科研費基盤研究(B)(1)「インターネット教育実践の質的評価研究〜メディア行動・認知・態度の観点から〜」(研究代表者:生田孝至)研究報告書(分担執筆:第13章 諸外国におけるインターネットの教育利用の実践 第1節 はじめに・第2節 韓国のICT教育第3節 タイのICT教育

第13章 諸外国におけるインターネットの教育利用の実践


第1節 はじめに


インターネットを教育に利用することで、学校教育を情報社会にふさわしいものに変えていこうとする試みは、日本のみならず諸外国にも共通し て見られる現象である。インターネットが先進諸国(とりわけアメリカ)の主導で世界を巻き込んで整備される一方で、発展途上にある諸国においても国の将来 をかけた施策としての取り組みがなされ、国連や世界銀行などがそれを支援するプロジェクトを立ち上げている。世界平和のためには、国家間のいわゆる「デジ タルデバイド」を解消することが必要だとの認識に立ってのことである。

たとえば、世界銀行では、1997年から5年間に、22カ国1000校20万人(含む教師と子ども)を対象に、デジタルリテラシー向上のためのパイロット事業World Linkを 展開した(http://worldbank.org/worldlinks/)。インターネット回線を敷設すること、利用状況をモニターして評価するこ と、教師をトレーニングすることの3つを柱に据えた活動であった。なかでも、教師研修には重点がおかれ、基礎、IT活用協同プロジェクト、普及戦略、教育 政策などの分野で6日間(45時間)の教師向けワークショップを6種提供してきた(一部の資料はWebサイトからダウンロード可能)。2003年からは、 この活動は世界銀行が作ったNGOに受け継がれている(http://www.world-links.org/)。

地球規模の「知識の偏在」解消のためにITを活用することを目的に、日本学術会議主催による「ITによる科学能力開発国際会議」が2003年1月16日か ら18日、沖縄コンベンションセンターで開催された。これからの社会は、「知識経済(knowledge-based economy)」(OECD)であることを前提に、科学への興味をもたせ、能力開発(capacity building)に向けてITをどのように活用できるか、科学者の役割は何かなどについて、ユネスコ、世界銀行、第三世界科学アカデミーなどの組織や各 国の取り組みが報告された。

この国際会議の採択文は、次のように結ばれている(鈴木の試訳)。

知識は人類共通の宝である。情報とコミュニケーション技術(ICT)の発展は我々にとってもっとも大切な贈り物である。なぜならば、ICTによって、人類 共通の宝を、永遠のときの流れの中で同時代に、同じ地球の住民として偶然居合わせたすべての人々と、分かち合う動きを加速することができるからである。

[Knowledge is the common treasure of humankind. The advance in information and communication technology is the most precious gift for us, because it can accelerate the sharing of our common treasure among all the people who happened to live on the same planet at the same time in the eternal flow of time.]



第2節 韓国のICT教育


ICT教育で優先すべきことは、社会の環境変化とともに変わっていく。韓国では、1970年代からICT教育に求められることが変化しつづけて現在に至っている。

1)1970年代:コンピュータ教育を職業教育の専門的分野及び一般教育の共通的分野として認知。2)1990年代初頭:全国統一カリキュラムに選択科目 として導入。3)1997−2000年(第1次総合計画):パソコン、マルチメディア機器、インターネットなどのICTインフラの整備。 4)2001−2005年(第2次総合計画):ICT利用の強化と知識社会に向けて要求される能力向上。

第2次総合計画では、2005年までに次の4つの目標を達成することが掲げられている。韓国におけるICT教育の目標は、1)知識に基 づく情報社会で要求される能力の向上、2)創造的な職業人の育成、3)開かれた教育と生涯学習、そして4)「総合的職務遂行支援システム(TPSS)」の 構築である。

第1次総合計画(1997−2000)で達成されたICT教育の現状は次のとおりである。 ・ ICTインフラ整備を完了:すべての学校がインターネットに接続 ・ 1000万人がICTリテラシーを習得 ・ 第7次カリキュラム基礎共通科目の10%以上でICTを活用 ・ 毎年25%の教員がICT研修を受講 ・ 9つのサイバー大学が2000年に運用(39学科で6,220人の学生) ・ 科学情報と「研究情報サービスシステム(RISS)」を創設:204の研究機関で570万項目の統合カタログ ・ 知識情報流通システムの創設とBPRの促進

ICT第1次総合計画で浮上した問題としては、1)より高度のICTインフラへの需要増加、2)ICTリテラシー基準の未整備とICTカ リキュラム開発の遅れ、3)教育用コンテンツの品質の悪さ、4)生涯学習や職業教育での情報サービス不足、5)知識情報共有システムの未整備、6)情報社 会における倫理の遅れ、7)広がる経済的不平等に伴う情報格差の増大、8)「入力指向の指標」を用いたICT教育の効果的な評価の欠落などがあった。

これらの問題を考慮して、第2次総合計画の具体的目標が下記のように定められた。 1. ICTインフラをOECDレベルに引き上げる(パソコン1台あたりの児童・生徒数を5人に、回線速度を2メガbpsに)。 2. ICTリテラシー基準を教師用、児童・生徒用、一般用に定める。 3. 第7次カリキュラム基礎共通科目及び選択科目の20%以上でICTを活用する。 4. 毎年33%の教師にICT研修を実施する。教師のICTリテラシーを認証する。マルチメディア教材、教育用ソフトウェア、ならびに授業案を開発する。 5. バーチャル教育を推進することで、生涯教育や職業教育の領域で能動的なサイバー教育を支援する。HRD(職能開発)情報ネットワークを確立することで、ワンステップ情報サービスを提供する。 6. 科学情報と「研究情報サービスシステム(RISS)」を創設する(450の研究機関で720万項目の統合カタログ)。知識情報共有のための国家基準と著作権保護を実現する。 7. 学校でサイバー倫理教育を行うことで、健全な情報文化を確立する。 8. 貧困層を支援して情報格差を縮める。 9. ICT教育の出力指向の指標を実用化する。 10. ICTインフラを拡張することで、知識情報の流通を積極的に推進する。

学校におけるICT利用の目標を達成するために、次の方略を実施する。1)関係諸研究期間の役割を見直すことでシナジー効果を創出する。2)施策や規則を 柔軟に改訂することで技術の発展に対応したICT教育の実現を図る。3)貧困層に対する教育や研修の機会を増やしてデジタル格差を縮める。4)健全な情 報・サイバー文化を進めるためにICT倫理教育を開始する。5)「ハードウェアを越えて」インフラの整備から能力向上に目標をシフトさせる。 21世紀の韓国が描くビジョンでは、韓国が知識社会として世界をリードする役割を担える国になることを目指している。第2次総合計画で掲げる目標を実現で きれば、韓国が将来の知識社会をリードする国になることが可能であると思われる。

参考文献

Kim, Youngsoo (2002). The use of ICT in Education: Korea’s experience. Presented at Kansai University, Osaka Japan, October 26, 2002.
Kim, Youngsoo & Kye, Bokyung. (2001). The effect of information literacy and media self-efficacy on the achievement in ICT based learning environment, Journal of Educational Information and Broadcasting, 7(4).
Ministry of Education & Human Resources Development (MOEHRD) (2001). Adapting Education to the Information Age: A white paper. MOEHRD/KERIS, Korea.
Mizukoshi, Toshiyuki, Kim, Youngsoo, and Lee, Jongyeon. (2000). Instructional Technology in Asia: Focus on Japan and Korea. Educational Technology Research and Development, 48(1), 101-111.

(注:この節は、韓国・梨花女子大学 ヤンスー・キム女史の講演原稿「韓国のICT教育の現状と将来」(2002.12.15.)を鈴木が訳したものである)



第3節 タイのICT教育

 1990年代からの急速な経済発展によってタイの教育は大きく変化を遂げている。筆者と木原俊行(大阪市立大学)がタイを訪 れた2002 年9月には、政府における省庁再編が目前に迫り、新教育法の制定による中学校教育の義務化などが打ち出されていた。首都バンコクと地方との教育環境の格差 や、学齢期に中等教育を受けられなかった成人への生涯学習機会の提供、あるいは山岳少数民族への識字・生活支援教育の浸透など、山積する課題にICTを有 効に用いる試みが展開していた。

そこには、限られた学習機会をしっかりと捉えて勉学に励む真摯な子どもの姿と、やっと手にした時間を仲間とともに味わい喜々として学ぶ大人の姿があった。 何とかより多くの人々に教育を受けさせたいと願う公僕の姿と、恵まれない環境にあっても子どものためを思って懸命に工夫を重ねる教師の姿があった。人々の 願いと思いをICTが支えていた。

タイのICT教育を特徴づけるのは、遠隔教育振興会のテレビ生中継授業実践(日本のメディア教育開発センターが衛星利用の技術支援やノウハウ提供し、日本 財団などからの資金援助を受けて1996年に開始。7局の通信衛星で24時間発信し、全国の公立学校等約3000個所で受信)や、衛星を利用した教育放送 (教育工学センターの主要事業。教育専門テレビ衛星局1波を用いて午前7時から午後10時までの毎日16時間放送)に見られる、教育の機会均等を実現する ための施策である。一方で、インターネットの普及を目指しての試みも開始されている。衛星利用のICT実践については他所(鈴木、2003)で詳細に述べ たので、ここでは、インターネットに関連した試みについて、2002年9月10日に教育情報センターを取材した調査結果について報告する。


1)教育情報センターの概要

教育情報センター(Education Management Information System Center)は、1999年5月教育省内に設置された。50人のスタッフがある。2002年3月より3年間のJICAプロジェクトも進行中。タクシン首 相の教育方針を受けて次のような目標を立てた。

(1) 教員全員にコンピュータ及びインターネットの利用ができるよう育成する。2001予算年度に合計60万人の教員のうち20万人に対して、ラーチャパット大学などが主体となって実施。土日を利用して3−5日のコース。4年後には教員全員にゆきわたらせたい予定。

(2) 教員たちにインターネット上での教材作成及びネットワークの整備ができるように、1)教育省は2個所(ラーチャブリー及びチョンブリー県)にセンターを設 け、ソフトウェアを提供 2)さらに年内、3年計画でJICAがボランティアを5個所のセンター(上記の2に、チェンマイ、ナコーン ラーチャシーマ、ソンクラー県)に講師として派遣。うまくいけば近隣諸国、ラオス、ミャンマー、カンボジアへ広めていく予定。

(3) 小学校全校に4年後、中学高校では2年後を目標にインターネットを整備。将来コンピュータの整備状況として、小学校では40人に1台、中学高校では20人に1台、大学では10人に1台割当てることを目標としている。


2)教育情報センターの活動の4本柱(優先順位順)

(1) 教師研修:タイ全土に60万人いる教師にICT研修を実施するのは困難であるが最重要課題。現在までに15%しか研修していないばかりか、研修の内容が古 くなっている。5年前に学校にパソコンを導入したが、研修不足で失敗した。2002年度には20万人、2003年度には10万人を目標に、大学やコン ピュータ施設が充実している学校の協力を仰いで研修をする予算がついた。JICAのプロジェクトでは、3年で3000人を目標にしている。(JICA専門 家浦本氏へのヒアリングで、3000人の数値目標があるのはワード、エクセル、インターネットの基礎を扱うAコース;Bコースはマルチメディア教材開発、 Cコースはネットワーク管理者育成;B、Cコースの受講者については、受講資格として勤務校のハードウェア整備状況が整っていることを条件とするために基 礎調査を実施する予定とのこと)。

(2) ソフトウェアの整備:基本ソフトについてはライセンスのみの問題であるが、教育用ソフトウェアについては、教師による開発、業者による開発支援、市販品の 購入を視野に整備中。理科、数学、英語を中心にして、教師開発についてはコンテストを実施するなどして充実を目指している。

(3) ネットワーク整備:先行して実施したSchoolNetに加え、2005年度までに全学校をインターネットに結ぶ目標のEduNetが進行中。独立行政法 人が担当の予定。EMISCでは、200校が参加するMOEネットを現在、管理しているが、これも将来的にはEduNetの一部として統合される予定。独 立行政法人になれば、企業からの寄付などが可能になる。オラクル社が提供するthink.comが近々タイ語化される(世界で5番目)他、インテル社が提 供するe-learningなどを統合していく。

(4) ハードウェア整備:2005年度を目標に、中学校では20人/台(現在53人/台)、小学校では40/台(現在137人/台)を目指しているが、実現には 企業、PTA,地域社会などの力を総動員する必要があろう。EMISCでは、ハードウェアを寄付するためのプロジェクトも進行中。現在では、6割から7割 の学校にコンピュータが少なくとも1台あるとの報告があるが、10%が作動していないという数字もある。

参考文献
鈴木克明(2003) 「第4章 海外におけるICT教育(7)タイ」水越(監修)、久保田・黒上(編著)『情報・コミュニケーション(ICT)教育を考える』日本文教出版


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