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IDマガジン第78号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━2019年3月31日━━━━
<Vol.0078> IDマガジン 第78号
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皆様、いつもIDマガジンのご愛読ありがとうございます。
桜の便りが気になる頃ですね。お住まいの地域では、桜は咲きましたか?
どうぞ最後までお付き合いくださいませ。

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《 Contents 》
1. 【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(74):限界的練習の5原則~質の高い学習機会を提供するという責務~
2. 【ブックレビュー】『直撃 本田圭佑』 木崎伸也 文藝春秋
3. 【報告】第38回まなばナイトレポート「eラーニングと知財のいま」
4. 【ご案内】2019年度まなばナイト開催スケジュール
5. 【イベント】その他、近々行われるイベントは?
★ 編集後記

【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(74):限界的練習の5原則~質の高い学習機会を提供するという責務~
ひげ講師は2019年3月21-22日、札幌市にある吉田学園医療歯科専門学校にいた。設立以来、11年にわたって医療職にIDの考え方を普及啓蒙する役目を担ってきた日本医療教授システム学会の総会・学術集会に参加するためであった。学会2日目に依頼された教育講演のお題は「学習が苦手な学習者へのアプローチ」。教育担当者って学習が苦手な人のために存在するもので、苦手じゃない人はできるだけ邪魔しないのが良い。余計なお世話にならない程度に関与していくぐらいが介入の適量。そんな兼ねてからの思いを察してか、それともそういう学生が多くなって困った状況から発想したテーマだったのか、いずれにせよドンピシャなお題だと思った。

冒頭で紹介したのは他でもない、J・B・キャロルの学校学習の時間モデル。学習の度合いは必要な時間(分母)に対してどの程度の時間を実際に費やしたか(分子)の割合で決まる。「学習が苦手な学習者へのアプローチ」の基本は、分子を増やすことと分母を減らすことで学習率を高めることに尽きる。『放送利用からの授業デザイナー入門』の第1章で説明した内容を(書いてあることにもかかわらず)お話しした。以前は、何かとこの時間モデルを紹介する機会が多かったが、与えられたお題に答えるためという名目で久しぶりに話すことができた。教育担当者のみならず、学習者自身にも救いとなるこのモデル、できるだけ多くの人に知ってもらいたいし、心の支えにしてもらいたい、と改めて思った。

学習に必要な時間を減らす工夫として重要なのは、質の高い学習機会を提供すること。だらだら時間だけを費やすのではなく、短時間でパッパとやるべきことをやる。そのために提案されてきたのがIDモデル・理論であり、近年の脳科学では、従前からのIDモデル・理論の主張を裏付ける研究成果が増えている。例えば、米国心臓協会(AHA)は、これまで取り組んできた心肺蘇生術の訓練が最善のものとは言えないと断言し、心停止後生存率の低下改善に結びついていない現状を分析した報告書を発表した。その中で、IDの要素として着目すべき観点は①完全習得学習と集中的練習(deliberate practice)、②フィードバックとデブリーフィング、③反復練習(spaced practice)、④革新的な教育方略、⑤文脈学習、そして⑥評価(アセスメント)の6つであるとし、心肺蘇生訓練法の見直しを呼び掛けている。質の高い学習機会が提供されれば、学習が苦手な人にとって「学習に必要な時間」を減らす可能性が高くなる。最新の研究成果を取り入れて常に研修のデザインを再点検し、より質が高い学習機会を提供するべきだ、というAHAの姿勢は立派ですね、と紹介した。

AHAが最初に掲げたIDの要素は、①完全習得学習と集中的練習。キャロルの時間モデルが完全習得学習の理論的根拠になったことを考えると、やはりこれが基本中の基本だと捉えられていることにも合点がいく。それでは集中的練習とは何か。フロリダ州立大学の心理学教授エリクソンが各領域のエキスパートを対象に研究した結果として打ち出した概念(原語はdeliberate practice)。つまり、最も有効な練習法は、音楽、スポーツ、チェス、タクシー運転手、医師など、分野を問わず同じ原理に基づいており、その要素は次の5つであるという主張。deliberate practiceは直訳すると熟慮された練習となるが、訳本では「限界的練習」という日本語訳が充てられている(ちなみにAHAの訳語「集中的練習」は③反復練習(間をおいて複数回練習すること)ではなく一気にやるのが良いと誤解されかねないので注意が必要)。

「限界的練習」の5つの要素(エリクソン)
1.はっきりと定義された具体的な目標がある。ただ何となく繰り返すだけ(単なる1万時間)ではダメ。
2.集中して行う。集中力が切れたら中断する。集中した練習を長期間繰り返す。
3.フィードバックが不可欠。自分のどの部分がどう未熟なのかを正確に特定するため。コーチ、自分自身から。
4.コンフォートゾーンから飛び出すことが必要。プレッシャーをかけ続け、脳をムキムキに変化させる。
5.心的イメージ(mental representation)を磨きあげ、全体を瞬時に把握する地図をもつ。

どの要素も従前からIDで主張されてきたものばかりであるが、それがエキスパート調査と脳科学的な裏付けをもつようになったので、説得力がとても高くなった。とりわけ、「脳をムキムキに変化させる」という表現は、ロンドンのタクシー運転手の難関試験に合格したエキスパートは、脳の該当部位である海馬後部の大きさが限界的練習によって物理的に変化したという研究成果を受けたもの。筋肉を鍛えるとムキムキすることと同じように、脳も成長していく様子を客観的に観測した研究に依拠している。

すごい時代になったものだ、と改めて感じた。
学習が苦手な学習者のために何ができるか、それを考え続ける人になりたい、と改めて思った。

(ひげ講師記す)

参考文献:
エリクソン・プール(2016)『超一流になるのは才能か努力か?』文芸春秋
松本尚浩・鈴木克明(2019) 蘇生科学教育AHA提言を応用するために(資料論文). 医療職の能力開発 6(2): 83-99.

【ブックレビュー】『直撃 本田圭佑』 木崎伸也 文藝春秋
何か新しいことに挑戦するとき、一度立ち止まってこれまでを振り返るとき、読みたくなるような本。私にとって、そんな本の一冊が、『直撃 本田圭佑』木崎伸也著です。

本書は、2010年から2016年の間に28回にわたって、スポーツ・ジャーナリストの木崎伸也氏がサッカー選手の本田圭佑氏に実施したインタビュー集です。この時期は、南アフリカワールドカップで日本代表をベスト16へ導き、イタリアセリエAの名門チームACミランで背番号10をつけるまでの、サッカー選手としては最も脂が乗っていた時期にあたります。その時期に本田選手が考えていたことを、第一線で活躍する人が発するヒリヒリとした緊張感とともに記録したのが本書です。ちなみに著者の木崎氏は、記者としての質問力を高く評価され、現在カンボジア代表の監督も務める本田選手からのオファーを受けて、カンボジア代表のスタッフとなっているようです。

▼本田圭佑監督の無茶ぶりで「カンボジア代表」に“転職”したスポーツライターの話
http://bunshun.jp/articles/-/9231

本書では、本田選手が、サッカー選手としてさまざまなことを経験し、その直後に振り返りを行っています。本書を読むことで、ひとつひとつの出来事に対して、結果ではなく、プロセスに焦点を当てて、本田選手が経験を丁寧に振り返る様子を追体験できます。
インストラクショナルデザインの理論でも、ゴールベースシナリオ理論や経験学習モデルに代表されるように、失敗から学ぶことや過去の経験を振り返ることによって成長につなげていくことの重要性が繰り返し説かれています。本書は、インストラクショナルデザインの専門家が、失敗を振り返るとはどういうことかを学ぶためにも、良い参考書になると思いました。本田選手が、失敗について言及している箇所を引用したいと思います。


やっぱりあとで振り返ると、人間にとって、失敗って自慢できるもので。日本人はどうしても失敗を恐れてしまう文化の中で生活しているけれども、何度も言うように失敗しているときがチャンスなんですよ(P191)

インタビュー集では、ブラジルワールド杯の予選敗退など、さまざまな失敗について触れられており、繰り返し失敗から学ぶことの重要性が語られます。本田選手は、単なる試合の勝ち負けではなく、長期的なプランの中で、自分たちの方向性は間違っていなかったか、自分たちの持ち味を出し切れていたかを振り返り、失敗を次へつながるポジティブな視点に切り替えていきます。
こうした考え方は、本田選手が早い段階で挫折を経験したからであると語られます。彼は、中学卒業時に、ガンバ大阪のユースへの入団テストを受験しましたが、不合格となってしまいました。キャリアの早い時期に挫折を経験することで、それを事実として受け止め、次につなげるマインドが培われたそうです。
サッカーは成功よりも失敗の方が多いスポーツであると言います。得点を取るという華やかな場面は90分のうちに本当に少なく、パスをミスする、トラップをミスする、シュートをミスするなど、ゴールにつながらない多くの場面は失敗につながっていると言えるかもしれません。こうした出来事の積み重ねを「失敗」と受け止め、記録し、振り返りにつなげていけるかどうかが、その後のプロフェッショナルとしてどう生き残るのかの分け目なのであろうと思いました。

本書では、この言葉以外にも、たくさんの刺激的な本田節が披露されています。ゴールへ向かうための日々の一歩は、大抵、地味で辛いものが多いですが、本田選手の眼を通すと、なんだか希望が湧いてきます。


一年後の成功を想像すると、日々の地味な作業に取り組むことができる。僕はその味をしめてしまったんですよ(P40)

大抵は自分が今から谷に向かっていますって受け入れられるものではない。トンネルをくぐっていて、それは山なのか谷なのか、いつ抜けられるのかもわからない。でもなんとか、その真っ暗なトンネルを抜けたくて必死に進むわけですよ。大事なのは、その辛い時期を残念と思うのか、自分にしかできないチャンスだと思うのか、っていうところだと僕は思っている(P60-61)

本書では、本田選手が研究者について言及している箇所があります。最後に、この言葉を自分への激励として引用し、本稿を締めくくりたいと思います。


(木崎)――研究者の世界では、「365日のうち、楽しいのは1日しかない」という言葉があるそうだ。新しい発見をするのはそれだけ難しいから。本田くんは365日のうち、幸せを感じる日は何日ある?

(本田)オレの場合は、途切れ途切れですけど、幸せを感じる日は多いし、楽しい感覚というのは日々ある。ただ、ネガティブな要素とポジティブな要素は常に隣り合わせ。結局、自分が物事をどう見るかで、ネガティブにもポジティブにもなる。今やっていることがおもしろい、おもしろくないということも同じ、それが個人の価値観なわけですよ。要は自分の信念から逃げるか、逃げないか。その差だけ。逃げれば楽やし、その瞬間は楽しいですけど。逃げへんかったら、その瞬間は辛いし厳しいけど、その分未来に楽しいときが来るかもしれない。研究者というのはその狭間で常に厳しい方を選び続けている、究極のパーソナリティだと思う(P49)
※カッコ内の発言者は、筆者が追記しました。

(教授システム学専攻客員助教・博士後期課程 天野 慧)

【報告】第38回まなばナイトレポート「eラーニングと知財のいま」
第38回まなばナイトは『eラーニングと知財のいま』と題して、IPの科目を専攻のスタートからずっと指導くださっている入口先生と、3期生にして現在は愛媛大学にて四国5大学連携事業に関わっていらっしゃる吉田さんに登壇いただきました。

第一部は入口先生より、古今さまざまなトピックを紹介いただきました。

○×のワークも交えながら、普段考えの及ばない、それでも当たり前に身の回りにある事象を振り返ることができました。

以下は入口先生のFacebookより許可を得ての「転載」です。

P. ピカソ(1881-1973)の作品の著作権は死後 50年間(2024年12月31日まで)でしたが、昨年12月30日に著作権法が改正されて死後 70年(2044年12月31日まで)となりました。

学校で著作物を利用するには、たとえば教室の後ろの壁にいつも歴史年表が貼ってあってそこで算数の授業をすることはできません。⇒ http://www.asoshiranui.net/manabanight/think.pdf

その他誰でも知っておいた方がよさそうな「ローマの休日事件」(東京地裁平成18.7.11)、「同期の桜事件」(東京地裁昭和58.6.20)、「研究論文事件」(大阪地裁昭和54.9.25)、「版画の写真事件」(東京地裁平成10.11.30)、「バス車体絵画事件」(東京地裁平成18.7.11)、「試験問題集事件」(東京地裁平成16.5.28)などについて簡単に紹介しました。

 

続いては、3期生の吉田さん。

ここ数年取り組まれている知プラ事業「https://chipla-e.itc.kagawa-u.ac.jp」を通しての、知財にまつわるさまざまな取り組みを紹介いただきました。

また、侵害にあたる事象を考えるワークを用意、配布資料を使って簡単なエクササイズと解説をいただき、知財教育の片鱗を体験させていただきました。

お二人の発表の後は、QAセッションとなりました。止むことなく次々に質問が出て、それぞれに関心の高いトピックであることをうかがい知ることとなりました。

最後にクロージングとして、鈴木先生からは、専攻ができるときから入口先生にはバッサバッサと指南をいただき大変助けられてきたこと、その教えを受けた修了生が今まさに、知財を主として仕事をしていることに胸を熱くされた様子で激励をいただきました。

なお、今回は会場としてFLM様のリニューアルしたCO☆PITを初めて利用させていただきました。刺激に満ちた知的活動にぴったりな、広くゆったりした空間にもワクワクさせられました。

来年度も各地でまなばナイトを開催してまいります。またお会いしましょう!

写真入りのレポートはまなばナイトのサイトをご覧ください。
http://www.manabanight.com/info/manabanight38report

(熊本大学大学院教授システム学専攻同窓生 加地 正典)

【ご案内】2019年度まなばナイト開催スケジュール
2019年度は以下の開催を予定しております。

6月16日 (日)名古屋
8月31日 (土)東京
10月19日(土)関西
12月14日(土)東京
2月22日(土)東京

詳細はまとまり次第告知サイトにてお知らせいたします。
http://www.manabanight.com/

【イベント】その他、近々行われるイベントは? 2019/4~2019/6
2019/05/11(土)
教育システム情報学会研究会「学習環境デザインと実践のモデル/学習データの分析と応用/医療・看護・ 福祉におけるICTを利用した学習支援/その他」@キャンパス・イノベーションセンター東京

2019/05/18(土)
日本教育工学会研究会「教育の情報化と授業研究/一般」@鹿児島大学

2019/06/29(土)
日本教育工学会第35回通常総会およびシンポジウム@東京工業大学大岡山キャンパス

★ 編集後記
ゆきちゃんがわんわんワンダーランドへ進級してしまいました。今週は幼いゆきちゃんの映像がたくさん放送されて、成長ぶりに涙が出ました。今までありがとうゆきちゃん!!!(第78号編集担当:高橋暁子)

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ご意見・ご感想・叱咤激励など常時お待ちしております!
【 mail to: id_magazine@ml.gsis.kumamoto-u.ac.jp】
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編 集 編集長:鈴木 克明
ID マガジン編集委員:根本淳子・市川尚・高橋暁子・石田百合子・竹岡篤永・仲道雅輝・桑原千幸
発 行 熊本大学大学院社会文化科学研究科  教授システム学専攻同窓会
http://www.gsis.jp/
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本サイトは、JSPS科研費「教育設計基礎力養成環境の構築とデザイン原則の導出に関する統合的研究(23300305)」の助成を受け、研究開発を行いました。

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