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宮原俊之(2011)高等教育機関におけるeラーニングを活用した教育活動のための効果的な支援組織体制に関する研究.熊本大学大学院 社会文化科学研究科 教授システム学専攻 2010年度提出博士論文
現在,高等教育には「教育(活動)の多様化」に対応するために「教育改善(見直し) 」を 行うことが求められているが,その一つの方法として,eラーニングを活用した効果的な教育 活動の実施に期待が寄せられている。本研究では,eラーニングを活用した教育活動を実現す るために必要な支援組織体制モデルを提案し,実践場面での検証と事例分析をとおして,その 効果・有用性を検討した。その成果として,教育活動におけるeラーニングの効果的な活用の モデル化を目指した。 本論文は,7 章からなる。 第 1 章では,本研究の背景,目的,並びに研究方法について論じたほか,用語の定義を行っ た。文部科学省が多様なメディアの利用による授業実施を認めてから,高等教育におけるeラ ーニングの活用は確実に普及してきているが,それを効果的に活用できているという事例はほ とんど報告されていない。 その一方で, 文部科学省中央審議会は, たびたび高等教育機関に「教 育活動の多様化」への対応を求めており,この実現方法の一つとして,eラーニングは大きな 期待を背負っているが,現在のような危機感を感じている教員や興味のある教員の手探り状態 では,限界がある。そこで本研究では,この現状を打破するために,高等教育機関の構造的な 問題とeラーニング特有の問題を明らかにした上で,支援組織体制に着目し,どのような体制 を整備することで,高等教育機関においてeラーニングを活用した効果的な教育活動を行うこ とができるのかを明らかにすることを目的にした。研 究方法としては,まず,先行研究から高 等教育機関の構造問題とeラーニング特有の問題点, および, 海外事例について調査・整理し, 高等教育機関における効果的なeラーニングの活用には支援組織体制が重要であることを示 した。その上で,支援組織体制のモデルを提案し,3 度にわたる実証検証による評価や国内大 学事例との比較をとおして,提案モデルの有用性を示した。 第 2 章では, 先行研究レビューとして, 高等教育機関の構造問題, eラーニング特有の問題, 並びに海外事例の先行研究を調査した。その結果,高等教育機関にeラーニングによる教育が 定着しづらい原因の一つとして,大組織における経営や小組織における協調性など,高等教育 機関の構造的な問題があること,また,実践としてのeラーニングが定着するためには,組織 の人材構成や組織の意思決定過程などの再考が必要となることがわかった。そして,eラーニングを活用した教育活動(教育改革)を効果的に実施するためには,教育活動を構造化し専門 家の配置と役割の分担が重要であることも明らかとなった。ただ,現実的には,アメリカのよ うに大学におけるeラーニングを支える支援体制が確立され役割が明確になっている国とは 違い,日本の大学にはeラーニングに関する専門家の雇用実績が少なく,それが一部の教員の 負荷を高めることになり,活用を阻害していた。我が国の大学における e ラーニングの組織的 な支援体制の確立を目指した取り組みとしては,青山学院大学が発表したADDIEモデルに 準じた形で各フェーズに専門家を配置する「eラーニング専門家 5 職種」があり,この概要に ついても示した。 第 3 章では,第 2 章の最後に示した「e ラーニング専門家 5 職種」をより高等教育機関にお いてeラーニングを利用した教育活動を浸透させるための組織体制を提案するために,次の 5 つの点に着目した。(1)規模の拡大に対応するスケーラビリティの確保,(2)eラーニング専門 家に過重負荷をかけず,専門家が専門分野を確実に機能させることを可能とする仕組みを構築, (3)学生・教員へのワンストップサービスの実現,(4)コミュニケーションループの確保,(5) 教員の権威的地位に負けない組織作り,の5つである。先行研究や様々な理論,自己の経験を 踏まえて発展させ,我が国の大学におけるeラーニング活用に向けての課題である「マネジメ ントの不在」や「支援体制の不備」の両方を解決するための支援組織体制モデル「大学eラー ニングマネジメント(UeLM)モデル」 (以下, 「UeLM モデル」とする)を提案した。UeLM モデ ルの表現には, 「深い洞察と豊富な情報を得ることができ,何を問題意識として持っているか ということを,より深く,多面的に捉え ることが可能になる」とされるリッチピクチャー手法 を活用した。 第 4 章では,第 3 章において提案した UeLM モデルを仮モデルとし,この UeLM 仮モデルに基 づいた e ラーニング支援を試行し,その結果を受けて修正を加えて本モデルを策定した。そし て,本モデルを用いた e ラーニング支援を実施し,仮モデルと本モデルに対する評価結果を比 較して,本モデルの有用性を示した。さらに,本モデルに基づいたeラーニング支援を,学習 者が社会人学生の場合に実施し,その有用性についても示した。このことにより,モデル開発 研究における形成的評価を 3 回繰り返したことになる。 この実証実験は,2007 年度後期(仮モ デル)と 2008 年度前期(本モデル)において,明治 大学ユビキタスカレッジのeラーニング活用授業(メディア授業)の運営に対して実施した。 明治大学ユビキタスカレッジは,教える側と学ぶ側双方の視点から運営体制の確立を目指し, 「インストラクショナル・デザインに基づく授業設 計」と「万全な支援体制」を重点として取り組んでいる。著者自身がその中核的役割を果たしていたため,実際の人事配置や関連データ の取得が可能だったこともあり試行組織として選択した。仮モデル評価は,試行運用段階だっ たため対象学生の範囲を小さくしたが,確実な本格実施に向けての運用体制の評価を確実に行 うために,専門家については職能別にすべて配置する形で実施した。 評価は,教育システム評価項目を用いて実施した。 この評価項目は,インストラクショナル・ デザインを強く意識しつつも,教育システム運用におけるプロセスを評価する形で設定されて おり,支援組織の効果を検討する指標として適していた。評価情報は,アンケートを中心に据 え,その他に情報システムに記録された履歴を基にした各専門家間の情報流通状況や単位取得 率,成績情報などとした。アンケートは,学生,教員,専門家に対して別々に行ったが,必須 項目は「究極の質問」という手法を活用して「この科目の受講を自分の信頼する人(友人等) に勧めますか?」 (学生の場合)とその理由のみとした。一方で,授業評価には, (1)授業方 法(授業そのもの) ,(2)学生が何を学んだか(学びたいことが学べたか) ,(3)学生がその科目 を好きになってくれたか(学問への興味)の3つを観点とすることが提唱されており,学生に 対しては,これらについての評価結果を加えて考察した。 UeLM 仮モデルに修正を加えた UeLM 本モデルでeラーニング支援を実施した結果,eラーニ ングの活用によって学生に与えた影響としては, 「とても大変だが,学びたいことが学べ,ま た科目も好きになってきた」ということに集約できた。単位取得率や成績分布から,少なくと もeラーニングを活用した授業において対面授業と同等の学習効果は確保できていたことが 分かった。eラーニングを活用した際の課題を考慮し策定した支援組織体制である UeLM モデ ルを策定・修正し,運用したことにより,情報流通の流れに変化が生じ,その結果として専門 家がそれぞれの職能に特化した活動に集中できる体制が整い,またそれぞれの専門家間の協業 体制が確立できた。その恩恵を受けて,教員負荷などのために困難であった教育活動を取り入 れることに成功し,授業内容の見直しを行えたこと,eラーニング特有のデメリットとしてよ くあげられるコミュニケーションの希薄化などへの対応の糸口となったことも示唆された。高 等教育機関においてeラーニングを活用した授業が定着しない原因といわれている「マネジメ ントの不在,支援体制の不備」への対応が可能なモデルとして有益な枠組みが構築できた。ま た,学習者が社会人学生であっても,UeLM モデルは,有益であることが明らかとなった。 第 5 章では,第 4 章で 策定した UeLM モデルと国内大学の事例を比較し,各大学の運営組織 体制の特色を捉え,支援組織体制のあり方について考察し,改善点を明らかにした。これらの ことをとおして, UeLM モデルが各大学の運営組織体制の診断ツールとしても有効であることを 示した。このことは,運営組織を整備することで,eラーニングを活用した授業の効果が高ま る可能性を示唆している。 本事例分析の目的が「このモデルを診断ツールとしても活用できるか,有効か」にあったた め,国内の大学においてeラーニングによる授業展開を積極的にかつ大規模に行っている大学 から,国立・私立,通学制・通信制,営利大学・非営利大学のバランスを考えて協力を依頼し, 協力が得られた 6 校を検証の対象とした。具体的には,熊本大学(大学院を含む) ,青山学院 大学(e ラーニング人材育成研究センター) ,早稲田大学(人間科学部 e スクール) ,信州大学 (大学院工学系研究科・情報工学専攻) ,ビジネスブレークスルー大学院大学,サイバー大学 である。 協力が得られた 6 大学に対してインタビューを実施し,その結果から,リッチピクチャーを 作成し,UeLM モデルと比較したことで,それぞれの運営組織体制の特徴が明らかになり,課題 も把握することができるようになった。 さらに「大学の文化や形態」 , 「学習者の身分」により, その支援組織体制に変化が生じていることもわかった。そして同時に,求められている「機能 (職能) 」には大きな差がないことも分かった。これは,UeLM モデルで定めている職能が最低 限必要であることを示唆している。 また, 課題がそれぞれ別のところで明らかなになったのは, この機能(職能)の配置,つまりマネジメントによるところが大きいことである。支援組織体 制には,柔軟に変更しつつ,その有用性 を発揮することが求められており, UeLM モデルのよう に機能分化したモデルが必要となる。また,協力大学からは, 「本学にとっても貴重な資料を 作成いただけた」という回答も得ることができ, UeLM モデルが既存組織の見直しにも有効に活 用できることが示唆された。 第 6 章では,UeLM モデルの今後について述べた。様々な高等教育機関のeラーニングを支援 する体制を診断し,UeLM モデルを基盤として様々な特徴を明らかにし,それに呼応する派生モ デルを構築することで,個々の高等教育機関において,効果的なeラーニングを活用した教育 活動を実現するための運営組織体制を構築・改善することにつながると予測した。 第 7 章は,本論文のまとめの章である。UeLM モデルの評価をとおして,eラーニングを活用 した授業において学習効果を上げるためには,組織的な支援体制の確立が重要な要素となるこ とが明らかとなった。ただ,組織的な支援体制を作ることのみで効果が上がるわけではなく, その体制を動かすための職能 (機能をきちんと動かす人) が重要である。 UeLM モデルは, 現在, 困惑の中にある高等教育機関にとっての e ラーニング実践の道しるべになることが期待されて いる。そのためには, UeLM モデルの職能を維持しつつ,一部システム化を含めて簡易的にそしてコストを抑えた形で実施規模を拡大しながらも同じ機能をどのように実現させていくべき なのか,そしてどのようにこの組織的な支援体制を機能させる専門家を育成し活用していくべ きなのか等,研究を続けていく必要がある。さらに, UeLM モデルは「職能」から成り立つも のであるから,日々変化する教育にも柔軟に対応することができ,継続的に効果的な教育改革 を実現できることが推察できるが,そのことについても実証していく必要がある