(財)日本放送教育協会(1998)『マルチメディア時代の番組・教育ソフト研究報告 書(3年次)』NHK学校放送番組部からの受託研究、分担執筆

インタラクティブ性を生かした教材開発
〜村川提案は「ミミ号」を超えるか?〜



1.村川提案が目指すもの


 インタラクティブ性を生かしたこれからの放送教材の在り方について,3年間のプロジェクトで,様々な立場から議論を重ねてきた。その結果として,具体的 な番組案(村川提案)がまとまった。この提案には,マルチメディア時代の教育の行方を見据えつつ,放送教材が果たすべき役割についての方向性のうち,最も 重視して欲しいと我々が考える要素の一つが,盛り込まれている。それは,子どもたちが実際に使えるような問題解決についての指針を番組の中で示すこと,で ある。

 番組では,子どもたちにとって身近で好奇心をそそられる話題が取り上げられ,推理小説を見ているが如く番組に吸い込まれていく。その中では,自然な形 で,多種多様な問題解決手法が駆使されている。問題を解決していく登場人物たちをモデルにして,自分たちの身近な問題に関心をもち,それを自らの手で解決 するための手段を知り,それを実行に移して謎解きの喜びを体験する。これこそが,これからの時代に求められている「主体的な学び」であり,生きる力につな がる情報活用能力を育てる効果的な方法である。

 この提案は,これからの教育的な課題に向けての提案であると同時に,マルチメディア時代の放送についての提案でもある。放送メディアがもつ場面設定・ド ラマ化による臨場感の高揚と動機づけという特性を改めて見直すこと。さらに,他メディアを複合利用することで,伝統的な放送メディアの特性を生かしながら も,子どもたちの問題解決を側面から支援したり,遠隔地にいる子ども同士の情報交換を促進すること。また,子どもたちの活動の成果を次の番組の中で生かし ていくための,インタラクティブな番組構成法を採用することも,あわせて提案している。


2.マルチメディア教材の元祖「ミミ号の冒険」と村川提案を比較する


 マルチメディア時代を志向したインタラクティブ性を生かした教材を提案するとき,誰しもが想起するのが「ミミ号の冒険」であろう。米国バンクストリート 教育大学によって開発され,公共放送番組提供協会(PBS)により1980年代の全米を風靡した「ミミ号」は,日本視聴覚・放送教育学会においてもすでに 「古典」として研究の対象になっている。村川提案は,果たして「ミミ号」を超えるものになれるのであろうか。

 開発に40ケ月をかけて1984年に完成した「ミミ号」は,小学4年生から中学2年生を対象に鯨の生態調査を題材とし,知識を教え込むのではなく,科学 的探求の過程や科学的方法を用いることを重視し,「科学する」ことに力点をおいたとされている。様々な教育メディアを組み合わせてパッケージ化した教材で あり,主幹メディアのテレビドラマシリーズ(15分番組13本)を中心に,テレビドキュメンタリー(10分番組13本),教科書,掛け図,コンピュータソ フト(4本)などの教材群からなっていた。テレビ視聴と教室での活動を巧みに連動させ,授業展開案と各種の教材を組み合わせて提供した。また,「ミミ号」 の利用を支援し,教師同士がアイディア交換したり,公開授業の案内を掲示するためのパソコン通信のホスト局も開設されるなど,今日のマルチメディア展開の 雛型をすでに実現していた(鈴木,1997)。

 「ミミ号」と比較したとき,村川提案は,教材の教育的な目標にしても,メディアの構成にしても,極めて類似していることがわかる。知識の伝達ではなく, 問題解決過程を示そうとしたところ。単一の教科内容にとどまらずに,総合的な学習を指向したところ。子どもたちが興味・関心を持ちそうな身近な話題から 入って,普遍的な科学的アプローチを具体化しようとしたところ。登場人物に多彩な技能や特性をもった子どもたちの組み合わせを意図的に取り入れ,シリーズ を通しての継続性を持たせたこと。主幹メディアとしてテレビドラマを据え,他のメディアを補完的な扱いにしたこと。これから村川提案を具体化する作業に移 るとき,「ミミ号」ではどうだったのかを振り返ることで,多くの示唆が得られるだろう。

 一方で,村川提案には,「ミミ号」にはない特色がある。第1に,番組の進行に子どもの活動からのフィードバックを入れる構成。「ミミ号」においては,番 組の進行は物語のプロットにより予め決定されていたが,村川提案では,第1番組の放送後に各地で展開される子どもたちの活動結果が報告され,それを取り入 れた形で第2番組(解決編)を組んでいくことも想定されている。これを実際に可能にするためには,教室とディレクターとの情報交流をスムーズに,かつ恒常 的に行うための仕組みが必要であり,もし実現すれば,新しい形のインタラクティブな番組づくりの先例となる。

 第2に,番組で取り扱う内容に,主たる教科が設定されていないこと。「ミミ号」においては,鯨の生態調査に取り組む「ミミ号」という一貫したテーマがあ り,扱う教科内容も理科と算数を中心に据えていた。村川提案では,特定の教科内容にしぼり込むことはあえてせずに,問題設定の方法,情報収集の方法,各種 メディアの用い方など,問題解決型の活動全般に用いる「手段」に焦点を当てている。したがって,毎回取り扱う内容はシリーズ名「何でも探偵団」が示すよう に,多岐にわたる。

 一方で,解決する問題の複雑度や構造,あるいは採用する手段については,回を追うごとに階層構造的,または拡散的に周到に配置されることになる。なぜな らば,問題解決過程そのものが,村川提案では教えるべき「内容」であり,徐々に高度なものへ,そして広がりをもって,難解な問題を解決できるように,子ど もたちを誘うことが求められるからである。このことは,情報教育が「教科」として独立するのではなく,総合的学習の時間の主たる眼目の一つとしてその重要 性が叫ばれている扱いと合致する。多種多様な問題を解決するために同じ解決手法が使えるということを示すことで,応用範囲の広さを実感できることを意図し たものとなるはずである。

 村川提案には,それを現実に開発し,提供するための制作システムや普及・評価の側面も付随している(第2年次報告書)。「ミミ号」がこれだけ注目されて 来たにもかからわらず,類似のパッケージが日本においてこれまで実現しなかったことを考えると,本プロジェクトが包括的な提案をしていることは重要であ る。このことは,完成から15年経過した現在においても「ミミ号」が活発に用いられている継続性を目のあたりにしたとき,村川提案の今後に大きな示唆を与 えていると思われる。


3.1998年現在の「ミミ号」〜インターネット調査より〜

 
 「ミミ号」は,あれからどうなったのか。1998年3月時点での現状を調べるために,インターネット上での情報検索を試みた。検索サイト「AltaVista」などを用いて,「ミミ号」関連情報の所在を調査した結果,次のように「ミミ号」が成長していることがわかった。


(1)「ミミ号」がいまだにPBSの放送番組リストに掲載されていること

 1997-98年度の放送番組シリーズとして,「ミミ号」(第1と第2両方)が,PBSの教育番組リストに掲載されている (URL=http://www.pbs.org/learn/itv/series.html)。番組リストでは,地方の放送局ごとに番組を選定して放 送しているので,このリストの番組全てが全ての放送局から実際に放送されているとは限らないとしている。ホームページで放送予定表を公開している20数局 のリストを調べた結果,サンフランシスコのKQED(URL=http://www.kqed.org/cell/school/curricula /science.html)が,1998年3月に第1,第2シリーズとも,早朝5時から6時にまとめて放送予定であることがわかった(録画利用を前提と する,いわゆるblock-feed)。しかし,それ以外の放送局の予定表には,「ミミ号」の文字を発見することはできなかった。「ミミ号」を放送してい る地方局が実際に少ないのか,それともホームページ検索による調査の限界なのか,それは不明である。

(2)「ミミ号」がCD-ROM化され,市販されて高い評価を受けていること

 「ミミ号」は,サンバースト・コミュニケーションズ社によって,CD-ROM化され,市販されている (URL=http://www.nysunburst.com/mimi.html)。アメリカの教師向けには,最初の3話とコンピュータソフト1つ, 児童用ワークブック,教師用ガイド(6週間分の指導案を含む)がセットになった試供品が無料で用意されている。販売価格は,第1シリーズ,第2シリーズと もにCD-ROM7枚のセットで$299.95と安価である。

 リンウォース社の書評(URL=http://www.linworth.com/reviews/tc/april97.htm)によると,1996 年時点で,ビデオ,レーザーディスク,CD-ROMの3形態が販売されており,コンピュータソフトや水温測定機具などの関連教材のすべてがそろう完全キッ トでの販売価格は,$1299.95(ビデオ)〜$1599.95(LD又はCD-ROM)である。使い勝手もよく,またカバーできる教科も,算数・理科 から社会科,環境,文化へと広がりを持ち,授業展開案も整備されていて長期にわたる複合的な利用が可能であると,高く評価している。

(3)「ミミ号」財団によるホームページが開設され,各種活動が実施されていること

 「ミミ号」第2シリーズが完成し放映された直後の1988年から,バンクストリート教育大学とともに番組製作にあたってきたBarn School Trustによって,各種活動が展開されてきた。番組に使われた「ミミ号」(帆船)が教育目的に保存され,過去7年間に15万人を越える参加者を得て,毎 年度9月から6月までの間,全米20数箇所をまわって体験学習を展開している(MIMIFest;たとえ ば,URL=http://www.monroe.k12.fl.us/mimipic.htmにその様子が紹介されている)。また,インターネットを 使った「ミミ号」利用者の交流や,サマーキャンプなども催され(MIMIConnections),毎年合計3万人を越える児童に,体験学習の機会を提供 していると報告している。

 ホームページは1995年に開設された(URL=http://www1.shore.net/~nya/MIMI.html)が,近年独立したサイト (URL=http://www.mimi.org/)に移動したらしく,新しい活動が整いつつあるといった状況である。「ミミ号」を利用している教師 に,関連情報を提供するサイトを紹介したり,遠隔教育コンソーシアム設立を呼びかけるページもある一方で,掲示板への書き込みは始まったばかりで,リンク が完成していない部分もあった。これからどう変化するのかが,楽しみな動きである。

(4)インターネットを使った「ミミ号」利用者相互の協同学習が行われていること

 「ミミ号」を活用した教育実践についての情報も,いくつか検索できた。たとえば,オレゴン州の3人の小学校教師による「ミミ号」学習とインターネット利 用学習とを組み合わせた13週間分の授業展開案(URL=http://schools.4j.lane.edu/websites/harris /mimi/voyage_home.html)や聴覚障害児学校による活用例の報告(URL=http://www.gallaudet.edu /~mssdsci/mimi.html)などがあった。

 教育実践の中で特筆すべきは,ペンシルバニア州Lower Merion学区の教育工学専門官ドルトン氏を中心に展開している「新米水兵のためのミミ号」(MIMI for Landlubbers, URL=http://www.lmsd.k12.pa.us/mimi/)である。1994年に開始されたこのプロジェクトでは,(3)で紹介した MIMIFestで実際に「ミミ号」を見学する学区の子どもたちと,全米各地の子どもたちをネットワークで結んで,協同学習を展開している。

 1998年度の募集要項によれば,2月にインターネットを使って全米から参加者をクラス単位で20まで募集し,学区内に交流する相手クラス(4年生)を アサインする。3月末までに「ミミ号」をどう使っているかや,学校の紹介などをホームページに掲載し,毎週のメール交換で「ミミ号を見に行ったときに聞い てきて欲しい質問」のやりとりなどを行う。4月のMIMIFestでの成果をもとに交流を進め,5月末にお互いの学習成果を確認するメッセージでプロジェ クトを終了する。この見学パートナー募集のほかに,ホームページに「ミミ号」学習の成果を掲載する希望クラスも募集している。


4.おわりに


 「ミミ号」の発展ぶりには,驚嘆せざるを得ない。パッケージ化され,市販されているであろうことは想像できたものの,財団が「ミミ号」(帆船)そのもの を活用した体験学習を全国展開しているとは意外であった。また,インターネットを用いて,「ミミ号」利用術の情報交換をしたり,利用者相互の協同学習を展 開するなど,マルチメディア時代に相応しい発展も見せている。これだけの広がりを持つほどのインパクトが,「ミミ号」教材そのものにあったということの証 しであろう。

 村川提案が今後具体化するときに,製作当初の「ミミ号」を参考にする以上に,「ミミ号」のその後の展開ぶりを念頭に置くことが必要である。教材のシリー ズ化とパッケージ化,あるいは,市販と維持体制などについて,計画の当初から検討を加えたい。さらに,インターネットによる学習支援や利用促進策について も,組織的な取り組みと長期間の維持体制が不可欠である。製作者が関与する部分と,利用者相互の交流に委ねる部分との棲み分けも,重要な判断となる。

 さらに,放送番組をCD-ROM化すれば,放送が不要になるのかどうかも,十分に検討しておきたい。情報を提供することが,他のメディアによって達成できるとすれば,情報提供以外に放送が担うべき役割が他にあるのではないか,という視点である。

 「ミミ号」以来の作品として注目を集めている「ジャスパー冒険物語」では,主幹教材の冒険物語は,放送ではなくレーザーディスクで提供されている。これ は,見たい部分を何度でも繰り返し選択して見ることができるように,という配慮からである。一方で,テレビ放送を学習成果の達成度を評価するための手段と して用いる試みをしている。出演者3人がジャスパー教材の類題に挑んでいる姿を生視聴し,誰が本物の達人かを投票するゲームショー形式で達成度を評価し, その結果を次の指導計画の調整に役立てようとする方式である(鈴木,1995)。

 学習成果を確かめるための放送によって,教材利用の締切日を設け,利用者が一斉にこれまでの学習成果を確かめ合う。その共通体験をもとに,今度はイン ターネットなどを使って交流を深めていく。こんな縦横無尽のメディア複合利用の学習展開も含めて,その核となる番組として村川提案が現実になり,「ミミ 号」を越えていくことを期待したい。


参考文献

鈴木克明(1995)「教室学習文脈へのリアリティ付与について―ジャスパープロジェクトを例に―」『教育メディア研究』2(1) 13 - 27

鈴木克明(1997)「3章マルチメディアと教育」 赤堀侃司編著『高度情報社会の中の学校〜最先端の学校づくりを目指す〜』(学校変革実践シリーズ第3巻)ぎょうせい