのは、パフォーマンス(従業員の実務行動)が低いという原因は、従業員個人のKSAだけでなく、これらの複数の要因にあると考える(HPTの視点)からです。中でも、前号の例で述べたような上司の指導や役割のあいまいさなど、職場環境の影響を重視しています。

第三に、ニーズ把握の考え方です。PCでは学習ニーズを把握するだけでなく、次の4つのニーズを把握します。それは、1)事業ニーズ(目指す事業目標、現状のギャップ)、2)パフォーマンスニーズ(事業目標の達成にカギとなる従業員の実務行動、現状のギャップ)、3)職場環境ニーズ(事業目標達成のカギとなるパフォーマンスの発揮を阻害・促進している組織内の要因)、4)能力ニーズ(事業目標達成のカギとなるパフォーマンスの発揮を阻害・促進している知識・スキル・特性)です。事業ニーズとパフォーマンスニーズはソリューションを実行する目的であり、常に一義的に考えます。

第四に、ソリューションです。PCでは、上記のような視点で設計・開発するため、学習施策はソリューションのひとつだと考えます。というのは、先にも述べたように、望ましいパフォーマンスを妨げている原因はKSAだけでなく、職場環境(上司のコーチング不足、業務区分があいまいなど)にもあるからです。したがって、従業員の研修だけでは問題が解決しないため、職場にかかわる施策も実施します。
平たく言えば、合わせ技で問題を解決するという考え方です。

第五に、パフォーマンス・コンサルタントの役割です。IDerはインストラクションの開発を自分で行いますが、パフォーマンス・コンサルタントはすべてのソリューション開発を自分で行うわけでありません。というのは、ソリューションが評価制度やインセンティブ、採用、ワークフローの見直しなど多岐にわたるため、それらすべてを自分で設計・開発するのは現実的に難しいからです。したがって、どちらかといえば、パフォーマンス改善プロジェクトの監督者的な立場になるというわけです。

次号では、PCの特徴を示す代表的なモデルについてふれていこうと思います。

(株式会社ヒューマンパフォーマンス 鹿野尚登)
http://www.human-performance.co.jp
■パフォーマンス・コンサルティング・ワークショップ:
http://www.human-performance.co.jp/article/13478992.html

【ブックレビュー】おとなの学びを拓く:Working with adult learning Patricia Cranton

二冊の本との出会い:「おとなの学びを拓く」と「おとなの学びを創る」
本年のJSET全国区大会にて発表したポスターセッションに、函館みらい大学の美馬先生が来られて、ディスカッションしたことがきっかけとなりました。
このディスカッションの中で、「小職の発表に記載される成人教育とは、どの成人教育を指すのか?」という問に対して、「マルコム・ノールズの示したものを指す」という回答をしました。これに対して、「ノールズ以降の成人教育の理論に触れない理由は何か」という突っ込んだ質問を頂戴し、その回答としてここに紹介する2冊の本が参考になるという提案を頂いた次第です。
では、これらの2冊の本の紹介ですが、今回は第1冊目の「大人の学習を拓く」について紹介します。「大人の学びを創る」は次回のIDマガジンで紹介することにします。

【大人の学習を拓く】の目的と所感
本書の目的として筆者が以下のように述べています。
(本書の「まえがき」より抜粋)
「おとなの学習者とともに学習に取り組んでいる教育者に、理論的な背景を含んだ実践的な情報を提供する。成人教育の複雑さや成人教育を支える理論的わく組みに対して自覚的になることを促進しようとするものです。また実践者のために、その複雑さを有益な情報へと翻案することも本書の意図するところです。このようなプロセスを通じて教育者が自分たちの取り組みを振り返り、納得のできる実践の理論をみずから作り出していくことができるようになれば幸いです。」

<このまえがきを読み感じたこと>
成人学習に関する理論の全体像が理解できそう。お得かも。
実践手法が書かれているのか?ハウツー本なのか?→小職の研究に直結する?

【この本を読んで感じたこと】
本書の目的とした、「おとなの学習者とともに学習に取り組んでいる教育者に、理論的な背景を含んだ実践的な情報を提供する。」が貫かれて記載されているということでした。成人教育の理論と実践という視点で感じたことは、成人教育理論と実践は、まだまだ研究対象がたくさんある領域であるということ。また、日本だけでなく、欧米の各国でも成人教育を実際に実践して成功している事例も多くなく、理論と実践との間に大きな隔たりが存在していそうだということでした。

(早川勝夫 熊本大学大学院教授システム学専攻博士後期課程1年)

【イベント】近々行われるイベントは?

○2011/1/28(金)
第19回 SEA新春教育フォーラム2011-社会的障害への教育の
チャレンジ-@キャンパス・イノベーションセンター東京
URI:http://sea.jp/SIGEDU/forum.htm

○2011/1/29(土)
教育システム情報学会2010年度第5回研究会:新技術の開発と
活用による新しい教育・学習環境/一般@長岡技術科学大学
URI:http://www.jsise.org/

○2011/2/19(土)~2/20(日)
日本教育工学会2010年 冬の合宿研究会@チサンホテル札幌
URI:http://www.jset.gr.jp/study2/20110219.html

○2011/03/03(土)~03/04(土)
第3回 日本医療教授システム学会総会@学術総合センター(東京)
URI:http://www.asas.or.jp/jsish/index.html

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本サイトは、JSPS科研費「教育設計基礎力養成環境の構築とデザイン原則の導出に関する統合的研究(23300305)」の助成を受け、研究開発を行いました。

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