ネットワークを用いたマルチメディアディベート支援システムの開発と評価
Development of Computer Supported Multimedia Debate System Using Network
藤原 康宏
*1 Yasuhiro FUJIHARA米澤 宣義
*2 Nobuyoshi YONEZAWA清水 克彦
*3 Katsuhiko SHIMIZU坂元 章
*4 Akira SAKAMOTO鈴木 克明
*5 Katsuaki SUZUKI赤堀 侃司
*6 Kanji AKAHORI
概要:
ディベートの教育的側面に注目し,ディベートを通じた学習を支援するシステムを開発した.本システムは,CSCW,ネットワーク,マルチメディアの技術を利用して,ディベートにおける資料収集,論旨の構築,討論会(立論・尋問・反駁・審査)を支援することができる.本システムの特徴としては,1)インターネットを用いたデータの収集及びマルチメディアデータの利用,2)論題に対する主張やデータを体系的に整理し,その因果脈略の関係を記述したグラフ表現を用いることによる論旨作成及び討論会における議論の支援,3)コンピュータ会議システムを用いたリアルタイムの議論をあげることができる.本システムを実際に使用し評価した結果,ディベートのいくつかの段階で有効に機能することが示唆された.
This paper describes a development of computer supported multimedia debate system using network. This system realized that participants can learn effectively about communication, presentation, utilization of multimedia data, and logical thinking through the process of a debate. By applying multimedia, network, and CSCW technologies, our system can assist the process of 1)collection and analysis of data, 2)construction of logic, and 3)discussion. The feature of the system is summarized as following : 1) collection of data through internet including multimedia data, 2) supporting discussion by introducing logic construction graph, and 3) real-time communication by utilizing computer assisted discussion system. The result of experiment for applying the system to real debate situations shows that the system is some what effective in most of the process of a debate.
Key Words:
DEBATE, GROUPWARE, COLLABORATIVE LEARNING, NETWORK, MULTIMEDIA
1.はじめに
ディベートとは,「あるテーマに対して相反する提案をする2者の間で,定められたルールに従って行われる議論」(GOODNIGHT 1994)のことをいう.ディベートは,図1に示すプロセスで行われ,プロセス全体を含む「広義のディベート」に対して,一般的にはディベートが討論会のみ(「狭義のディベート」)をイメージさせる(北岡1996).討論会では,事前に用意した立論原稿や尋問,反駁のための資料を用い,肯定側,否定側に分かれて議論する.そのためには資料の収集,分析や論理の構築などの準備の過程が非常に重要である.本論文では,広義のディベートのことをディベートといい,特に参加者の能力育成に目的がおかれる教育ディベートについて述べる.
佐藤ら(1994)は,これまでの知識獲得型の学習に対して,ディベートを問題解決型の学習として捉え,ディベートの教育的意義として,1)問題意識を持つ,2)情報収集・分析力がつく,3)論理的思考力を養う,4)傾聴する態度ができる,5)発表の能力が向上する6)討論のマナーとフェアプレイの精神を学ぶ,7)自分に自信を持つの7つをあげている.筆者らは,ディベートの教育的側面に着目し,ディベートを通して効果的に学習することができるソフトウェアを開発した.今回開発したシステムを利用することにより,1)インターネットなどを用いてマルチメディア情報を含む資料を収集し,それを有効に使用することによる情報活用能力,2)後述する因果ネットワークを用いて論旨の組立や討論会で議論をすることによる論理的思考能力,3)会議システムを用いて討論会の準備や討論会を行うことよるコミュニケーション能力の育成を目指した.
近年のネットワーク,CSCW(Computer Supported Co-operative Work),マルチメディアなどの技術の発展によって,グループウェアに関する研究,開発,実践が活発に行われている(坂元 1997).教育分野におけるグループウェアの研究は,従来と異なる新しいコミュニケーションの形態を用いた学習について,1)マルチメディアを含む情報を参加者が共有し,コミュニケーションを支援する様々なツールを使用することによる強力なコミュニケーション環境の研究(例えばELLIS et.al 1991,市村ほか 1992)2)ITSの技術を応用して,共同学習中の学習者の知識状態や議論の状態をモデル化し,コンピュータによって同定し,学習者の活動を支援する研究(例えば稲葉ほか 1996,由井薗ほか 1997)3)メディアがコミュニケーションに与える影響についての研究(例えば緒方ほか 1997)に大別することもできよう.筆者らは,一番目の立場に立ち,ネットワークを用いてマルチメディアディベートを支援するシステムを開発した.ディベートにおけるコミュニケーションの特徴としては,参加者の主体的な議論への参加と,データを用いて論理的に議論を展開することが強く要求されることがあげられる.本システムでは,全ての参加者に役割を与え,因果ネットワークを用いることによって,準備フェーズでの意思の統一,討論会でのかみ合った議論の支援を行う.
今回開発したシステムは,1)マルチメディアデータの収集・利用,2)コラボレーション,3)ネットワークを用いたコミュニケーションの3点が従来の話し言葉を中心としたディベートと異なっている.フィールドテストでは,システムの評価だけでなく,コンピュータを用いたディベートについても評価し,さらに,ディベートの経験者・未経験者,コンピュータの熟達者・未熟達者にわけて,それぞれに与える影響を考察した.
2.システム概要
ディベートの参加者は,肯定側,否定側,司会(タイムキーパー),審判のいずれかの役割を持つ.本システムでは,参加者は図2のようにネットワークに接続されたコンピュータをそれぞれが操作する.
本システムは,アプリケーション共有機能を持ったネットワーク会議システムと今回開発したマルチメディア型データベース,因果ネットワーク,ディベート進行システム,プレゼンテーションシステム,ディベート支援システムから構成される.本システムを用いたディベートは,準備フェーズと討論会フェーズに分けることができる.準備フェーズでは,個別に討論に関連する資料としてデータを収集し,因果ネットワークを構築した後,共同作業で肯定側・否定側それぞれ1つの因果ネットワークを作成し,立論を組み立てる.
本システムは,単に質の高いディベートを円滑に実施することを支援するだけでなく,ディベートの教育的効果に着目し,ディベートを通して効果的に学習できることを目的として設計した.具体的には,ディベートを通して,情報の活用,論理的思考,コミュニケーションに関する能力の育成を特に重視した.
情報の活用に関する機能として,印刷物からの情報収集だけでなく,インターネットからの情報の収集機能をつけ,収集した情報を階層的に整理できるようにした.本システムを用いた討論会では,マルチメディアデータを用いることができる.松本(1990)は,論理が重視されるディベートにおいても,感性の重要性を指摘しており,西垣(1994)は,マルチメディアの特徴として,従来のコンピュータ応用技術とは異なり,理性よりも感性に直接訴えることができると述べている.また,模造紙を用いて,論旨やデータを用いながら議論する形式を採用している北岡(1996)は,同じ資料やデータでも表現力のある人は見事に図表化して説得するとして,データを表現する絵心やセンスがディベートにおける説得力を増すことに役立つと指摘している.
論理的思考に関しては,論旨の組立を因果ネットワークを作成するためのアウトラインエディタによって支援する.なお,因果ネットワークとは,後述するような論題に対する主張やデータを体系的に整理し,その因果脈略の関係を記述したグラフ表現である.このアウトラインエディタは,ネットワークを介した協調作業に対応しており,他の利用者と共同して因果ネットワークを作成することができる.他人の作成した因果ネットワークや他人との意見の交換によって自分の作成した因果ネットワークについて別の視点から考えることができる.
ディベートにおけるコミュニケーションは,味方のディベータとの議論,相手側のディベータとの議論,発表(プレゼンテーション)に分ることができる.本システムでは,コンピュータ会議システムを利用して遠隔ディベートを行い,因果ネットワークやマルチメディアデータを用いてコミュニケーションの支援を行う.準備フェーズでは,個別に集めたデータや作成した因果ネットワークから,会議システムを用いて肯定側,否定側それぞれが論旨と立論のプレゼンテーションの内容を決定する.本システムでは,グラフィカルな表示を用いた因果ネットワークを中心として,因果ネットワークとデータ,因果ネットワークとプレゼンテーションで用いる資料をそれぞれを関係づけ,常に論旨を意識されることによって意思の統一を行いやすくした.討論会では,相手の主張していることを理解し,それに適応した議論を展開することが最も重要となる.そのため本システムでは,準備フェーズで作成した因果ネットワークと資料の中で討論会で発表した部分については,相手側からも参照できるようにし,相手側の論旨を理解しやすくした.プレゼンテーションでは,会議システムを用いて,発表者は準備フェーズに作成した資料を有効的に活用しながら発表できるように設計した.
3.ソフトウェア構成
本章では,今回ディベート用に開発した5つのサブシステムの機能について述べる.実際に本システムを用いてディベートを行う場合は,今回開発したこれらのサブシステムの他にアプリケーション共有機能を持つコンピュータ会議システム,W.W.W.ブラウザ,必要に応じて資料作成に用いるグラフ作成,画像取り込みなどのソフトウェアが必要である.
3.1 マルチメディア型データベース
マルチメディア型データベースは,印刷物やインターネットから収集したデータを整理するために利用する.各データをツリー構造を用いて図3の右ウィンドウのように整理する.各データには,そのデータの出典や討論会での使い方などの情報を記入できるようにし,因果ネットワークやプレゼンテーションシステムで使用しやすいようにした.また,素材データを討論会での使用する形に加工するためのエディタの機能を持たせた.
3.2 因果ネットワーク
因果ネットワークは,論題に対する主張並びにそれに伴うプレゼンテーションを体系化して,その因果脈略の論理構造を記述することによって,問題と議論の関係を明確にし,討論を支援するものであり,以下のように記述される(米澤ら 1995).
1)ネットワークのノードは,「〜は〜である」,「〜が〜した」,「〜は〜した」等の状態を表すテキストとそのテキストに関連する映像,表,グラフを情報として持つ.このノードをリンクで関連付けることによって論理構造を表記する.
2)ノードを関連付けるリンクは,ノードに接続する場合とリンクに接続する場合の二通りある.
3)リンクには,リンクの種類(例,理由)とリンクタイトル(例,超大国の特権)として付加する.
4)リンクの種類には,基本的には,展開,推測,理由,背景,補足,資料,例,否定の8種類とするが,必要に応じて追加できるものとする.
本システムでは,ディベートで利用するリンクとして,米沢ら(1995)が提案した前述の8種類を用意し,ユーザはこの中からリンクの種類を選択する.また,必要に応じてユーザが新たなリンクの種類を追加することができる.後述する実験で作成された因果ネットワークでは,「展開」の使用頻度が最も多く,次いで「資料」,「理由」の順でよく使われていた.システムが用意した8種類以外のリンクは使用されず,被験者は因果ネットワークは利用しやすいと評価している.一般的には各リンクの種類の使用頻度は,ディベートのテーマに依存するが,今回の実験ではシステムが用意した8種類のリンクが有効に利用されたと考えられる.
本システムにおける因果ネットワーク作成用アウトラインエディタを図4に示す.各ノードには,討論会の「立論」,「尋問」,「反駁」,「最終弁論」の各フェーズごとにメモを記載でき,これらは,討論会でのそれぞれのフェーズでまとめて見ることができる.
図5は,因果ネットワークとデータベースのデータとのリンクの画面である.本システムでは,討論会で用いる全てのデータを因果ネットワークにリンクする必要がある.データを因果ネットワークにリンクすると,データベースにデータを登録する時に記入した出典等の情報が因果ネットワークの各ノードのの「資料」の欄に自動的に記入される.
本システムを用いたディベートの準備フェーズでは,個別にデータを収集し,因果ネットワークを作成した後,共同作業でこれらをまとめ肯定側,否定側それぞれ一つの因果ネットワークを作成する.ここでは,コラボレーションの場面での因果ネットワークの利用について述べる.まず,それぞれのディベータが作成した因果ネットワークを図6に示す画面を用いて,他のメンバーに説明する.左のウィンドウは,共同作業画面で,この画面を用いて作成した因果ネットワークの説明を行う.右のウィンドウには,自分の作成した因果ネットワークが表示される.メンバー全員が各自の因果ネットワークの説明をした後,どの因果ネットワークをベースとするかを決める.採用されなかった因果ネットワークは,アークが外されてノードだけの状態となり,必要に応じてベースとなる因果ネットワークに追加することができる.次にベースとなる因果ネットワークを左のウィンドウで共有し,議論をしながら全員で1つの因果ネットワークを構築していく.この時,右のウィンドウには,自分の因果ネットワークやデータベースを表示し,共有している因果ネットワークに対して,ノードの追加やデータのリンクを行うことができる.
3.3 プレゼンテーションシステム
本システムでは,プレゼンテーションで用いるデータを事前に準備する必要がある.具体的には,因果ネットワークの中から発表したいノードを順番に選択し,次に選択したデータを図7の左ウィンドウの様にホワイトボードに貼り付ける.なお,尋問以降では,相手の提示したデータを引用してホワイトボードに貼り付けることができる.ホワイトボードに貼り付けたデータ(これをスライドと呼ぶ)は,図7の右上のウィンドウに示すスライドを発表順に並べたスライドリストとして表示され,これを用いて目的のスライドをすぐに表示させることができる.スライドは,OHPを用いたプレゼンテーションにおけるトラペンシートに対応し,スライドリストは発表順に整理されたトラペンシート集に対応し,ホワイトボードはスクリーンに対応する.
3.4 ディベート進行システム
ディベート進行システムは,図8の右下のウィンドウに示す司会者が操作するシステムである.主にタイムキーパーの役割を持ち,全てのメンバーが常に発表の残り時間を見ることができる.また,発表者が時間を超過すると,司会者は強制的に発表者のホワイトボードと音声を切断することができる.
3.5 討論支援システム
討論会中は,発表者は図8のような画面を操作する.左のウィンドウに発表者が提示する内容が全員の画面に表示され,発表者はホワイトボードの機能を用いて自由に文字,線,楕円,長方形などを書き込むことができる.右のウインドウには,発表者の場合は準備の時に作成した発表用のメモが書かれており,聞き手の場合は発表者がプレゼンテーションで用いるノードの名前が書かれており,発表内容にあわせて,適時メモを取ることができる.
相手側の因果ネットワークの中で既に相手が発表した部分について見ることができる.尋問の時には,相手の資料を引用したり,自分の資料をすぐに呼び出して提示することができる.
4.本システムを用いたディベートの流れ
本システムを用いたディベートの流れを図9に,ディベートの各フェーズとサブシステムとの関係を表1に示す. 討論会では,四者を接続するが,その際それぞれのコンピュータの使用が制限される.例えば,肯定側の立論では否定側,審査側は自分のメモへの記入以外の作業が制限され,司会者には割り込みが許可され,制限時間の超過や不適切な発言の際に発表者を制止することができる.
4.1 準備
(1)データの収集,分析,整理
まず,データの収集を行う.本,雑誌,新聞等の印刷物やCD−ROMなどのデータについては,スキャナやOCR等を用いてユーザが個々のデータをシステムが読むことができるファイルの形で作成する.本システムは,インターネット(W.W.W.)を用いた資料収集が可能であり,W.W.W.ブラウザのブックマークには,論題に関係する主なサーバーやネット検索のURLを予め登録して利用することができる.
データベースで読みとり可能なファイルに保存した後に,それらを整理する.具体的には,データをディベートで利用しやすい形に加工し(トリミング,文字や図形の記入),ツリー構造に整理し,討論会での使い方を記述する.
(2)論旨の構築
因果ネットワークを用いて論理の構築を行う.因果ネットワークを作成する時に,各ノードに対して,その資料の使い方を記入する.また,作成したデータベースのデータを対応づける.
(3)協調作業による論旨の構築
個別に因果ネットワークを作成した後,それを他のメンバーに説明し,その中からベースとなる因果ネットワークを1つ選ぶ.選択されたネットワークに対して,選択されなかった因果ネットワークを貼り付けたり,個別作業と同じ様な手順で追加削除することによって,肯定側,否定側それぞれ1つの因果ネットワークを作成する.これらの作業の際に,コンピュータ会議システムを用いて,因果ネットワークを共有したり,音声,ホワイトボード,チャットによる意見の交換を行う.
(4)立論の準備
討論会の前に,立論で発表する内容を予め決める.具体的には,発表する因果ネットワークのノードと,その発表順を決定する.順番を決定すると,ノードに対応するデータから発表順序に応じたスライド,及びスライドリストが作成され,ディベータが発表する際に参照するための発表するノードの「立論」欄に記入した内容を集めた発表用資料が作成される.作成したスライドは,討論会の立論フェーズでスライドリストから選択することでホワイトボードに提示することができる.
4.2 討論会
(1)立論
まず,討論会に参加するメンバーをネットワークで接続し会議システム起動する.司会者が,発表時間をセットし,立論開始を指示すると,肯定側が立論可能となる.肯定側は,作成した資料をホワイトボードに順に提示しながら発表を行う.この時,準備フェーズで作成した発表者用資料を参照することができる.否定側や審査側には肯定側が立論で発表するノード名のリストを用いてメモを取ることができる.
発表が制限時間を超過した場合は,司会者が,強制的に発表を終了させることができる.肯定側の立論の終了後に,肯定が用いたホワイトボードの資料と肯定側の因果ネットワークの内,立論に用いた部分が否定側,審査側に転送される.ホワイトボードの資料は,否定側の反対尋問や審査側が最後に行う講評で用いることができる.相手の因果ネットワークを見ることによって相手の意図を理解し,かみ合った議論ができる.肯定側の立論の後に否定側の尋問が行われ,その後に否定側の立論が肯定側同様にして行われる.
(2)尋問
尋問の前に,準備フェーズの立論の準備で行ったように尋問の準備を行う.その際,ホワイトボードに貼り付けるデータは,自分のデータだけでなく,相手が立論で用いたデータを引用することができる.
まず,否定側が肯定側の立論に対して尋問を行う.否定側は,尋問の準備で用意した資料をホワイトボードに貼り付けて質問を行う.肯定側は,その質問に対して回答を行う.この時に肯定側は,自分の因果ネットワークを利用して新たなデータを提示することが可能である.新たに提示したデータに対応する因果ネットワークのノードについても,すぐに相手に転送される.その時点で相手側が既に発表したノードから構成される相手側の因果ネットワークを見ながら議論することができる.
相手側の尋問の内容は,因果ネットワークを作成したときに予め予想し,それに対応できるように準備フェーズで事前に対策をとる必要がある.否定側の尋問が終了すると,否定側が立論し,次にそれに対して,肯定側が尋問を行う.
(3)反駁,最終弁論
肯定側,否定側,それぞれの立論,尋問が終了した後に,それぞれが反駁を行い,その後最終弁論を行う.反駁,最終弁論の手順は,立論の準備と同様にしてプレゼンテーションの準備をし,立論と同様にして進行する.
(4)審査,講評
討論会終了後に,審査に入る.審査員は,審査員が討論会中に記入したメモと,肯定側,否定側それぞれが提示した資料,公開された因果ネットワークを参考にして審査する.結果の発表は,資料を提示しながら行う.
4.3 本システムを用いたディベートのルール
本システムを用いたディベート環境は,通常のディベート環境とは異なるため,本システムの特長を活かすために,以下のルールを採用する.
1)データは,資料収集フェーズで用意したもののみを使用することができる
2)因果ネットワークによって論旨を構成し,因果ネットワークに対応付けたデータのみを提示できる
3)因果ネットワークは,既に発表したデータに対応する部分は公開する
4)討論会のそれぞれのフェーズの前には,通常のディベートよりも長い時間をとる
1),2)は,準備の重要性,論旨の組立の重要性を理解させ,ディベート中の論旨の変化を防ぐために,3)は,相手の意図をくみ取り,なるべくかみあった議論をするために,4)は,それぞれのフェーズの前に,通常のディベートと比べて行う作業が多いことを考慮するとともに,十分に考えてから議論できるようにするために設定した.
5.フィールド・テストとシステム評価
5.1 フィールド・テスト概要
(1) 調査の実施手順
本システムを利用したディベート実験を「環境税を導入すべし」というテーマで,肯定側4名,否定側4名の2チーム,計8名の被験者によって実施した.
コンピュータは,肯定側2台,否定側2台,審査2台を配置し,審査用の1台は司会進行が共用した.実際に人と直接顔を合わせて行うのではなく,画面とマイクを相手に通信相手とのディベートを行った.
肯定側,否定側ともに,本システムを使用しながら,2週間前から準備を行った.
(2) 被験者の概要
ディベート実験に参加した今回の被験者は,ディベートの研修に参加している者,人文系の大学院に在籍している者,理工系の大学院に在籍している者の合計8名であった.
このような構成にしたのは,ネットワークを用いたマルチメディア学習環境におけるディベートシステムのフィールド・テストという観点から,被験者の属性として,次のものを設けたからである.
1)ディベートの経験の有無
2)コンピュータの使用に関する熟達・未熟達
結果として,被験者の構成は表2の様になった.
5.2 評価方法
本フィールド・テストでは,質問紙調査法,ビデオテープ撮りによる観察,自己評価法としての自由記述質問を用いて,本システムについての評価を行った.
(1)評価の実施フェーズ
今回のフィールドトライアルにおける評価では,ディベートを1)資料収集フェーズ,2)論旨の構築・立論準備フェーズ,3)討論会フェーズの3つのフェーズに分けて捉えることにした.
論題を提示する前に,ディベートに対するイメージについての事前質問紙を記入させた.上記の3つのフェーズがそれぞれ終了するごとに質問紙(自由記述質問を含む)が配布され,記入の後,すぐに回収された.ディベート終了後に,ディベートのイメージについての事後質問紙を記入させた.また,ビデオ撮りが,観察分析のために行われた.
(2)質問紙
質問紙は,それぞれのフェーズに対して,ディベート及びシステムの印象について10段階で回答する項目と自由記述から構成される.ここでは,質問紙で用いた項目の構成について述べる.
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ディベート関連項目本研究においては「勝敗を決める」というディベートの側面だけではなく,「ディベートを行うことによって養成される能力」に着目して,評価項目を作成した.現在,学校教育や企業内教育においてディベートが盛んに取り入れられるようになった背景の一つとして,「ディベートを行うことによって養成される能力」に対する期待があると考えられるからである.
このような背景から,ディベート関連の評価項目に関して,以下の様な枠組みを用いた.
1)論理的構成能力についての項目(立論,反論等)
2)意思決定能力についての項目(反論の実行,証拠選択,資料選択等)
3)コミュニケーション能力についての項目(相手の主張の理解,自分の主張の伝わりやすい表現等)
4)共同作業のための技能についての項目(同じチーム内での分業ならびに共同作業のスキル等)
5)表現・プレゼンテーション技能に関する項目(様々なメディアを用いた表現,感性への訴える表現等)
6)その他
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システム関連項目システム関連項目は,ディベートを支援するシステムとして,マルチメディア型データベース,立論等の資料・アイデアの整理・構造化を支える因果ネットワーク作成用アウトラインエディタ,マルチメディア型プレゼンテーションツールの三つの要素からなる.
また,評価項目のなかでは「ディベートの準備を行なっているとき」や「実際にディベートを行っているとき」といった時間軸に分けて質問を行うようにしている.これは,マルチメディア学習環境がもたらすディベート支援のシステムでは,このようにある一定期間をディベートのフォーマットに従って,時間を経て,システムの各部分が使われていくという特徴があることを踏まえたからである.
そこで,システムに関連した評価の項目に関して以下のような枠組みを用いることにした.
1)データベース,因果ネットワーク等についての項目(事実を整理するのに役立つか,立論に役立つか,反論に役立つか,新しい知識の発見に役立つかどうか等)
2)プレゼンテーションについての項目(マルチメディアを利用した提示,データベースを利用した構造的な提示,感性に訴える提示等)
3)ディベートのフォームについての項目(ディベートにおけるシステムの使いやすさ,システムの構成がディベートに合っているか等)
4)その他
6.評価結果
6.1 質問紙による評価結果
今回のディベートのそれぞれのチームには,ディベートの経験を積んだ者とそうでない者,コンピュータの操作に熟達した者とそうでない者が含まれていた.そこで,この要因についても分析の観点とし,それぞれのフェーズについて被験者が8人であることを考慮してノンパラメトッリク検定のKolmogorov-Smirnov検定を行った.
(1)資料収集フェーズ
被験者の資料収集フェーズにおける本システムの評価結果を図10に示す.
資料収集フェーズにおいては,今回開発した資料整理機能に対して,本システムの価値が見出されている.しかし,操作性については,被験者はマルチメディアデータベースだけでなく,インタフェースの異なるデータ入力用ソフトウェアも同時に操作する必要があったため評価はやや否定的であった.
Kolmogorov-Smirnov検定の結果,「システムでのデータ利用」について,コンピュータ熟達群と未熟達群の間に有意差(α=0.05)があり,その他の項目に対しては有意差(α=0.10)がみられなかった.集計結果を見るとディベートにおけるデータの重要性について理解しているディベートの経験者で,かつコンピュータの操作に熟達した者のほうが,評価が高い傾向にあった.
(2)論旨構築・立論準備フェーズ
被験者の論旨構築・立論準備フェーズにおける本システムの評価結果を図11に示す.
論旨構築・立論準備フェーズにおいては,因果ネットワークを用いた論旨の構築について有効性が高く評価されている.
Kolmogorov-Smirnov検定の結果,全ての項目に対して,ディベートの経験群と未経験群,コンピュータ熟達群と未熟達群それぞれ有意な差(α=0.10)がなかった.集計結果及び検定結果から論旨構築・立論準備フェーズにおける本システムの利用は,属性のどのような値を見ても,その有効性が認識されていたことが伺える.これは,因果ネットワークが初心者にも分かりやすかったことに加え,論旨構築・立論フェーズは共同作業で行い,ディベートの経験者,コンピュータの熟達者がリーダーシップをとったことも影響していると考えられる.
この結果は,資料収集フェーズにおける評価では,二つの属性の両方のエキスパートのみが有効性の認識があったことと比べると非常に対照的な結果となった.
(3)討論会フェーズ
被験者の討論会フェーズにおける本システムの評価結果を図12に示す.
この結果の最大の特徴は,討論会の各段階を追って評価が低くなる傾向があることである.「立論の表明」では(8.38)と非常に高い評価を得ているが,「反対尋問」(6.57),「反駁」(5.43),「最終弁論」(5.94)と低くなっている.これは,反駁や反論への準備ができなかったという印象と一致している.
提示系の利用に関しては,比較的高い評価を受けていることが分かる.いずれの項目も7近くかそれ以上の値を示している.
感性に関する項目に対しては,どちらかといえば肯定的な評価を受けているが,比較的評価が低くなっている.共同作業に関する項目については,高い評価を受けている.
Kolmogorov-Smirnov検定の結果,「因果ネットワークの利用」について,ディベート経験群と未経験群の間に有意差(α=0.05)があり,その他の項目に対しては有意差(α=0.10)がみられなかった.これは,ディベート未経験者とっては討論会の進行が速く感じられ,十分に論点を追うことができなかったためと考えれられる.
(4)ディベートの印象
ディベートの印象について,事前質問紙及び事後質問紙の結果のグラフ化したものを図13に示す.
全体的に,マルチメディアデータの利用,論旨の構築,共同作業に対しては,プラスの変化をした.しかし,「ついていけない」,「意見表明が苦手」などについては,マイナスの変化をした.これは,討論会フェーズにおいてディベート未経験者とっては,討論会の進行が速く感じられ,十分に論点を追うことができなかったことが影響していると考えれられる.事前と事後の平均を比較すると,高くなったものと低くなったものの両方があることがわかる.しかし,事前と事後とのディベートの印象についてKolmogorov-Smirnov検定の結果,統計的な有意差(α=0.10)がなかった.これは短期間の実験のため,このような変化をもたらすことが難しかったものと思われる.
これらの項目全体を捉えて,プラスの変化をしたものとマイナスの変化をしたものの数に関して符号検定を行った.その結果,事前事後の印象の差に対して,有意差(α=0.10)が検出され,本システムがディベートの印象を高めていることに対する有意傾向が示された.なお,いくつかの項目は評価が高いほど否定的な結果を示す逆転項目になっており,これらについては,評価値を逆転させて検定を行った.
6.2 自由記述質問の結果と考察
資料収集フェーズ,論旨構築・立論準備フェーズ,討論会フェーズにおける自由記述質問紙の回答結果を整理し,表3にあげる.
資料収集フェーズにおいては,良かった点は,ほとんどが資料収集とプレゼンテーションについてのコメントであり,悪かった点はほとんどが操作に集中している.改良されたらよい点についてはビジュアル化やインタフェースの改善があがっている.
論旨構築・立論準備フェーズでの良かった点としてはデータの構造化や立論のための整理について指摘されている.それに対して悪かった点については,操作性があげられている.改良すべき点は,因果ネットワークのノードを作成する時に,1つのノードに対して複数の資料とのリンクがとれる機能があげられている.
討論会フェーズにおいては,良かった点としては,ほとんどがビジュアルな意見の表明についてのコメントとなっている.そして,悪かった点については,操作の問題に関するものとダイナミックな論の変更ができないことがあげられている.ダイナミックな論の変更はできないことは,前述したディベート中の論旨の変化を防ぐことと相対している.本システムにおいてダイナミックな論の変更とは,因果ネットワーク自体を議論の中で別のものに取り替えることを意味しており,議論全体の論点を曖昧にしないために,論の変更については制限した.改良すべき点については,操作についての細かい指摘が多くなっている.
自由記述質問の回答結果は,ほぼ質問紙調査の結果を支持するものであったといえる.なお,ビデオ観察によってディベート場面を録画し,これらの質問紙の結果と対比させた.被験者は,準備フェーズでは因果ネットワークを積極的に利用して論旨を組み立て,討論会フェーズでは,プレゼンテーションツール,因果ネットワークを用いて議論していた.また,本システムのインターフェースに対して戸惑う場面も観察された.ビデオ観察の結果,質問紙の結果が主観的ではあるが裏付けられた.
6.3 本システムの効果
本システムは,ディベートを通して,情報の活用,論理的思考,コミュニケーションに関する能力の育成を目指した.ここでは,前述した質問紙の結果やビデオ観察からこれらに関する項目について検討する.
(1)情報の活用
資料収集フェーズでは,既存のW.W.W.ブラウザ等を利用してデータベースの構築を行う.それぞれのソフトウェアのインタフェースが異なることから,ディベートの経験者でかつコンピュータの熟達者以外には,資料収集フェーズ全体としては,あまり高い評価を得なかった.しかし,今回開発したデータを整理するためのディベート用マルチメディアデータベースについては,有用であるという評価を得た.資料収集フェーズでは,データベースを作成する過程で目的を持って資料を収集する行動が観察された.
論旨構築フェーズでは,因果ネットワークのノードに対して,被験者が収集したデータとの関連づけを行う.因果ネットワークとの関連づけは,準備フェーズで被験者が整理したデータに付加された情報を用いることができることが高く評価された.
立論の準備フェーズや討論会フェーズでは,マルチメディアデータを簡単に利用できることに対して評価された.
事前事後のディベートの印象を比較すると,データの利用に関する項目については,プラスの変化をしており,ディベートにおけるデータの重要性が理解されたと考えられる.
(2)論理的思考
準備フェーズの論旨構築フェーズでは,個別に因果ネットワークを作成し,これらを用いて共同作業で肯定側,否定側それぞれ1つの因果ネットワークを作成した.因果ネットワークを用いることで,論理の因果関係の整理ができ,それぞれのチームでの意思の統一や,討論会での発表がしやすくなることが報告され,質問紙,ビデオ観察から,因果ネットワークを積極的に利用していることが分かった.
討論会フェーズでは,因果ネットワークを用いて議論を展開する.討論会では,相手の因果ネットワークの内,既に発表した部分について参照することができる.討論会中の因果ネットワークの利用は,ディベート,コンピュータの熟達者と未熟達者の間で差が見られた.未熟達者は,ディベートの進行についていくために労力を使い,十分に因果ネットワークを利用する時間がなかったためであると考えられる.
事前事後のディベートの印象を比較すると,因果ネットワークを利用することによるディベートの論理に関する項目については,マイナスの変化をした項目がある.これは,討論会中に因果ネットワークを利用する時間が十分にとれなかったことが影響していると考えられるが,因果ネットワークについては,論理が明確になり,頭が整理できると高く評価された.
(3)コミュニケーション
味方のディベータとの議論の中では,因果ネットワークやマルチメディアデータを用いて,論点を具体的にすることにより意思の統一をしやすくした.事前事後のディベートの印象の共同作業に関する項目を比較すると,プラスの変化をしており,ビデオ観察からも共同作業が円滑に進められたことが分かった.
討論会での相手のディベータとの議論については,相手の意見を理解するための機能が評価された.また,相手の使用したデータを引用した反論も行われ,高く評価された.
プレゼンテーションについては,事前事後のディベートの印象のプレゼンテーションに関する項目を比較すると,相手が理解しやすいように工夫して,発表したことがうかがえる.
7.おわりに
マルチメディアとネットワークを用いてディベート支援システムを開発した.本システムは,1)インターネットを用いたデータの収集及びマルチメディアデータの利用,2)因果ネットワークを用いることによる論旨作成,討論会における議論の支援,3)コンピュータ会議システムを用いたリアルタイムの議論などの機能を持ち,ディベートを通じて効果的に学習をすることができる.
本システムを評価した結果,ディベートのいくつかの段階で有効に機能することが示唆された.評価結果を以下にまとめる.
1)準備フェーズにおいては,情報の収集,論旨の構築に本システムの価値が見いだされている.しかし,新しい論理をたてるなどには効果が比較的認められていない.
2)討論会フェーズでは,立論の表明における様々なメディアの利用に価値が見いだされている.しかし,反駁や感情に訴えるという点については肯定的ながら,比較的効果の認識が低い.
3)システム全体としては,操作に関しての問題点が,被験者に認識されているようである.
4)事前と事後の比較では,本システムがディベートについての諸認識を高めることに成功していることが伺える.
5)自由記述質問,及びビデオによる観察の結果も上記の結果を支持するものであった.
システムの改善点としては,インタフェースの向上,討論会における反駁や最終弁論での支援,相手の発言に会わせて臨機応変に対応するための機能があげられる.
本研究の評価結果は極めて少人数であり,実験結果の域を出ておらず,一般的な結果としてはいえるものではない.実証的研究を積み重ね,システムの改善を進めていくことが今後の課題である.
本研究は,財団法人機械システム振興協会から委託され財団法人ソフトウェア研究財団が行った事業の一環として行われた.システム開発,評価にあたり菊山昭氏,向後千春氏,坂谷内勝氏から多大な協力を得たことを記し,謝意を申し上げます.
文献
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