トップメールマガジンIDマガジン第37号

IDマガジン第37号

春が近づいてきている感じが徐々に増すここ数日。みなさんは、いかがお過ごしでしょうか。私は、年末に十分に掃除できなかった作業場で、いろんなことを想像しながら、4月に教授システム学専攻に入学されてくるみなさんを迎え入れる準備をしています。

今回のコンテンツメニューはこちら↓
《 Contents 》
1. 【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(33)
~季節外れのフロリダ訪問記2:TCCのラーニングコモンズ~
2. 【特集】パフォーマンス・コンサルティング(3)パフォーマンス・コンサルティングの主要モデル
3. 【キャリアレポート】GSIS2期卒業生 石川久吉(ヒサヨシ)の最近の生活
4. 【イベント】近々行われるイベントは?
★ 編集後記

【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(32) ~季節外れのフロリダ訪問記2:TCCのラーニングコモンズ~

もう一つの訪問先タラハッシコミュニティカレッジ(TCC)は、フロリダ州の州都にある州立の短大である。2008年にそれまで学内に点在していた学習支援の組織を全学生対象のラーニングコモンズとしてまとめて一本化した。その結果、図書館司書との協力関係が構築され、教員との連携も密になり、オープンアクセスPCを中心に熱気にあふれた学習活動の場が提供できるようになったという。

TCCのラーニングコモンズは、学生数1万5千人規模の短大で、学期の最初の5週間で9000人が利用する施設となった。異なるニーズの学生に対して効率的に仕分けする「分化型支援実施モデル」を考案・採用し、訪問者のニーズに合わせた支援体制を確立した。つまり、自学のための資料がどこにあるかを教えるだけの支援、10分程度で学習の開始方法を指南するだけの支援、そして、さらに長時間の継続的支援が必要な者の3区分でまずは診断し、効率的に多くの学生を扱っている。利用者数の拡大に留まらず、利用学生に学業成績向上の実績を残すことにも成功している。発表者のもとに27人の専任教職員を抱え、ラーニングコモンズ関係者はその中で15人を占めるという。前回の米国訪問でそういう学会発表を聞いてから、是非一度実地見分してみたいと思っていた大学であった。

TCCのラーニングコモンズは、図書館と同じ建物の一部を改築してつくられていた。1階は数学系の自習室で、180人収容可能な広々とした部屋にPCがある机とPCがない丸机が配置されていた。統計・代数・テクノロジーなどに色分けされたコーナーに資料や教科書が置かれていた。学生はPC上の利用者管理システムで何をしに来たかを登録し、そのままPCを使ったり、チューターや支援専門家に相談をしたりしていた。自習室の周囲には、PCが置かれた教室やグループワークや個別チュータリングに使う小部屋があり、図書館の「静粛ゾーン」につながっていた。2階は語学系の自習室で1階と同じような配置であった。2階からつながる図書館には論文執筆の支援コーナーがあり、予約制で1回30分の個別指導が受けられる。その奥には図書館のレファレンスデスクがあり、両方を往復できるように配置されていた。

ラーニングコモンズは、「図書館機能、情報技術、その他のアカデミックサポートサービスを統合したもの」とマクマランによるOECD報告書(2008)では定義されている。次の9つの構成要素があるという。(1)コンピュータ・ワークステーション・クラスタ、(2)サービスデスク、(3)協同学習スペース、(4)プレゼンテーション支援センター、(5)FDのためのインストラクショナル・テクノロジーセンター、(6)電子教室、(7)ライティングセンターなどのアカデミックサポート部門、(8)ミーティング、セミナー、パーティ、プログラム、文化活動向けのスペース、(9)カフェおよびラウンジエリア。なるほど、TCCのラーニングコモンズには、全部揃っていた。河西(2010)によれば、ラーニングコモンズの特徴的概念の3本柱は、(1)図書館メディアを活用した自律的な学習の支援、(2)情報リテラシー教育とアカデミックスキルの育成、(3)協同的な学びの促進、であるという。なるほど、よく考えられている施設だなぁ、と思った。

授業以外の学習環境を構築するために学生から徴収する学費を使ってもいいんだ。
この考え方を持てたのがブレークスルーだったと副学長が語ってくれた。ラーニングコモンズの構想は2年間かけて担当部局が練りに練った案を大学当局がゴーサインを出したことで実現した。年間1億円規模の運転資金を投じているが、これはすべて学生を支援するものであり、多様なニーズを持つ学生の授業外の学習を支える重要な柱であると位置づけられている。学習支援専門スタッフを配置し、それを束ねるコーディネータを1階と2階に1人ずつ置き、関係部局との調整を図っている。一方、教員がラーニングコモンズに足を向けて、そこでのオフィスアワーやチュータリングを積極的に行うように支援する措置も抜かりない(教員のノルマの一部に充てるなど)。ラーニングコモンズで提供している支援を知り、また学生が単に怠け癖があるのではなくどこでつまずいているかに触れる機会を持つことで、教員の授業づくりにも良い影響を与えているという。これは立派なFD活動になっていると実感した。

(参考文献)
河西由美子(2010)「自律と協同の学びを支える図書館(Part 4)」山内祐平(編)「学びの空間が大学を変える」ボイックス、101-127

注:この日誌は、日本私立大学協会発行の「教育学術新聞」平成23年1月19日と28日号(第2428・2429号)に掲載された拙稿の一部を再掲したものです。

「教育学術新聞」のバックナンバーはWebサイトから閲覧可能です
(教育学術オンラインhttp://www.shidaikyo.or.jp/newspaper/online/)。

特集連載記事「インストラクショナルデザイン―学士課程教育構築の方法論になるか」もまだでしたら是非、読んでくださいね(ヒゲ講師は②③終を書きました)。
http://www.shidaikyo.or.jp/newspaper/online/rensai/instr_2.html

(ヒゲ講師記す)

【特集】パフォーマンス・コンサルティング(3)パフォーマンス・コンサルティングの主要モデル

今回はパフォーマンス・コンサルティング(以下PC)の主要モデルをみていきましょう。PCのモデルはいくつかありますが、代表的なものは、ニーズの階層構造、ギャップ解消モデル、GAPS!マップの3つです。ここではこの3つのモデルの概要、活用する場面、メリットについて述べようと思います。とはいえ、本来は図解すべきものなので、以下の説明ではイメージしづらいところがあると思います。合わせて、拙訳『パフォーマンス・コンサルティングⅡ』2010年をご参照いただけますと幸いです。

モデル1:ニーズの階層構造
これはクライアント(経営幹部)のニーズを把握するときに使います。
具体的には、クライアント(経営幹部)のニーズを以下の4つに分け、重箱構造で整理しています([1]>[2]>[3]・[4])。[1]事業ニーズ(目指す事業目標、業績)
[2]パフォーマンスニーズ(事業目標の達成にカギとなる従業員の実務行動)[3]職場環境ニーズ(事業目標達成のカギとなるパフォーマンスを阻害・促進する
組織要因)
[4]能力ニーズ(カギとなるパフォーマンスを阻害・促進する知識・スキル・特性)

たとえば、クライアントが研修([4]能力ニーズの解決策)の相談に来たきに、このモデルを頭に思い浮かべながら話を聞くと、クライアントが最終的に望んでいる「成果」=([1]事業の業績と[2]従業員のパフォーマンスの変化)を見失わずにすみます。もっと言えば、「クライアントの本当のニーズは何か」がわかりやすくなるということです。

モデル2:ギャップ解消モデル
これは従業員のパフォーマンスが低いときに、その原因を分析するときに使います。このモデルは、従業員のパフォーマンスを促進・阻害する要因を以下のように分け、三脚いすのイメージで図解したものです。

[1]組織の外部要因:景気、規制、他社との競争など
[2]職場環境要因:1)役割や期待のわかりやすさ、2)コーチングや強化、
3)インセンティブ、4)業務のシステムやプロセス、5)業務に必要な情報・人材・ツール・ジョブエイド
[3]個人の内的要因:1)スキル・知識、2)固有能力

前号で述べたように、PCでは、職場の従業員のパフォーマンスは、これら多くの要因がシステムとして絡み合った結果と考えます。このモデルは、パフォーマンスを低下させている本当の原因をみつけていく手掛かりになります。

たとえば、第1回の記事でみた「営業本部長から『若手の提案書はひどい。提案スキルを高める研修をしてほしい』という要望があった」という例で考えましょう。このモデルをあてはめれば、「若手のスキル」以外に職場の5つの要因はどうなのか、とすぐに幅広い視点で検討できるわけです。つまり、「何でも研修」といった、間違った解決策の選択を防ぐことができるのです。

モデル3:GAPS!マップ
これはクライアントからヒアリングした内容を整理するとき、パフォーマンス現状分析の結果、わかったことを報告するときに使います。基本構造は、縦にみると「あるべき姿~現状~ギャップの原因~適切な解決策」となっています。横にみると、左右で二分され、左側に「事業」、右側に「パフォーマンス」にかかわることを書き込む構造になっています。

お察しのいい方はおわかりだと思いますが、「ギャップの原因」のところに上記の「ギャップ解消モデル」の内容が入るわけです。このGAPS!マップは、PCの特徴がすべて詰まった、実務家にとって非常に有効なツールです。

たとえば、上述の第1回の例でいえば、営業本部長は「若手の提案書はひどい」という「パフォーマンスの現状」と「提案スキルを高める研修」という解決策しか言っていません。「事業のあるべき姿と現状」「パフォーマンスのあるべき姿」「それらのギャップを生じさせている原因」については、まるで情報がありません。つまり、Should-Is-Causeのうち、Isの一部の情報だけで研修を依頼しているのです。

このように、このモデルを使うと、クライアントの要求しているソリューションの妥当性がわかり、今後さらに何を調べればよいのかもわかるということです。

余談ですが、弊社のワークショップでは、自社の状況をGAPS!マップに整理していただいていますが、みなさんこのツールの有用性を評価されています。

次号では、今回述べたパフォーマンス・コンサルティングの主要モデルの背景にあるISDとHPTについてみていこうと思います。

(株式会社ヒューマンパフォーマンス 鹿野尚登)
http://www.human-performance.co.jp■パフォーマンス・コンサルティング・ワークショップ:
http://www.human-performance.co.jp/article/13478992.html

【キャリアレポート】GSIS2期卒業生 石川久吉(ヒサヨシ)の最近の生活

熊大教授システム学2期生で、卒業して早2年近く経過しました。
根本さんからキャリアレポートを書いてくださいとのご依頼をいただいたので、簡単ですが、石川のキャリア、そして最近の生活をレポートします。少しですがGSISへの貢献のもつながるかなと思いますし、自分の内省の良い機会とも思います。皆さんからの感想などもいただけるとありがたいです。

まず、自分のキャリアについて、
1981年に社会人をスタートし、自動車メーカーで18年間生産技術の技術屋として、エンジン部品の金属加工技術、品質管理、原価低減、新車準備などの業務に従事していました。1999年から人材育成の業務につくことになり、研修を提供する業務をしてきました。
もともと技術屋でしたが、研修の仕事もおもしろいと思い、2008年に熊大に入学してしまいました。最初は、独学でインストラクショナルデザインを学習しはじめたのですが、なかなか独力では進みませんでした。ある日インターネットで熊本大学の教授システム学専攻のページを見つけてしまったのが、入学のきっかけです。技術屋として技術士(経営工学部門)としての資格も取るなど、技術者としての能力やプライドももちながら、将来は、人材を扱う経営工学と同じく、人材を扱うインストラクショナルデザインの2つの柱を持ち、成長できたらよいなというのが当時の思いでした。
経営工学という技術も人材を大きく扱っています。戦後の日本が導入したTWIやQCサークルの取り組みなど、代表的なものです。今の日本の製造業の人材を強くしていくためには、どうしたらよいのだろうかということに少しでも貢献したいなという思いです。

そして、現在の生活です。
30年近く働いた会社を退職し、今年7月に自動車用のコンプレッサーやエアコン、自動販売機、冷蔵ショーケースなどを製造販売している会社に転職しました。これまでの経験や熊大で学んだことなどを買っていただきました。インストラクショナルデザイナーや人材育成の専任者という役割は、まだまだ日本では少ないし、専門的な領域としてまだまだ認知されていませんが、徐々に認知されてきているのではないかと思います。ぜひ、多くの人が熊大で学ぶことを期待しています。
特に企業内で人材育成をしている方にお勧めです。
現在の業務は、管理職の能力開発をどのようにしていくかなど、人材要件を明確にしながら、必要な研修の機会等を提供していくことです。前職での経験や熊大で学んだことを活かしながら、取り組んでいます。教えないことも必要だと言っても周りの人は、すぐには理解してもらえなかったりします。自分一人の属人的な仕事にならないようにチームメンバーの専門性も高めていくことなども私の役割の一つだと思っています。

これまで30年の社会人としての経験やスキルは、現在の仕事にいろいろな面で役立っています。次々に何かにチャレンジしていくこと、変化していくことが面白いなと思っています。ぜひ皆様からのご支援やご指導をお願いします。

(GSIS2期 卒業生 石川 久吉)
連絡先メールアドレス iskwhsys@m7.gyao.ne.jp

【イベント】近々行われるイベントは?

○2011/03/03(土)~03/04(土)
第3回 日本医療教授システム学会総会@学術総合センター(東京)
URI:http://www.asas.or.jp/jsish/index.html

○2011/03/05(土)
日本教育工学会研究会「学校現場に対する支援/一般」@静岡大学
URI:http://www.jset.gr.jp/study-group/index.html

○2011/03/19(土)
教育システム情報学会2010年度第6回研究会:
情報教育の国際化/一般@九州工業大学
URI:http://www.jsise.org/

★ 編集後記

私が体調を崩し、低飛行を続けていた関係で発行が多少遅れましたが、以前に比
べると安定してマガジンを発行できているかなと思っています。本当に、皆様の
おかげです!鹿野さんの記事からは、実務的な視点からID関係の分野を利用につ
いて知ることもできますし、今回石川さん記事のように、教授システム学専攻で
学んだ成果についてもコメントを頂けています。

来年度も、定期的&安定的な配信を目指します。

今後ともIDマガジンをご愛読お願いします。よろしければ、お知り合いの方に、
Webからの登録をお勧めしてくださいませ。

また、皆さまの活動をこのIDマガジンに載せてみませんか?
ご意見・ご感想・叱咤激励など常時お待ちしております!
【 mail to: idportalあっとml.gsis.kumamoto-u.ac.jp】

IDマガジン購読

定期購読ご希望の方はメールアドレスを登録してください。

定期購読の解除をご希望の方は以下からお願いします。

IDマガジンに関するお問い合わせは、id_magazineあっとmls.gsis.kumamoto-u.ac.jpにお願いします。(あっとは@に置換)

リンクリスト

おすすめ情報

教授システム学専攻の公開科目でIDの基礎を学習できます。おすすめ科目は以下です。

謝辞

本サイトは、JSPS科研費「教育設計基礎力養成環境の構築とデザイン原則の導出に関する統合的研究(23300305)」の助成を受け、研究開発を行いました。

このページの
先頭へ